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私たちはいつだって自分の力で異世界転生できる『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』完結に寄せて

登場人物が何らかのハプニングをきっかけに、今まで生きてきた世界とは全く違う次元の世界に行き、新しく人生をやり直す異世界転生モノ。

大体の主人公が、社畜で心身共に疲弊したサラリーマンなど現状の人生に納得のいかない者たち。だが、転生先では容姿やスキル面に死ぬほど恵まれてウハウハの人生を送る...というチートっぷりを発揮する展開が異世界転生モノのセオリーだ。突然、現状よりもはるかに豊かな生活を送る主人公たちを見て「できるもんなら異世界転生したいわ!」と、頑張っても報われない時や現状が辛い時、何度思ったことだろう。

でも実は、私たちはいつだって異世界転生できる。それは決して異世界転生モノの主人公たちのようにチートな世界ではないかもしれないけれど、現状よりも豊かな生活が送れる世界を異世界とするならば、自分の力で転生できると私は思う。

そう思わせてくれたのが、講談社「イブニング」で連載中の『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』(原作:クマガエ先生 / 漫画:宮澤ひしを先生)だった。

会社員が転生した異世界は...

本作は、タイトル通り元漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしを始めるという物語で、なんと原作者であるクマガエ先生の実体験であるというから驚きだ。

入社以来ずっと情熱を注いできた漫画誌の休刊をきっかけに、一種の燃え尽き症候群にかられた主人公・佐熊陽平(通称・クマ)。それ以降、彼は会社員としての働き方に疑問を持ち、今後の自分の人生について改めて考えるようになる。けれど、漫画編集者の次なるキャリアはイメージできず...。とはいえ、新婚であるためのんびりしていられないと焦る彼がネットで見つけたのは、脱サラして田舎暮らしをした人のHPだった。

何かに突き動かされるように、千葉県にある都会住みの人向けの貸し田んぼへ訪れたクマは、生まれて初めて田植えを経験する。自分が一から育てた稲が、いつかは自分の生きる糧になるのだというある種の自信や農業の魅力を肌で感じた彼は、パートナーのミユと共に異世界さながらの田舎へ転生し新たな生活を始めていく。

根底にあるのは、心地よい生き方

田舎暮らしをスタートさせたクマとミユは、異世界のように何もかもが初めての田舎で、慣れない農業に苦戦し自然の強大さに打ちのめされながらも、着実に自分たちの力で新たな生活を切り拓いていく。その過程で描かれる、新米作り、畑作業のシーンは、実体験に基づく確かな情報によって、農業漫画としてかなり読み応えのあるものとなっている。

ここまで読むと、つまり脱サラ農業漫画ってこと?と感じる方もいるだろうが、私は半分そうで半分違うと思う。なぜなら2人の根底にあるのは農業ではなく、自分たちにとって心地よく過ごせる環境、生き方を追求したいという想いだからだ。

17話ではそんな想いを象徴するかのような急展開がある。なんと2人は「脱・田舎」宣言をするのだ。自分で作った新米を食べ、来年も米を作るぞ!と意気込んだ矢先にだ。理由は、農業はやりたいけれどもシンプルに自分たちは田舎暮らしに向いていないと気付いたから。以降、2人は農業を続けながら自分たちが心地よいと思う生活を追い求めて、居住地の最適解を模索していく。

つまり、『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』とは、脱サラ農業漫画という面を持ちながらも、自分たちが心身共に豊かに暮らせる理想郷という名の異世界に自ら転生するスタイルの最強冒険譚なのである。

異世界転生は自分の力でできる

おそらくだが、本作の始まりと途中では「異世界」の意味が若干変わっているように思う。最初は見慣れない田舎に対する戸惑いやギャップからくる異世界、途中からは異世界転生モノの主人公がひょんなことから辿り着いた世界のように理想郷という意味での異世界。

2人は後者の意味での異世界の扉を自ら探して、こじ開けにいく。そして、米作り、野菜作り、味噌作り...とまるでクエストをクリアしていくように前へ進む。1つクリアしていくごとに自信を付け、時には勇者パーティーの如く仲間と共に農業ライフを満喫していく。そして、本日3月8日発売の「イブニング」7号に掲載された最終回でクマが新たに挑むクエストは、彼が今までやってきたこと、そして自分で選択してきたこと全てが繋がるようなとても感動的なフィナーレだった。

異世界というものを、冒頭に書いた通り"現状よりも豊かな生活を送れる場所"と定義するのであれば、やっぱり自分の力で転生できると思う。その豊かさが精神的なものなのか、金銭的なものなのか、はたまた目に見えない人との繋がりなのか。それは人によって異なるが、もし明確なのであれば、あとはその異世界がどこなのかひたすら考え抜いて行動するだけだ。

そんな"異世界転生は自分の力でできる"という力強いメッセージをくれた『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』。原作者クマガエ先生とパートナーのルキノさんの現在進行形かつリアルな物語だという点も、このメッセージに説得力を与えている。連載は終了したけれど、2人がこれからどんなクエストへ進むのか楽しみに見守りながら、私も自分にとっての異世界へと転生しようと思う。

最後に。クマガエ先生、宮澤ひしを先生、完結おめでとうございます!そして連載お疲れ様でした!



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