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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第1話(全22話)

 寛宝三年(西暦1743年)の四月十一日、まだ東京を江戸と申しました頃、湯島天神の社にて聖徳太子の御祭礼がございました。そのとき、たいそう参詣の人が出て大混雑を極めました。ここ、本郷三丁目には、藤村屋新兵衞という刀屋がございました。いい代物が並べられた店先をある一人のお侍が通りかかりました。そのお侍、年の頃は、二十一、二ぐらいに思われ、肌の色はあくまでも白く、眉毛は美しく、目元がきりっとして、少し癇癪持ちに見えます。鬢の毛をぐっと吊り上げて結わせ、立派な羽織に結構な袴に雪駄を穿き、後ろにあさぎの法被に梵天帯を締めております。後方には真鍮巻の木刀を差した中間が付き添い、この藤村屋新兵衛の店先へ立寄って腰を掛け、並べてある刀を眺めて侍は言いました。

「亭主や、そこの黒糸だか紺糸だか知らないが、あの黒い色の刀柄に南蛮鉄の鍔がついた刀は誠によさそうな品だな。ちょっとお見せ」

「へいへい、こりゃお茶をお出ししろ。昼間は天神の御祭礼でたいそうに人が出ましたから、おそらく通りには、ほこりが舞ってさぞお困りになったでしょう」

亭主は刀のちりを払いつつ、言います。
「これは少々、飾りが破れていますね」
「なるほど、少し破れているな」
「へい、中身は随分使えるもので、腰差しにされても、十分でしょう。お中身も、性質も、確かにお堅い品でございまして。へい、御覧くださいませ」

そう言って、亭主が刀を差し出し、侍は手に取って見ました。昔のお侍様が刀を買うときは、刀屋の店先で引き抜いて見ていらっしゃいましたが、あれは危ないことなのです。もし、お侍が気でも違いまして、真剣である抜身を振りまわされたら、本当に危険ではありませんか。今、このお侍も本当に刀を見るお方ですから、まず中身の反り具合から、刃文のむらである焼曇の有無、差し表、差し裏、刃の先端、何やかや吟味されています。さすが御旗下の殿様のことゆえ、凡百の者とは違います。

「とても良さそうな物だな。拙者の鑑定するところでは備前物のように思われるが、どうだ」
「へい、良い目利きでいらっしゃいますな。恐れ入りました。仰せの通りで私どもの仲間の者も、かの有名な刀鍛冶の藤四郎の打った名刀の天正助定であろうとの評判でございます。ただ、惜しいことに、何分これは無銘にて、残念でございます」
「御亭主や、これはいくらするんだ」
「へい、ありがとうございます。お掛値は申し上げませんが、ただいま申しました通り銘さえあれば、多分の値打ちもございますが、無銘であるため、金十枚でございます」
「何、十両と申すか。ちょっと高いようだな。七枚半には、まけてもらえないか」
「どういたしまして。何分、それでは赤字が出てしまいますから。なかなか、もちましてねえ」

侍と店の亭主がしきりに刀の値段の駆け引きをしておりますと、後ろのほうから、通りがかりの酔っ払いがやってきて、この侍の中間をつかまえて言いました。

「やい、何をしてやがる」

酔っ払いはそう言いながら、ひょろひょろとよろけて、勝手に転んで尻もちをつきました。ようやく起き上がると、睨みつけ、いきなり、中間にげんこつをふるってきたのです。続けざまに殴られた中間は、堪忍してほしいと訴えました。中間は決して逆らわず、大地に手を突き、頭を下げ、しきりに詫びます。それでも、酔っ払い男は耳も傾けず、怒り狂っています。

なおも、酔っ払いが中間を殴っているさまを侍は見て、驚きました。殴られているのは、自分の家来の藤助ではありませんか。侍は酔っ払い男に対して会釈をしました。

「わたくしの家来めが、何か無礼なことをしたのかと思いますが、当人に代わって、わたくしがお詫び申上げます。何卒、御勘弁を」

「何、こいつは、その方の家来だと。けしからん無礼な奴だ。武士のお供をするなら主人の側に小さくなっているのが当然だろう。然るに、何だ。天水桶から三尺も往来へ出しゃばり、ほかの通行人の妨げをして拙者にぶつかってきたから、やむを得ず殴ったんだ」

「何もわきまえぬ者でございますが、ひとえに御勘弁を。手前がなり代わって、お詫びを申し上げます」

「今、このところで手前がよろけたところをドーンとぶつかってきたから、犬でもあるかと思えば、この下郎めがいて、地べたへ膝を突かせた。見ての通り、これこのように衣類を泥だらけにいたした。無礼な奴だから殴ったが、それがどうかしたか。拙者の気が済むまでいたすから、そいつをここへお出しなさい」

「この通り、何もわけのわからん者、犬同様の者でございますから、何卒、御勘弁ください」

「こりゃ、面白い。初めて知ったよ。侍が犬のお供を連れて歩くという法はあるまい。犬同様の者なら、手前で申し受けて帰り、マチン(毒のある植物)でも、食わしてやろう。どれほど、詫びても許すつもりはありません。この家来の無作法を主人が詫びるならば、大地へ両手を突き、重々恐れ入ったと、頭を土につけて、詫びて然るべきところだぞ。何だ、片手に刀の鯉口(鞘)を触りながら、詫びるなぞ、侍の法にあるまい。何だ、手前は。拙者を斬る気か」

「いや、これはわたしがこの刀屋で買おうとしていたものだ。ただいま、中身を確認していたところ、この騒ぎがあたったため、とりあえず、参上した次第でございまして」

「へへ、買うとも買わんとも、貴殿の勝手じゃろう」

酔っ払い男が侍を罵ります。侍は重ね重ね酔っ払い男をなだめていますと、往来の人々が見物をはじめました。

「ありゃ喧嘩だ。危ないぞ」
「何、喧嘩だと」
「おおさ、相手は侍だ。それは険呑だな」

ほかの者も、推測をはじめます。
「なんでげすかねえ」
「刀を買うとか買わないとかの諍いだそうです、あの酔っぱらっている侍がはじめ刀に値段をつけたが、高くて買えないでいるところへ、こちらの若い侍が又その刀に値をつけたところから酔っ払いは怒り出した。俺の買おうとしたものを俺に聞きもせず、値段をつけたと言って、喧嘩が始まったらしい」

ほかの者はこう言います。
「何さ、そうじゃありませんよ。あれは犬の問題だね。俺のうちの犬に番木鼈(マチン)を喰わせたから、その代りの犬を渡せ。また番木鼈を喰わせて殺そうとか言うのですが、犬の間違いは昔からよくありますよ。犬がらみの事件に巻き込まれる白井權八なども、やっぱり犬の喧嘩からあんな騒動になったのですからねえ」

そう言えばと、そばにいる人がほかのことを言い出します。
「何さ、そんなわけじゃない。あの二人は叔父と甥の間柄で、あの顔が真っ赤な酔っ払いは、叔父さんで、若いきれいな人が甥だそうだ。甥が叔父に小遣いをくれないと言うところからの喧嘩だ」

と言えば、また近くにいる人は別のことを言います。
「なーに、あれは巾着切(スリ)だ」

などと往来の人々は口に任せて、いろいろなうわさを巡らせているうちに、一人の男が言いました。

「あの酔っ払いは、丸山本妙寺の中屋敷に住む人で、元は小出様の御家来であったが、身持ちが悪く、酒に溺れ、ときどき、道端で刀を抜いて人を脅して、乱暴を働いて、市中を我が物顔でのさばっているんだ。あるときなんて、料理屋へ上がり込み、十分に酒と肴をたらふく食べ、勘定は本妙寺中屋敷へ取りに来いと、横柄に食い倒し、飲み倒していました。あれは、黒川孝蔵という悪侍です。年の若い方の人は、たかられてるんですよ。しまいには、酒でも買わされるのでしょうよ」

「そうですか。並大抵の者なら斬ってしまいますが、あの若い方はどうも病身のようだから、斬れないのだろうねえ」

「何、あれは剣術を知らないのだろう。侍が剣術を知らなければ、ただの腰抜けだ」

などとささやく言葉がちらちら若い侍の耳にも入ってきます。ぐっと怒りが込み上げ、癇癖に障り、顔中がまるで朱色のインクを注いだかのようになり、額には青筋があらわれています。侍は、きっと詰め寄り、懇願するように言いました。

「これほどまでに、お詫びを申しても、勘弁してはくれないのですか」

「くどい! 見れば立派なお侍、御直参、御家人で、いずれの御藩中かは知らないが、尾羽打ち枯らす、落ちぶれた浪人と俺を侮り失礼至極、いよいよ勘弁がならなければどうする」

酔っ払いの黒川は、痰を若侍の顔に吐きました。ゆえに、さすがの我慢強い若侍も、今は怒りが一気に顔に出ます。

「おのれ、下手に出ればつけあがり、ますます激しくなる罵詈暴行、武士たる者の面上に痰を吐くとは不届きな奴だ。勘弁ができなければ、こうする!」

若侍は、今刀屋で見ていた備前物の刀柄に手が掛るが早いか、スラリと引き抜き、酔っ払いの鼻の先へぴかりと輝く刃先を出したから、見物人たちは驚き慌てております。弱そうな男だからまだ引っこ抜きはしまいと思ったのに、刃がピカピカと光っています。

「ほら、抜いた」

木の葉が風にあったかのように、見物人たちは四方八方に散り散りになりました。町々の木戸を閉じ、路地を締め切り、商人はみな戸を締める騒ぎとなり、町中はひっそりと静まり返りました。

しかし、藤村屋新兵衞の亭主一人は逃げ場を失い、ぽつねんとして店先に座っておりました。

さて、黒川孝蔵はひどく酔っ払ってはおりますけれども、相当酔っているため本性が出て、若侍の剣幕に恐れをなし、よろめきながら二十歩ばかり逃げ出しました。そこを侍は逃しません。

「おのれ、卑怯なり! 口程にもない奴だ。武士が相手に後ろを見せるとは天下の恥辱になる奴、戻れ、戻れ!」

と、雪駄穿きにて、あとを追い掛ければ、黒川孝蔵は「最早かなわない」と思いまして、よろめく足を踏みしめて、刀の壊れた柄に手を掛けて、こちらを振り向くところを、若侍は得たりと踏込みざま、「えい」と一声あげ、肩先を深くプッツリと斬り込みました。斬られた黒川孝蔵は「あっ」と叫び、片膝を突くところに、のしかかり、左の肩より胸元へ斬り付けましたから、斜め三つに切られて、何だか亀井戸のくず餅のようになってしまいました。若侍はすくっと立派にとどめを刺して、血の付いた刀を振るいながら、藤村屋新兵衞の店先へ戻りました。もとより斬り殺すつもりでございましたから、ちっとも動揺する気配もなく、自分の下郎である中間に向かって言いました。

「これ藤助、その天水桶の水をこの刀にかけろ」
と言いつければ、最前で震えておりました藤助はこう言います。

「へい、とんでもないことになりました。もし、このことから、大殿様のお名前でも出ますようなことがございましたら、申し訳が立ちません。もとはみんな、わたくしから始まったこと、どうすればよろしいのでしょうか」

藤助は半分死人のような顔をして青ざめています。

「いや、さように心配するには及ばぬ。市中を騒がす乱暴人、斬り捨てたところで、惜しくもない人間だ。心配するな」

そう下郎を慰めながら泰然として、呆気に取られている藤村屋新兵衞の亭主を呼びました。

「こりゃ、御亭主や、この刀はこれほど斬れようとは思いもしなかった。なかなか斬れますな。よほど、よく斬れる」

若侍がそう言えば亭主は震えながら応じます。

「いや、それはあなた様のお手が冴えているからでございます」
「いやいや、まったく刃物がよい。どうじゃな。七両二分に負けても、よかろうな」

若侍にそう言われた亭主は、これ以上関わりあうことを恐れ、「よろしゅうございます」と承諾をしました。

「いや、お前の店には決して迷惑はかけません。とにかく、このことをすぐに自身番に届けなければならん。名刺を書くから、ちょっと硯箱を貸しとくれ」

そのように侍に言われても、亭主は恐怖に震えるあまり、自分のそばにある硯箱が目に入りません。亭主は震える声で言いました。

「小僧や、硯箱を持って来い」

亭主は小僧を呼びましたが、ひっそりとして返事はありませんでした。さきほどの騒ぎの際に、みんなどこかへ逃げてしまい、家の中には一人もいなかったのです。

「御亭主、お前はさすがに世渡り上手なだけあって、この店を少しも動かず、泰然自若としているのは、感心な者だな」
「いえいえ、お褒めいただき、恐れ入ります。実は、さきほどから、腰が抜けてしまい、立てないのです」
「硯箱はお前の脇にあるじゃないか」

そう侍に言われて、ようやく亭主は気づき、硯箱を侍の前に差し出しました。侍は硯箱の蓋を押し開いて筆を取り、すらすらと名前を飯島平太郎と書き終えました。

そして、自ら番に届け置き、牛込のお屋敷へお帰りになりました。この始末を、お父様の飯島平左衞門様にお話を申し上げました。すると、平左衞門様は「よく斬った」と仰いました。

それから、すぐにお頭たる小林權太夫(ごんだゆう)殿へお届けに参りましたが、大したお咎めもなく、斬ったもん勝ち、斬られ損となりました。


◆場面と登場人物

・舞台は湯島天神(東京都文京区本郷三丁目のあたり)
・若侍の飯島平太郎(この人が幽霊になるお露の父親)
・酔っ払いの悪侍の黒川孝蔵(飯島家にやってくる奉公人の孝助の父親)

◆語釈と注釈

・藤村屋新兵衛(ふじむらやしんべい)…刀屋の屋号

・中間(ちゅうげん)…武士に仕えて雑務をする者

・天水桶…防火用の雨水をためた桶(Wikipedia)

・番木鼈(マチン)…マチン科マチン属の常緑高木。アルカロイドのストリキニーネを含み、有毒植物もしくは薬用植物(Wikipedia)。毒性が強く、江戸時代では野良犬退治に用いられていた

・白井權八…鳥取藩の平井権八をモデルにした歌舞伎や浄瑠璃の登場人物名。文学作品では、犬がらみの事件に巻き込まれる人物として定着していた

・自身番(番)…町内警備のために設けた自治制の番所

・亀井戸のくず餅…亀戸の船橋屋という和菓子屋さんが創業文化2年(1805年)なので、このお店のくず餅のことを言っているのかもしれない。エビデンスなしですまんね。

◆感想と解説

物語の始まりの映像的な鮮やかさ、描写が視覚的であることにまず驚いた。若気の至りで、飯島平太郎は、アルコール中毒の輩である黒川孝蔵を斬ってしまうのだけれど、やはり殺人は殺人ということで、因果応報の発端になっていく。初めて読んだときは、飯島って奴はサイコパスに違いない、と思ってしまった。お祭りの日に、白昼堂々、刀で人を斬る、というのはフィクションとはいえ、軽すぎる行為だ。

そして、この「因果応報」というのは、近代化する以前の作品には、驚くぐらい共通・通底している考えで、信仰に近いものを感じる。正直にいえば、わたしはその思想を馬鹿にして鼻で笑っていたのだが、今はその考えが少し変わったという実感がある。後日、くわしく述べたい。

全22話あるので、少しずつ楽しんでいただきたい。週に3話ずつぐらいの頻度で更新していく予定である。

◆参考文献

三遊亭円朝(2002)『怪談 牡丹燈籠』岩波文庫
三遊亭円朝(2018)『怪談牡丹燈籠・怪談乳房榎』角川ソフィア文庫
青空文庫 三遊亭円朝 『怪談牡丹灯籠』

第2話はこちら

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