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音の中の窓の中の

みなさんこんにちは。ベルリンでは午前中の雨が上がって、雲間から光がさしています。今夕方の4時半です。つい先日までこの時刻には暗くなっていたのに、春が来始めるとそこからは一気に明るくなります。

先ほどまた普段聴かない音楽を聴いていました。globeの「Is This Love」です。「小室の作ったものなんて音楽とは呼べない」という時期はもちろん私にもありましたし、今だって好きな音楽とは言えません。しかし、子供時代、というか、いわゆる最も多感な時期には、どこに行っても小室ファミリーの音楽が流れていたので、否が応でも聞いていましたし、知っています。先日も少し触れましたが、当時の私は名古屋から東京に引っ越してきたばかりで、両親の異様な束縛が本格化し、家庭では「不真面目」なテレビ番組もポピュラー音楽も一切許されていなかったので、中学校の校内放送で流されるヒット曲を私の心はむさぼるように吸収していました。私も中学生でしたから、自由や恋愛や希望や夢に興味があり、それに並走する音楽が必要だったのです。東京の新居ではバッハのパイプオルガンを聞いて推薦図書を読み、友人とは関わらず、一人で勉学に励む態度のみが奨励されていました。しかし、私も人間だったのです。両親は、つまり、人間が生きるために必要な人格、感情、興味などを持つことを私に禁じていたのですが、私は人間でした。中学生の人間でした。そして、人間であり続けることを選んだために、その後非常な苦難を経験するのですが、それはまたいつかお話するかもしれません。

いずれにしても、私は通っていた中学校が大好きでした。今でも大好きです。この中学校の思い出もまた少しずつ書けたら嬉しいです。今はただ、その学校は丘の上に建っていて、大きな二重窓があって、遠くにいつも新宿の高層ビルが見えていた、とだけ書いておきます。

友人は少ない方ではなかったのですが、この頃、やっと人を信じることができるようになってきていました。親友たちの1人2人とよく窓の前に立って、遠い新宿を見ながら風に吹かれ、喋ったり、笑ったりしていました。私たちを包むように、薄緑色のカーテンが風に膨らみました。

中学校一年生のとき、私は初めて飛行機に乗りました。それまでは非常な飛行機恐怖症だったのですが、いったん乗ってしまえば延々とゲームはできるしアイスはいくらでも食べられるし、おしゃれなインテリアで快適だし、一度ですっかり飛行機ファンになりました。しかし何より、上空から見た景色に魅了されました。それまでも雲は大好きだったのですが、高層雲や積乱雲の間を上昇してゆく様、その上に静かな、真っ白なミルクを流したように平らな雲と雲に挟まれた空間があること、何もかもが別の世界で、本の中で想像をたくましくしたどこか別の土地の景色を自分の目が見ていることが信じられませんでした。

教室の窓から初夏の空を見ていると、その時のことを思い出し、そのような空が今自分たちの上にあること、自分たちの上に別の世界があることを考えてうっすらと興奮していました。「こんな天気の日は飛びたくなるね」と親友の一人に言いました。彼女は私より3年ほど前に飛行機に乗ったことがありました。(余談ですが、彼女とは今も親友です。時々ドイツと日本でLINEを介して酒を飲みます。)

「Is This Love」を聞いたのもそんなような夏の日だったのでしょう。歌詞も知らず、内容も知らず、ただその音の中に、大好きな雲間で自分に落ちる影のような、ずっと高いところで自分を待っていてくれる快適な冷たい空気のような、明るくて清浄な空間があるように感じたのです。中学生の英語力では「Is This Love」という文章を理解するのが精一杯でした。毎日毎日好きな男の子が変わるような、恋に恋する子供だったので、そのとき好きだった誰かのことを考えたかもしれません。その相手はきっと、日光に慣れた目では何も見えない薄暗い教室のどこかで他の男子と談笑していたでしょう。傍らの親友は夢見る目をした私に呆れていたでしょう。私は純粋すぎて、上空の大気と同じぐらい清浄すぎて、全てを愛しすぎて信じすぎていたのです。Is This Love, 恋かな?愛かな?でも愛って何?酸っぱい子供の恋心や遠くの何かにあこがれる気持ちが雲の間に間に高揚して、光って、それがまぶしくて、目を閉じました。中学校の建物の上を白い飛行機がゆっくりと飛んでゆきました。

小室ファミリーの音がどこにでも流れていた時代にあの大きな窓の学校に通っていたこと、そしてその頃に東京の中学生だったことは私の幸運でした。音楽の質がどうあれ、気分を盛り上げ、生命力を高める音作りだったことは否定できません。中学生が夢を見て、妄想や空想をたくましくするのには絶好のBGMだったと今でも思います。

ノイケルンに夕方がやって来ます。遠くに小さな新宿は見えませんが、向かいのビルのたくさんのガラス窓に夕方の青空が映っています。みなさんどうぞ良い晩を。






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