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ADHDは子供っぽい大人だから魅力的【書評】脳の個性を才能にかえる 子どもの発達障害との向き合い方 トーマス・アームストロング

発達障害を「障害」と訳してしまったところに、問題があるのではないかと「発達障害のウソ」の中で書かれていた。確かに「障害」であれば、治さなければならないものだと思うし、治らないなら不幸なものだと感じる。しかし、実際には発達障害は「発達の特性」に過ぎない。

人間、得意なこともあれば、不得意なこともある。ある環境ではなじめても、ある場所ではうまくいかないこともある。一人一人、持ち味も、特性も違うのだから、どうやって生きやすくなるか、自分で考えなければならない。「脳の個性」というキーワードで、発達障害を広い視野から見ることができるように助けてくれる本を紹介したい。

発達障害系の本に、飽き飽きしていたのだけれど、久しぶりに、こういう本を読みたかったんだよなぁと感じた。今の時点で、出会うのに理想的な一冊だった。浅い自己啓発ではない、それぞれの疾患をよく知ったうえでのポジティブな見方に癒されるだろう。

脳の多様性を認める8つの原則

この本は、いわゆる「障害」を障害と見ずに「脳の多様性」と見る視点を提供している。ADHD、自閉症、ディスクレシア、気分障害、不安障害、知的発達の遅れ、統合失調症を脳の多様性とみなし、どうしたら生きやすくなるかを考察している。
著者トーマス・アームストロング博士は、米国学習発達研究所所長で、発達障害に関する豊富な知識を持つ。また、特別支援学級の教師、心理療法士としての現場経験から、現実を踏まえたうえでの考察をしている。

もちろん、著者はいたずらに、ポジティブな見方を提唱しているのではない。著者の父はうつ病で十数年働くことができず、家族はその影響を受け苦しんだ。著者自身、50年以上にもわたるうつ病との戦いを繰り広げている。一概にすべての精神疾患に良い面があるという、浅い見方を提唱するものではない。現実を見据えたうえで、脳の多様性を認めようというのだ。以下の8つの原則が、この本の主張だ。

1:人間の脳は機械ではなく生態系に似ている
ある部分が壊れたとしても、別の部位がそれを補ったり、決して回復しないと思えた損傷が回復したり、人間の脳の障害は、まだまだ分かっていないことが多すぎる。そのことを謙虚に認めることだ。

2:人間も人間の脳も、能力の連続体のどこかに位置する
つまり、これは「スペクトラム」という考え方だ。例えば、誰もが、ASD/ADHDのような癖を持っているものだ。それが、その人の個性とみなされる時もあれば、障害と名付けられることもある。この面では、もっとおおらかになる必要があるかもしれない。「普通」の脳の人なんていないからだ。誰もが、独特の「脳の個性」を持っている。

3:人間の能力は所属する文化の価値観で決まる
ある文化の中では、発達障害など、障害の部類に入らないだろう。以前読んだ本では、日本の学校になじめず苦しんだ子を、アメリカに連れて行ったら、ずいぶん生きやすくなったという例が載っていた。自分に合った文化を選んで生きていくというのも一つの選択だ。

4:障害があると見られるか、才能に恵まれていると見られるかは、生まれた場所と時代で決まる。
これも3番目の点と、ほとんど変わらないが、現代の「狭量」な見方が、発達障害と診断される人を「爆増」させている事実も認める必要があるだろう。わずか100年前であれば、ADHDは「やんちゃ」な子供という理解で終わっただろう。まさか、精神薬で大人しくさせる選択はなかったのではないか。

5:人生で成功する鍵は、まわりの世界のニーズに脳を適応させること
努力して周りに合わせることができれば、うまく生きていける。いわゆる薬物療法などは、その類だ。時には薬物療法が必要なこともある。今の世の中では、もっとも基本的な考え方だろう。しかし、まわりの世界に適応することを突き詰めると「脳の個性」という考えなど消え去ってしまうだろう。それで次の原則が重要だ。

6:人生で成功するには、個性的な脳のニーズに合わせてまわりの世界を修正することも必要(ニッチ作り)
インターネットが発達して、様々な「ニッチ」が生まれている現代では、このことがやりやすくなっている。例えば、対人関係が苦手なら、対人関係が発生しない職場を選べばいい。ある分野に特化して能力を発揮できるなら、その分野で稼げるような仕事を選べばいいということになる。

7:ニッチ作りには、個性的な脳を持つ人特有のニーズに合う職業や生き方の選択、支援ツール、支援者など、人生を豊かにする手立ても必要。
支援ツールの中にはコンピュータなどの電子ツールがある。また、支援者の存在も欠かせない。ちょっとした工夫と努力で、自分にとって生きやすい環境を作ることは可能だ。

8:理想的なニッチ作りは脳に直接働きかけ、ひいては周囲に適応する能力を高める
実は環境を変えることで、脳も変わるということだ。最近はADHDの原因として「愛着障害」(幼いころの家庭環境)が話題に上ることが多い。脳には可塑性があり、良い方向にも、悪い方向にも変わる。自分にとって生きやすい環境を自ら作ろうとすることで、脳がポジティブな影響を受け「発達」することも十分あり得る。

この記事では、ADHDにしぼって取り上げてみたいと思う。

ADHDは子供っぽい大人

ある研究によると、ADHDの子供は、普通の子供と比べて「平均して三年の発達の遅れ」があることが分かったという。著者曰く「これらの研究は、ADHDの子供が、実際には、脳に欠陥があるのではなく成長が遅いというほうが適切であることを示している。」(P52)とのことだ。
発生生物学には「幼形成熟(ネオテニー)」という概念がある。これは、成長したあとも子どもっぽい性質を維持していることを言う。

そして、これこそが、ADHDがハチャメチャな言動を繰り返しつつも愛されるポイントになるところだろう。まるで、ピーターパンだ。常に、心の中に、子供の自分がいるのだ。それゆえに、大人はできない独創的な思い付きができたり、考えるよりも先に動いていたり、その行動が人を引き付けるものになるのだ。アインシュタインの次の言葉が引用されている。

「ふつうの大人は、空間と時間の問題などじっくり考えたりしないからだろう。そういうことは、子どもの頃にすでにしている。ところが、私は知能の発達が遅れていたので、おとなになってようやく、時間や空間について考え始めたのだ。」(P53)

アインシュタインは「ぼんやり教授」として有名だったとのこと。今だったら、ADHDの注意散漫型と診断されかねない。しかし、この「子供っぽさ」が、人類を進歩に欠かせなかった大発見を生み出した。いつでも疑問を持ち、好奇心と共に生きている子供の特徴が、アインシュタインを天才にしたのだ。そのように考えると、ADHDの特性は簡単に消し去ってしまうのはもったいないと分かる。

多くの本に取り上げられているが、リタリン(コンサータ)などを飲むと、子どもは大人しくなるが、その分、遊ばなくなったり、キラキラした独創性や活発さが失われることで知られている。本当にそれでいいのだろうか?という問いかけは必要だ。特に、子どもに向精神薬を処方することには、できるだけ慎重であってほしい。これらの点は、次の本が詳しい。

刺激を与えながら学ぶ

ADHDの脳は、ドーパミンの受け取りがうまく行かないことで知られている。つまり「刺激」が足りないのだ。ADHDが動き回ったり、危険な行動をしたりするのは、何とか自分に刺激を与えようという本能的な活動なのだ。ADHDにとって、座学で1時間以上、黙って授業を聞くなんていうのは、退屈の極みだ。そこで、できるだけ刺激を与えながら学ばせるのはどうだろうかという発想が出てくる。

バデュー大学のADHD研究者シドニー・ゼントールは、学習環境を刺激あるものにするという取り組みを行っているという。例えば、机を二台設けて、一つの場所に座るのではなく、移動しながら学べるようにすること。スタンディングデスクなどのように、座っても、立って歩いても良い勉強環境を作ること。椅子ではなく、大きなボールの上に座ることなど。

とにかく、自由に動ける学習環境であれば、ADHDは集中力が一気に改善するのだという。これは、面白い。リタリンやコンサータを与えて、ぼんやりさせて、とにかく外見上大人しくさせるよりも、はるかに良いではないか。皆を一律の基準に当てはめていくなら、一人一人の持つ個性、脳の特性は消えてゆくことになるだろう。薬で大人しくさせるよりも先に、どうしたら、この個性を善用できるかを考えるべきだ。

これは大人の仕事選びにも言えて、ADHDは事務作業や単純作業が超絶苦手なのだけれど「ふらふらと出歩く」営業や、いつでも緊急事態に即応できるような「落ち着かない」仕事についていると、特性をフルに発揮しやすいようだ。医師の中でも救急救命医だったり、消防士だったり、スリルを感じながら動き回る職業に向いているようだ。(ADHDの医師ってちょっと怖いけど)

参考:仕事が続かない大人のADHD。特性に合った仕事を選ぶ3つのステップ。
参考:発達障害(ADHD)にとっての「天職」を見つけよう。地味でも熱中できることを。

幸い大人のADHDは、様々な工夫で生きやすい環境を作れるけれど、子どもは、そうはいかない。支援者に大いに依存しているから、親や教師が一人でも、こういう柔軟な見方ができるようになってほしいと願う。

脳には可能性がある

ADHDの項目の最後のページには、自らも、多動で(おそらくADHDとして知られている)エジソンの言葉が載っている。

「未来の医者は薬を出さず、患者に体の手入れや正しい食生活、病気の原因や予防に関心を持たせる。」(P74)

まさに、これこそダイバーシティを謳う世にとって必要な視点だろう。多様な人々がいて、それぞれに脳の個性も特性も違う。一律に一つの枠に押し込めるのではなく、それぞれの長所を活用していく時代が必要だ。

残念ながら、現在の「発達障害バブル」は、これと逆行していると言わざるを得ない。できるだけ幼少期から、いわゆる「障害」を見つけて、投薬治療で子供を大人しくしていくような「治療」は本当に治療だろうか。今一度、「障害」を治す観点ではなく、「脳の個性」を活かす観点で発達障害をとらえたいという思いが強くなった。

この本の中では、さらに、うつ病や不安障害に見られる「脳の個性」や、ダウン症の人たちのエンターテイナーとしての才能など、ふれたい個所がとても多かったが、すべてを紹介できなくて残念だ。発達障害・精神疾患、全般に、フラットな見方を持つために、ぜひ推薦したい一冊だ。

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大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq