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青い春夜風 20

Before…

【二十】

「…ってことがあってな。悪いが、もしかしたら休み明けに迷惑掛けることになるかもしれねぇ。」
 放課後、雅の商店で久々に店番しながら勉強していると、木ノ原と小関が訪れてきて今日のトラブルを報告しに来た。
「マザコンの林に、ネチネチの森田か。あいつらタチ悪いからなぁ。でもまぁありがとねん、三組はあいつらの言いなりから外れたわけだ。」
 最近の雅はこのネタになると妙に張り詰めた表情をする。頭を精一杯使って策を考えているのだろう。
「この手の作戦会議は苦手だからお前らに任せるよ。できることあったら言ってくれ、迷わず動く。」
「頼もしいぜ二人とも。光佑はやり過ぎんなよ、一年の時の二の舞は避けたいからな。止められなかった俺が言うのも筋違いかもしれないけどさ。」
 心配そうに小関がリミッターをかけてくれた。木ノ原は少し気まずそうだが、そりゃあそうだろう。何せ事件の発端の一員だし。
「同じ失敗はしないよ。二年前は俺が目立ちたがってた節もあるしな。夏休み明けにテストが終わって、合唱祭があって、体育祭が動き出す。そっから先は受験ムードになりそうだし、行事を乗り切ればあいつらも嫌がらせして将来を捨てるか、嫌がらせどころじゃなくなるかの二択になるはず。」
「雅お前、そんなとこまで考えてんのか…。学年一位は伊達じゃあねぇな。」
 木ノ原はすっかり感心している。実際、今よりもっとガキの頃から見てきたけれど、やはりこいつの脳味噌のキレの良さには脱帽だ。

 何か動きがあれば三組のグループで知らせ、重大なコトであれば俺らにも伝えに来るということで話はまとまり、二人は帰っていった。
「なぁ光佑、俺また迷惑かけたりしないよな…?」
「んだよ、浮かない顔してよ。お前は散々迷惑かけられた身なんだから、多少迷惑かけても誰も咎めねぇ。」
「そうかな…。俺らが迷惑すんのはいいんだよ。だけど、菊宮メンバーにまで飛び火はさせたくないんだ。」
「どさくさで俺も巻き込んだな…。気にしねぇけど。頼りにされてるたぁいえ、あんまり背負い込むなよ。」

 勉強を終え、六時過ぎまでだらだら話し込んで解散した。親父は連休以降帰ってきていない。一年間の内で親父がいる方がレアだ。もう慣れちまったけど。親父もなんだかんだ俺と雅を信頼し、苦労をかけないためにこうやって出稼ぎに出ていることはよく分かっている。
 メシの支度をしようと冷蔵庫からキャベツを出して千切りにしていると、玄関からドアをノックする音が聞こえた。部屋の時計を見ると七時前。早速何かあったかと鍵を開けた。その瞬間ドアが少し開かれ、目にスプレーのようなもので何かかけられた。
「痛ってぇ!!てめぇ誰だこの野郎!」
 相手の顔を見る間もなく家から引きずり出され、階段から蹴落とされた。三階から踊り場、そして二階、踊り場、一階、団地の外まで転がり落ち、両腕を無理矢理抱えて押さえつけられ、顔面への殴打と腹への蹴りの連続。鼻から血が流れ、口の中にも鉄臭い液体が溜まるのが分かる。しかし目は開けない。無言の暴力は続く。アバラが折れた感触を覚えた。

「ちょっと、何やってんの!?」
 聞き覚えのある女性の声。多分蓮の母ちゃんだ。俺をリンチにした連中は無言で引き上げていったようで、足音が遠くなっていく。
「光佑くん!血だらけじゃない、うちおいで!」
「す、すんません…。目開けられなくて。世話になります。」
「こーちゃん!大変、ちょっと行ってくる!」
 蓮がどこかへ行ったようだ。きっと雅んとこだな。雅…?まずい!
「かーさん!蓮止めてください!きっと雅んとこ行くつもりです、あいつ巻き込んだらやばい!」
「やばいのはあなたよ光佑くん!とりあえず止血が先!」

 手当てをしてもらったが、まだ目を開くことは難しい。そして案の定、蓮と雅の声が聞こえてきた。
「光佑、光佑!おい、誰にやられた!」
「分かんねぇ…。蓮のお母さん、ありがとうございました。とりあえず一旦家帰ります。もしやべぇって思ったら申し訳ないですけどまた来ます。医者には明日行きますから。」
 止める蓮と母ちゃんを振り切って雅の肩を借り、自宅へ戻った。家の蛇口で眼球を洗い、横になった。かなりぼやけてはいるが、視界が徐々に戻ってきた。回復した目が映したのは、さっきキャベツを切っていた包丁でジャージを切り刻み、太腿から多量の血を流す幼馴染の姿だった。
「馬鹿おめぇ、何やってんだよ…。お前がそんなことして何か変わんのかよ!」
「えへへ、ごめん。落ち着かなくて。こうすると不思議と落ち着くんだ。意味は無いんだよ。」
 痛む身体を引き摺って包帯とガーゼ、タオルを取り出して雅の傷口を押さえた。「いてて」なんて言っているが、加減している場合ではない。雅に一発平手打ちをかましてやったが、全く力が入らない。
「お前、折角傷口塞がったのによ…。ごめんな、俺が不用心過ぎた。悪ぃ、お前がそんなことする必要無ぇのによ。そんなことさせちまって。」
 最後の方は込み上げた涙のせいで嗚咽交じりになってしまった。雅を抱き締めると、右手に持っていた先端に血が滴る包丁を台所に投げて抱き返された。
「何で光佑が謝るのさ。俺が悪いんだよ、しゃしゃり出るような真似したから。逆にごめんだよ、お前にこんな思いさせちってさ。二度とやらねぇって思ってたのに、身体が言うこと聞かないってか、頭ン中から声が聞こえてきたような気がしてさ、落ち着こうとした時には切ってたんだ。光佑の言う通り、こんなことしても何も変わらないのは分かってんのに。ごめんな…。」

 ボロ団地の一角で、少年二人のすすり泣きが静かに木霊し続けた。

Next…


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