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恋は叶わないから美しい

誰にでも切ない恋の経験くらいあるだろう。

中学生の彼女は造形のように可愛い子だった。僕好みのショートヘアに透き通る白い肌、八重歯がのぞくはにかみ笑い。初めて彼女を見た瞬間、稲妻が走るような恋を知ったのだった。

彼女は学年のアイドルで、有名人。見た目の麗しさもさることながら、成績優秀、部活のレギュラーで人気者。日陰で地味な僕とは対照的な子であった。

会話はなかった。話しかける勇気も、資格もないように思っていた。ただ遠くから眺めているだけ。ときどき彼女がこちらを向いて、目が合った!って胸が跳ねる。もちろん見たのは奥の時計か何かで僕ではないのだが、ドキドキは意識とは別に作用しているようだった。

フィクションならチャンスの1つも舞い降りたかもしれないけど、現実では部相応を求められる。恋をしたのは中学2年の春、卒業までの2年で話したのは片手で数えられる程度。記憶には、はたから眺める僕の映像しかない。

彼女についてのエピソードを語れば、僕の口は止まらない。僕が恋した何日かあと、部活の連中と恋バナをする機会があった。そこで気の無いフリして、「あの子、可愛いよね」と彼女の名前を出してみた。すると僕の苦手な、いわゆるウェイ系の男が言った。

「あ、それ俺の彼女」

ニターっと勝ち誇った顔。人を見下すような目。悔しかった。情けなかった。悲しくなった。僕は彼女のことさえ嫌いになりそうになった。もうこの恋は忘れようと心に誓った。しかしそんな簡単にはいかない。気持ちは忘れるどころか膨らんでいった。

幾ばくかの月日が経ち、夏になった。男と彼女は別れたらしい。詳細は知らないし、知る由もなかった。ただなんとなく嬉しい感じがしただけだ。

珍しく日曜が休みになったので、部活の一団で遊びに行くことになった。もちろん男も同伴だ。たぶん一悶着あるなと思ったら、やっぱりあった。

当時、ケータイが普及し始めたころで、何人かは自分のものを持っていた。僕もそのひとりだった。もっともやり取りする相手なんていなかったので、おもちゃに近い扱いを受けていた。

男が集まって遊ぶとき、たいがいロクなことは行なわれない。そのとき盛り上がったのは、他人のケータイで片っ端から告白メールを送ることだった。ターゲットになった人はケータイを奪われ、連絡先に表示される女の子に告白メールを送らされた。

幸い僕はターゲットにはならなかったが、1度だけ偽りの告白メールを送ってしまった。メールの文面を作ったのは元カレで、送った先は彼女だった。

僕は嫌々を装った。装ったというのは、ちょっと嬉しい気持ちもあったからだ。たしかに元カレのことは嫌いだし、やった行為は最低だ。だけど言えない恋心を伝えられたと思ってしまい、内心喜んでしまった。

30分くらいで返信が来た。内容は一言、「ごめん、無理」だった。

そりゃそうだ。話したことない人の告白をOKするはずがない。ただ「無理」という言葉が極度の拒絶に思えて、事実そうだったかもしれないが、心を鷲掴みにされた彼女に、そのまま握りつぶされたような感覚に陥ったのだった。

彼女のエピソードで1番衝撃的だったのは、3年生の夏休みに開催されたクラスレクだ。レクの概要はこんな感じ。参加メンバーを4人1組に分け、そのチームでバレーをしたり、フットサルをしたり、夜には肝試しに花火、バーベキューもした。

僕のチームには色黒男と、美女ちゃん、そして彼女がいた。僕は運命のようなものを感じた。彼女がいるだけでもウキウキなのに、そこに美女ちゃんまでいたからだ。

それはもう楽しいレクだった。バレーもフットサルも勝てなかったけど、そんなのどうでもいいくらい幸せだった。

さて、僕の本番は肝試しだった。ここで良いとこ見せてモテようと企んだ。肝試しといっても暗闇の校舎を歩き回り、いくつか配置された単語をメモし、文章を作るというものだった。怖いものが得意な僕にとっては、まったく怖くもない内容だった。

しかし彼女たちは違うようだった。スタート直前から悲鳴をあげていた。色黒男すら、怖がっていた。そこで僕はかっこよく「俺に付いて来い!」と背中で語り、当然のようにライトを片手に、先陣切って歩いたのだった。

最初の方はよかった。4人で横並びになって進み、仕掛け人のドッキリに叫喚する。そんな具合がだった。ところが行くに連れ、恐怖を微塵も感じていない僕だけが、歩みが早くなってしまっていたのだ。

3人の足音が遠くなった。叫び声も、やや距離があった。そこで僕は振り返って3人を見ると、何よりもオゾマシイ光景が広がっていた。

色黒男を真ん中に、左右に彼女と美女ちゃんが、恋人つなぎで歩いていたのだ。口では怖がる色黒男のにやけ面。蹴り飛ばしてやりたかったし、僕が代わりたかった。それ以上に、僕だけ仲間はずれにされている状況が心に染みた。

仲間に入れて手を繋ごうぜ!なんて言うわけにもいかないので、僕は平然を振る舞いながら彼女たちの方を向き、「早く歩けよー」と言った。しかし返って来たのは彼女の怒号だった。

「いいから前照らしてよ!」

それからの記憶はあまりない。たしか全てのキーワード探しをひとりで行ない、無言でゴール。そのあとのイベントも、影を薄くして参加していたはず。

彼女が出演する思い出はこれくらい。実際、直接の面識はほとんどない。僕が一方的に片思いしていただけ。ただそれだけの話。

もともと奥手な僕が、なお恋愛下手になったのは彼女のせいなのではと密かに思っている。女の子と何気なく話せるのにも時間がかかったものだ。

中学を卒業後、それぞれ別の高校に進学したため会うことはなくなった。20歳の同窓会で顔を合わせた程度。そのときも中学時代の記憶が邪魔をして、ほとんど会話をすることができなかった。

恋は叶わないから美しく保ちことができる。今は良き思い出と、胸の奥にしまい込むことにした。

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