青い春夜風 22
Before…
【二十二】
意識が「おかえり」を告げた頃には、四人の客人は既に帰っていた。沢山のお菓子とジュースを残して。
「やーっと起きたか。俺まだ鼻血止まんねぇんだけど。やってくれたぜ。」
頭がぐらぐらする。物理的にもそうだが、昨日のダメージも残っているのだろう。
「ってぇ、今何時だ…?げ、俺どんだけ寝てた?」
「三十分ないくらいじゃない?疲れてたんだろ。あとさ、そのさ、ありがとうな。あいつらにも安心していいってちゃんと言ったから。目ぇばっちり覚めたよ。鉄拳制裁、感謝。」
頭を撫で撫でされ、こっ恥ずかしくなってきた。肩を借りて立ち上がり、換気扇を回してグラスに氷を入れ、ジュースで乾杯して一服。
「はぁ、まー良かったよ。お前の湿ったツラ見てると一年の頃思い出しちまってさ、こっちが申し訳ねぇなってなんだよ。」
「短気なとこはずーっと変わらないけど、お前の良い所ってそこだろ。無理して直すよか伸ばしてけって。迷わねぇで動けるってすげーんだから。」
少し、照れる。親父としょっちゅう喧嘩になったり、同級生とよく口論になって手を出しちまったりしていた。だけどそれを「良し」と認めてくれるのはこいつと、ばーさんと、ここ最近の親父。あと、晴野先生か。
「んで、あいつらとこれからの話したんか?」
「あー、ほとんどしてない。でも、木ノ原と小関は絶対後悔しないようにするとさ。しばらく様子見よーよ。木ノ原のことはずっと誰かの金魚の糞だと思ってたけど、意外とかっけーとこもあんだなぁって思ったから。」
本当に色々吹っ切れたようだ。前回木ノ原と小関が詫びに来た時は、明らかに、こいつの中に二年近く尾を引く敵対心が残っていた。あの日を振り返る。一年の体育祭、大迷惑をかけて親父にぶっ飛ばされた。そのこともこいつは気にしていたっけ。大人になるって、こういうことなんだろうか。
「晩メシ作ってやるよ。昼も夜もカップ麺じゃアレだろ。炒飯でいいか?」
にかーっと笑って灰皿に煙草を押し込み、元気に頷く雅を見て、子犬みてぇだなって思った。何度目か分からんが。メシ食って、酒飲んで、煙草吸って、歯を磨いて寝た。折れたアバラは痛んだが、寝惚けて俺に寄り添ってくる幼馴染を払いのけることはせず、自然と微睡んだ。
ドアをガンガン叩く音で起きた。へばりついたまま眠る雅を優しく引っぺがし、半分寝惚けたまま鍵を開けてドアを蹴り開いた。
「朝っぱらからうるせぇぞ!誰だ馬鹿野郎!」
扉の向こうには、額を押さえる担任がいた。
「いってぇ、いくつかツッコミとお詫びな。まずもうすぐ昼の十二時だ。んで、インターホンぶっ壊れてるわ返事も無いわで心配してドア喧しく鳴らしたのはすまなかった。だけどドア思いっ切り蹴っ飛ばしたら、お客さんはこうやっておでこを強打する。分かったかい?」
「………はい、ほんとすんませんした。」
とりあえず玄関先で話すわけにもいかないので部屋に招き入れた。テーブルの上には酒の缶が散らばって、灰皿は吸殻の山。
「どうやら元気にやってるみたいだな。相変わらず。」
呆れた晴野先生をぎこちなく見ながら缶や吸殻を片付ける。ついでに昼を過ぎても気持ちよさそうに寝ている雅をぺしっと起こす。
「んにゃ、あら晴野っち。今日登校日だっけ?ねみ、頭痛ぇ…。二日酔いに晴野っちは厳しいや。」
「馬鹿言ってんじゃない、さっさと顔洗ってこい。今日来たのは話があるからだ。」
雅に続いて俺も顔を洗い、テーブルを拭いて麦茶を人数分用意した。
「まずは、光佑。お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫、って何のことっすか?」
「こういう噂は大人も子どもも広まるのが早いもんだからな。お前、襲われたんだろ?大怪我したって聞いたからな。」
どっから漏れてんだ全く。平穏な夏休みにしたかったから先生達には伝わらないようにしたかったのに。これがバレてなければ、あわよくば報復も考えてないわけじゃなかったのに。
「大怪我、って言ってもアバラ一本折っただけであとは打撲っすよ。」
「骨折してる時点で大怪我だ。誰にやられたか、は分からないよな。」
しょぼん、という顔をする担任がなんともやるせなかった。
「ドア開けた瞬間スプレーかけられてツラ見えなかったし、誰も喋らなかったのでヒント全く無しです。」
「復讐とか、やり返してやろうとかいう気持ちはあるか?」
「いえ、まずはカラダ治さなきゃいけねぇし、それにこれで問題起こして受験とかパァにしたくねぇんで。まぁキッチリしてもらいてぇとは思いますけど。」
「しょぼん」から「ほっ」とした顔になった晴野先生。この人も感情が分かりやすいんだよなぁ。
「成長したな。雅、お前はどうだ?その脚はどうしたんだ?」
「まぁ、えへへへ…。」
はぁ、と溜息をひとつ。気持ちは分かりますよ先生…。
「深くは聞くまい。雅も聞かれる方が嫌だろう。とにかく、夏休み早々に大事件だったな。二人とも、安静に、そしてお大事にしてくれ。」
二人揃ってぺこりと担任に頭を下げる。二年の時はほぼ家でしか会っていないが、晴野先生は心の底から俺達を見てくれている。そうじゃなきゃ、こんな集合住宅のど真ん中でドアを何度も大きな音を立てて叩かないだろう。
そこからは昨日残ったお菓子の中からチョコレートを配って、色々話をした。「毎度すまんな、他の先生には内緒な」と言いながらしれっと食べてくれる先生が、何だかとても頼もしい。
「勉強は心配していないが、進路については考えておけよ。あと光佑、お父さんに連絡させてもらった。来週中には帰ってこれるそうだ。あと現行犯じゃないとはいえ状況証拠は完璧に揃ってる。触法行為、次同じ光景を見たら夏休みの大半は学校で過ごしてもらうからな。」
「げ、親父帰ってくるんすか…。」
「まぁ酒と煙草は程々にするよ晴野っち。わざわざありがとね!」
「友達じゃないんだからせめて言葉遣いくらいは…まぁいいか。程々に、じゃなくて絶対に止めるんだぞ。」
二人で担任を送り出し、車が発進したのを窓から見届けて、煙草を吸った。
「一服したら、勉強しよっか。道具は借りるね、何にする?」
「吸い終わったら考えるわ。」
Next…