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飯野謙次・宇都出雅巳『ミスしない大百科』~感想

「注意」のムダ使いをなくすのが第一歩

 特定非営利活動法人「失敗学会」の副会長である飯野謙次と、記憶術の専門家である宇都出雅巳との共著である。飯野については単著で感想を書いた(下のリンク参照)ので、ここでは「宇都出パート」について述べてみる。

 宇都出は、脳の「ワーキングメモリ(作業記憶)」の話から始めている。「ワーキングメモリ」とは、 何かの目的のために情報が一時的に記憶され、処理される領域である。
 この「ワーキングメモリ」に様々なことを入れず、仕事そのものだけに解放してやるのが、ミスなくムダなく仕事をするコツだという。ここまでは最近、よく言われている。脳のワーキングメモリには限りがあるから、できるだけその負担を軽減するというのだ。
 さらに宇都出は、「『注意』の限界が『ワーキングメモリ』の限界と述べている。

「ミス」の原因を探っていくと、そのほとんどが 脳の「注意」に行き着きます。 このため、 ミスをなくすためには、限りある「注意」のムダ遣いをなくして余裕を生み出すこと、 そして、自分の思い込みなどにハマることなく、「注意」を向けるべきところに向けていくことが必要なのです。

本書32ページより

 つまり、「注意のムダ遣い」をしないのがミスをしない最大の解決策である。本書で宇都出が述べているコンセプトはこれに尽きる。

「注意」のムダ遣いをなくす方法とは

①脳が「注意」を使っているモノを手放す
②脳から「注意」を奪うモノから離れる
③脳が「注意」を使わないレベルまで体得する

本書33ページより

 具体的な解決策(例)は次のとおり。①はto do listを活用するなど、「注意しなければならないこと」を書き出して脳から離す(これが「脳のワーキングメモリを使わない」方法だ)、②はスマホをそばに置かない。③注意を払わず「自動運転」でできることを増やす。

校正者でなくても知っておきたい、校正のチェックポイント

 宇都出は本書で、校正の基本の考え方についても触れている。校正・校閲者にとっては「いまさら」ではあるが、誰でも知っておいたほうがよいと思うのでここに引用する。

「注意して見るポイント」を決めてから見直す

①意味が正しいかに「注意」を向けて読む、②ひたすら 誤変換などのミスに「注意」を向けて読む、③「ここは間違ってはいけない」という項目(「 肩書」「 名前」「 数字」「 金額」 など)を 先にリストアップし、 何に「注意」を向けるかを決めた上で読む

本書81ページより

 いわゆる「チェックリスト方式」で見直せということである。校正・校閲者なら誰でもやっているが、知っておけば誰でも役立つはずだ。

ミスをしやすい「魔の時」はある

 宇都出は、「完了感」があるときに「注意」がその場から離れてしまい、ミスをしやすいと述べている。それは、「ほっとしたとき」である。

  ヤマを越えたとき、 ホッとしたとき、 注意が解放された時こそ、「お、注意が解放されたなあ」と自覚しつつ、 しばし休んだあとで、再度仕切り直しをして、「注意」を向けて仕事を完了させましょう。

本書138ページより

 これは校正者の格言「ミスの隣にミスがある」に通じる。ひとつミスを拾うと、人間の心理として「安心」してしまう。その途端、隣にあるミスを見逃してしまうという現象だ。
 わたしは「ダブル誤訳」と読んでいる。ひとつ誤訳を見つけてそれを治すと「拾えた~」と安心してしまい、同じ文に潜んでいる別の誤訳を見落としてしまう。
 校閲者なら誰でも経験があるだろう。誤りをひとつ拾ったと安心したところで、よく見たらすぐそばに別のミスが隠れていたというものだ。こういうのがスルーされやすい。校閲者ならばとくに心しないといけない。

「注意のムダ使いをやめる」に集約される

  自分の注意がどこに向いているのか?  向いていないのか?  ミスをするもなくすも、あなたの注意の向け方次第です。

  人はついつい 目の前のことに注意を奪われ、 長期的な視点に注意を向け続けるのは簡単ではありません。 とりわけ、注意が不足してくると、余裕がなくなり、その場のことにしか注意が及びません。 こうならないためにも、注意のムダ遣いをできるだけなくし、 注意に余裕を持っておくことが大事なのです。

 行うべきは「注意のムダ遣いをやめること」。 実は、たくさん仕事があって大変だ!」と言っているときも、かなり注意のムダ遣いをしていて、 ただでさえミスしやすい状況をさらにミスしやすい状況にしているのです。 

本書185、191ページより

 宇都出は本書で「注意のムダ遣いをなくす」と十回以上も繰り返している。それだけ重要なことだといえる。
 では「注意のムダ遣い」はどうすればなくせるのか? 言い換えれば、脳のワーキングメモリをどうやって解放すればよいのか? 
 やるべきこと、考えていることを脳からいったん離す。そのためには人に話を聞いてもらうのもよいと述べられているが、そうはいっても「話をする相手がいない」ことも多いだろう。
 ならば、もうひとつの解決策として記されている「書き出す」ことをすればよい。これなら、今すぐに誰でもできる。
 いま思っていること、考えていること、抱えていることをすべて書き出す。それから「何をどうやってやるか」を考えればよい。

「脳のワーキングメモリ解放」を毎日の習慣に

 そんなことは知っている。でも実際にはできない、という人もいるだろう。また、悩んでいるときほど「書き出す」のは難しいものである。
 これを解決する方法はひとつ。「習慣」にしてしまうのだ。1日の終わりか始めに、脳のワーキングメモリを解放する。言い換えれば「考えていること、やらなければいけないこと、不安なこと」をすべて書き出す。
 こうすれば、脳はいつも「仕事そのもの」のことだけを考えればよい。だからミスはずっと少なくなると断言しよう。わたし自身がこれをやって「心の安定」を手に入れ、校閲者として必須である「この人はミスが少ない」という評価も手に入れたのだから。

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