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今日も、読書。 |心がこの場所に追いつくまで、私たちは待っているのです

2022.5.22-5.28



星野道夫|旅をする木


星野道夫さんの『旅をする木』を読む。

GWに名古屋を旅行した際に、「旅」に引っ掛けて持っていった本で、あまりに面白くて、旅先で即読み終えてしまった。

星野道夫さんは、20代でアラスカに移り住み、現地の自然や動物を追った写真家・探検家。『旅をする木』は、そんな星野さんが紡いだ、極寒の地アラスカでの生活を描くエッセイ集だ。

アラスカの雄大な自然、あるがままの動植物の営み、そして仲間たちとの温かい交流。カリブーの群れ、空を泳ぐオーロラ、セスナから見渡す限りの銀世界——目の前に情景が浮かんでくるような豊かな自然描写が、丁寧で静謐な言葉遣いで並んでいる。自分の吐く息も、白くなっている気がしてくる。

私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです。

p41-42

これは「ガラパゴスから」という一編の中で、アンデス山脈に発掘調査へ向かう途中、突然足を止めた現地のシェルパが言った言葉だ。

なんというか、この人たちの持つ時間の流れ方とか、自然と心を通わせる姿勢とかが心に刺さって、ものすごく良い言葉だと思った。きっと私も、日々不必要に急ぎ過ぎて、幾度となく心を置き去りにしてしまっていることだろう。

雑事に追われ、すぐ近くにある自然の豊かさに気付くことができない。それは、すごく勿体ないことだと思う。余分な情報が入ってこない、アラスカのような環境では、自然を享受する生物本来の感度が高まり、その営みを慈しむ心が育まれていくのだと感じた。

この本を読み、大自然の中に身を投じてみたくなる気持ちも、すごく分かる。間違いなくこれは、読者の人生を変える力がある本だと思った。中学生の頃とかにこれを読んでいたら、自分の人生はどうなっていたのだろうか……と考えたりする。



ケン・リュウ|もののあはれ


ケン・リュウさんの短編集『もののあはれ』がすごく良かったので、ご紹介する。

自身が中国を代表するSF作家であり、翻訳によって中国SFを世界に広めた立役者でもあるケン・リュウさん。たとえば日本内外で空前のブームとなった『三体』シリーズを、初めに英語に翻訳したのもケン・リュウさんだった。

ハヤカワから「傑作短編集」シリーズが出版されており、『もののあはれ』は、その第2巻だ。

表紙に描かれた狐のイラストが、なんとも儚げで美しく、手に取りたくなるようなデザインだ。本作には8つの短編が収録されているが、どの作品も短編とは思えない壮大な設定。読み進めていくうちに、自分の常識がどんどん拡張されていくような、そんな感覚を覚えた。

例えば表題作「もののあはれ」は、滅亡する地球を脱出した宇宙船を舞台に、青年と家族との別れを描く。「選抜宇宙種族の本づくり習性」では様々な宇宙生命体の情報伝達手段を紹介し、「円弧」では不老不死の技術が確立した世界で生と死の本質に迫る。

これらの壮大な設定が、全て短い話の中に収まっている。そのうえ一編一編、しっかりと感動させられてしまうから、すごい構成力だ。

どの短編も、基本的には現代より遥かに技術が発達した未来世界が舞台であるにもかかわらず、現代にも通じるような家族愛や、生死の選択がテーマになっている。そのためか、未来的なSF世界の中に、どこか郷愁的な雰囲気が感じられた。切なくて、温かい、そんなSF小説。それがケン・リュウさんの短編の魅力だ。

個人的な短編BEST3は、1.「良い狩りを」2.「もののあはれ」3.「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」。

「良い狩りを」という短編は、狐に化けることができる「妖狐」の少女と、それを退治する職についている青年との心の交流を描く、ファンタジー色の強い作品だ。

「鬼滅の刃」のようなテイストの世界観から始まり、徐々に技術が進歩したSFテイストの世界観にシフトしていくのが面白い。ひとつの短編の中で、全く異なる世界の対比と、膨大な時代の流れが表現されている。そして、ラストで驚きの展開が待ち受けている。

最後に街を駆けゆく妖狐の姿が、なんとも美しく想像されて、読後の余韻が心地良かった。



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