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不可逆の歴史のうねり、中東の地で|今月のむささび選書

みなさん、こんにちは。

むささびです。


9月も、たくさんの素敵な作品と出会いました。

今回はその中でも、特に印象に残った作品たちをご紹介します。




■恐ろしくも味わい深い余韻、余韻、余韻。


まずは、北山猛邦さん『さかさま少女のためのピアノソナタ』です。

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古書店にあった「絶対に弾いてはならない!」と記された謎の楽譜。その旋律をピアノで奏でた高校生を襲う戦慄の出来事とは。TVドラマ化された表題作をはじめ、世にも奇妙な5つの物語を収録。美しくも切ない世界が一瞬にして変わる結末、心ざわつく余韻。これぞミステリの醍醐味。(講談社文庫あらすじ)

『「クロック城」殺人事件』から始まる新本格の流れを汲んだミステリや、「ダンガンロンパ霧切」のノベライズなどで知られる、北山猛邦さん。

本作は、そんな北山さんによるミステリ短編集。
あらすじにもあるように、物語の謎を一瞬にして明かす驚きのラストが最大の魅力です。


こちらの作品、文庫化を心待ちにしていて、今月ようやく読めました!

期待以上の面白さで、北山さんが書く短編ミステリの世界にすっかり魅せられています。


5つの短編はすべて、超常現象などの特殊設定、神話的・SF的な要素を含んでおり、殺人事件などが起こらない、いわゆる「人が死なないミステリ」です(死人は出るのですが、事件ではない)。

1篇60ページ前後なのでさらっと読めるにもかかわらず、謎に包まれた物語の秘密がラスト数行で明らかになる快感と、恐ろしくも味わい深い読後の余韻は、高い満足感をもたらしてくれます。


個人的なおすすめは、「千年図書館」という短編。
読み終えた後に、私たちが暮らす現実世界の歪みを突きつけられたようで、背筋が凍りました。
このお話だけでも、ぜひ読んでほしいです。

もしこちらの作品がお気に召した方は、同じく北山さんの『私たちが星座を盗んだ理由』というミステリ短編集もおすすめ。

この作品の「妖精の学校」という短編が、また秀逸なんです。
「千年図書館」といい、物語を作るうえでの着眼点がすごいですね。



■自然科学が教えてくれる、生きるためのヒント。


お次は、伊与原新さん『八月の銀の雪』です。

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不愛想で手際が悪い――。コンビニのベトナム人店員グエンが、就活連敗中の理系大学生、堀川に見せた驚きの真の姿(八月の銀の雪)。子育てに自信をもてないシングルマザーが、博物館勤めの女性に聞いた深海の話。深い海の底で泳ぐ鯨に想いを馳せて……(海へ還る日)。原発の下請け会社を辞め、心赴くまま一人旅をしていた辰朗は、茨城の海岸で凧揚げをする初老の男に出会う。男の父親が太平洋戦争で果たした役目とは(十万年の西風)。
科学の揺るぎない真実が、人知れず傷ついた心に希望の灯りをともす全5篇。(単行本帯あらすじ)

第146回直木賞候補&2021年本屋大賞ノミネートと、2020〜2021年にかけて大きな注目を集めた作品で、ずっと気になっていました。

美しい自然の営みが、現代社会で悩みや鬱屈を抱える人々に光をもたらす短編集です。


こちらも5篇の短編で構成されているのですが、どのお話もじんわりと染みてくる良いストーリー。

就職活動がうまくいかない大学生や、子育てへの自信を失いつつある母親など、各話の登場人物たちは、多くの現代人が共感できるような悩みを持っています。

そんな彼らに道を示してくれるのは、奇跡とも言えるような、ありのままの自然の姿。

鳩の帰巣本能、珪藻の繊細な輝き、鯨の親子の交流——。
奥深い自然科学の世界に向き合ううち、登場人物たちは、その中に悩みや困難を乗り越えるためのヒントが見出せることに気付きます。


自然と人間は対比構造で描かれることが多いですが、この作品は自然が人間に優しく語りかけてくれるようなアプローチで、それがとても好きでした。

著者の伊与原新さんは、もともとミステリの賞でデビューされた方で、ところどころにミステリ的な謎解き要素が見られた点も、個人的な推しポイント。

どれも甲乙つけがたいですが、特に好きな短編をひとつ選ぶとしたら、「海へ還る日」です。



■不可逆の歴史のうねりに立ち会う、ダーク・スペクタクル。


最後は、船戸与一さん『砂のクロニクル』です。

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日本文学史上類を見ない壮大なスケールで民族問題の裏側を描く。船戸与一最高傑作。舞台は、イラン。二人の日本人が激動のペルシアの地で民族紛争の渦に飲まれていく。イスラム革命が成功したイラン。革命防衛隊は権力を手にしたものの内部から腐敗が進み始める。対してイランの片隅で生きるクルド人が、独立国家樹立を目指し、武装蜂起を目論む。武器の調達を依頼された日本人武器密輸商人・ハジ。なぜ日本人である彼が、国際社会の裏舞台で暗躍することになったのか。クルド人のために、無事、武器を供給できるのか……。息もつかせぬ怒涛の物語、上巻。(小学館文庫版上巻あらすじ)

1992年に第5回山本周五郎賞と「このミステリーがすごい!」第1位を獲得した、船戸与一さんによる一大スペクタクル作品。

今から30年前、1991年に書籍化されたかなり古い作品ですが、歴代の山本周五郎賞受賞作をさかのぼるうちに出会いました。

読んでみて大正解、今月はこちらの作品が個人的No.1でした。


舞台は1980年代末のイラン。

ホメイニ率いる革命隊がイスラム共和制国家を成立させたこの国で、謎多き日本人武器商人、武装蜂起を目論むクルド・ゲリラ、正義感の強い革命防衛隊員の3人を軸に、壮大な物語が展開されます。

私は異文化に触れられる作品が大好きなので、正直この設定を見ただけで、本作が面白いことを確信。
読んでみたら案の定、自分の読書史に残る名作でした。


クルド人独立のために立ち上がるゲリラと、イスラム革命防衛隊との激しい戦い。
そしてその裏で、大量の武器を輸送すべく暗躍する武器商人たち。
ゲリラ・革命隊もそれぞれ一枚岩ではなく、内部で己の信条と命を懸けた争いがあります。

息をつく間もない、命を懸けた駆け引きの連続。

今までたくさんの小説を読んできましたが、読書をしていてここまで迫力のあるスリルと臨場感を感じたのは初めてでした。
まるで映画を観ているかのように、頭の中に映像が浮かんできました。


この作品を読んでいると、登場人物たちが己の正義を固く信じて、命懸けの戦いに身を投じていくさまに、心が大きく揺さぶられます。

ゲリラと革命隊は敵対し合う存在ですが、どちらの隊員も自分たちの正義こそが正しいと信じて行動しており、どちらが善でどちらが悪かという問いに答えはないんですよね。

だからこそ、神の視点で双方の思いに触れることができる読者は、異なる正義の間で心を揺さぶられるのだと思います。

そして、そんな登場人物たちを突き動かすのは、政治・民族・宗教といった「大きな存在」。
これまで積み重ねられてきた中東・イランの歴史が、大きなうねりとなって、彼らを結末へと導いているようにも感じられました。

そんな不可逆の歴史に導かれて、登場人物たちが聖地マハバードに集結する展開には、胸を熱くすること間違いなしです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

むささびでした!


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