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青い春夜風 21

Before…

【二十一】

「光ちゃん、本当に大変だったわね。」
 雅のばーさんに医者へ連れて行ってもらい、幸いと言っていいものかは分からないが折れたアバラは一本で、バンドをして痛み止めを服用していれば夏休みが終わる頃にはほぼ完治が見込める、と診断を受けた。
「ばーさん、すんません面倒掛けて。ありがとうございました。医者代は親父が帰ってきた時に、ワケ話してお返ししますんで。」
「いーのよ、いつでも。顔も身体も痣だらけなんだからしばらく大人しくしときんさい。あたしゃ明日から町内会の旅行で暫く留守にするから、商店は雅に任せることになるの。無理せん程度に手伝ってやっておくれ。」
「だいじょーぶだよ、どうせ千客万来なんてことは無いんだから。俺はその間光佑ん家に泊まって看病するよ。」

 昨日は雅を無理矢理泊めた。脚を止血してから俺のジャージを貸して、看病という名目で許可が下りた。看病するのは、ある意味お互い様である。
 不登校を選んでから雅は荒れた。酒と煙草を覚えただけでなく、刃を自らに向けるようになってしまった。俺が勉強を教わりながらなるだけリミッターをかけて誤魔化し誤魔化しやっている内に、少しずつ笑うようになった。そして、雅が笑う度にどこか嬉しく、寂しさを吹き飛ばす風が吹いた。その風は昨日の一件ですっかり凪いでしまい、またも毒素を溜め続けている。

 商店に戻り、雅がシャッターを開いた。午前中は休業し、午後から俺らで店番をする。ばーさんからは「節度ある範囲内で」店内の食べ物や飲み物を好きにしていい、と許可を貰った。
「とりあえず、メシにすっか。カップ麺でいい?」
「あぁ、俺シーフード貰っていいか?」
「あいよ、俺は焼きそば。」
 いつもなら、しょうもないお喋りが尽きない。だが俺の惨状に雅は未だ負い目を感じているようにしか見えない。無言で麺をすする音だけが響く。メシ食う時の音って、こんなにでかかったっけ。
 淡々とメシを食い、淡々と勉強する。言葉はほとんど無い。時折お互いが煙草を点けるライターの音が、爆音のように聞こえる。
「わり、便所借りるわ。」
 用を足しにトイレへ行く。この気まずい空気を打破する方法を俺は知らない。元々お喋りが得意なのは雅で、俺はぺちゃくちゃと話に花を咲かせるのはとても苦手だ。どうしたもんか、本当に。昨日の気持ちを緩め切った自分が情けなくて堪らない。

 店に戻った時、客が来ていた。平野・篠・小関・木ノ原。この四人が揃って来たことに、今までの隔たりが解消されたことを改めて感じる。
「雅から聞いたよ、今日は礼言いたくて来たんだ。それが、詫びも言わなくちゃならねぇな。ごめん、頭下げても怪我が治るわけじゃないしどうしようもないけど、許してくれ。今までずっと、王様気分になれる状況に甘えてたんだ。ほんとすまねぇ。」
 深々と頭を下げる木ノ原。俺はそんなもん求めちゃいねぇ。
「いいよ、気にすんなって。ドタマ下げに来たってことは昨日の一件にお前らは関わっちゃいないんだろ。だったら謝るのはお前じゃねぇよ。それよか頼みてぇことあんだけど、聞いてくんね?」
 顔を上げた木ノ原の表情は、緊張しているように見えた。無理難題をいうつもりは毛頭ない。
「なんかずっと気まずい空気なんだよ。お前らで何とかしてくれ。」

 四人の客はお金を出し合って大袋のチョコレートやポテトチップス、リッターのジュースを買ってくれた。どうやら夏休みに入った直後の放課後から動きがあったらしいので、店を早々に閉めて俺の家でお菓子でも食べながら話をしよう、となった。
 蒸し暑い夕暮れだった。雅には長ジャージを貸していたが、如何せん暑苦しい上に汗が傷口に染みて痛むというので仕方なく短パンを貸した。四人はまたもや言葉を失ったが無理もない。この脚を見慣れているのは俺だけだ。見慣れてしまったことが悲しかったが。
「昨日の放課後、学年の元北小グループから三組メンバーが全員外された。正確に言えば一度解散した後で作り直したらしい。一組と二組にも、大人しいけど林や森田の態度を気に食わない奴らが少数いて、そいつらが個人で教えてくれたんだ。だけど三組ですらこのザマだから焚きつけるのは厳しいだろうな。」
 負い目から口を開かない木ノ原の代わりに小関が説明してくれた。クラスでは柔らかく居心地の良い軽口を叩いて笑いを取っている木ノ原は勿論、太陽のように眩しい平野も悲しさに負けてしまっている。篠と小関は、怒りを押し殺すので精一杯なようだ。
「絶対森田だろ、主犯。顔隠して集団でリンチなんてふざけやがって。乗り込んでぶっ飛ばしてやるよ!」
 篠が物騒に怒鳴った。
「よせって。多分催涙スプレーかなんかだろうけど、それのせいで俺もツラ見てねぇんだ。それにこっちが派手やったら将来に響くだろ。馬鹿に付き合って受験に傷つけちゃ奴らの思うツボだよ。」
「だったらどうすんだよ!やられっぱなしでいいのかよお前!」
「光佑は骨折って大怪我してんのに、まだあいつらのさばらせんのかよ!いいのかよそれで!」
 篠に続き、小関も言葉が荒くなってきた。ついに平野は泣き出してしまった。
「ごめんね、一年生の時から何もできなくて。ごめん。」
「泣くなよ、平野が顔出してくれたから雅も俺も学校行くか、ってなったんだから。感謝してんだぜ。」
 一言も発しない雅に代わって礼を言うと、それが彼女の堤防を壊してしまったようで余計に涙を流させてしまった。ハンカチとティッシュを渡して落ち着かせた。

「おい参謀、いつまでそうしてんだよ?」
 商店でメシ食ってから徐々に溜まっていた怒りが、遂に限界に達した。俯いたままの幼馴染の胸倉を掴んで布団の方へ引き摺る。暗いツラに少し驚きが見えた。顔面を思いっ切りぶん殴って布団に倒した。
「痛ってぇな、何すんだよ!」
「やっと喋ったか。俺がこうなったのは俺のせいだ、とか格好つけてんじゃねぇだろうな?俺がこうなったのはただ油断してただけだ。それでも責任感じたいなら、ここでシケてる木ノ原にでも押し付けちまえ。ほぼ百こいつの元・連れが実行犯なのは俺よかアタマいいお前ならすぐ分かんだろうが!拗ねてんじゃねぇよ!」
 鼻血を流しながら立ち上った雅に、俺も鼻っ柱を殴られた。武闘派と対極にいるはずの雅の拳が、とても重く感じられた。
「拗ねてるわけじゃねぇんだよ!何かこう、さ。落ち着かねぇってか、テンパってるって感じなんだよ。あん時から大人しく学校行かないでのんびり過ごしてりゃあこうならなかったんじゃねぇかって。色んな奴らに迷惑掛けちまって、俺が…」
 またも衝動的になったようで、台所へと向かおうとした幼馴染の腕を掴んで引き戻し、もう一発顔パンしてぶっ飛ばした。
「だからさ、お前がそんなんやってどうすんだって!今日は大事なクラスメートが四人も来てんだぞ!それこそこいつらに責任追わせて迷惑かけんだろうが!お前の武器はそのアタマだろ!責任取りてぇなら、そのアタマ使って考えろ!」
 吹っ飛んだ雅の髪を掴んで、額に思いっ切り頭突きしてやった。雅はそのまま気絶した。
「ちょ、ちょっと何やってんのよ!二人ともこんなとこで暴れないで!鼻血出てるじゃん!」
 平野が慌てて渡したティッシュを返してくれたので、千切って雅の鼻に詰め、続けて自分の鼻にも詰めた。
「いつまでも拗ねてっからだよ。こいつこう見えて一回ぶっ壊れっと脆いんだ。目覚ましにはこんぐらいしてやらねぇと。血ィ流すんなら、自分でやらせるより俺がやった方がマシだろ?」

 ドン引きしている四人をよそに、雅はすぐ目を覚ました。起きた馴染みのツラは晴模様だ。これくらいで仲違いするような俺らじゃないと思ってぶっ飛ばしてやったが、間違っちゃなかったな。
「光佑、やりやがったなこの野郎。お陰で目ぇ覚めたよ。ちょっとこっち来て。」
 今日初めて笑えた気がする。雅に近付いた時、思いっ切り頭突きされた。
「これでおあいこ。ありがとちゃん。」
 脳味噌が激しく揺れて、少しずつ意識が遠くなっていく。こいつ、こんなド派手な一発持ってんのか…。そう思った頃には、視界も何もかも真っ暗だった。

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