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特別支援学校からの発信「ワーキングメモリってなんだ?どうやってサポートすればいいの?」

ワーキングメモリとは聞きなれない言葉かもしれません。

発達の困難を抱える子の中には、片付けや会話、説明を聞いてメモすること、電話対応、計画的に物事を進めることなどが苦手な人が少なくありません。

それらの苦手なことの背景にはワーキングメモリと呼ばれる記憶の力に課題があるかもしれません。

今回は情報を取り入れる視覚優位・聴覚優位、また情報を処理する継次処理・同時処理とも関係の深いワーキングメモリについて紹介します。

ワーキングメモリってなに?

ワーキングメモリとは、「作業をする時に、必要な情報を一時的に頭の中に覚えておいて処理する力」と言われます。作業記憶、作動記憶と呼ばれることもあります。

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(画像は認知機能の見える化プロジェクトより)

ワーキングメモリの役割は、入ってきた情報を脳内にメモ書きし、どの情報に対応すればよいのか整理し、不要な情報は削除することです。このワーキングメモリの働きによって、瞬時に適切な判断を行うことができるともいわれています。

例えば、私たちが会話ができるのは、相手の話を一時的に覚えて(記憶)、話の内容から相手の意図をくみ取り(整理) 、話の展開に従って前の情報をどんどん忘れる(削除)という作業を無意識に行っているからです。

この「記憶」→「整理」→「削除」は他にも色々な活動で行われています。

例えば、読書では、読んだ内容を記憶し、文脈を整理して読み取り、細かい描写は忘れていきます。計算では、問題文を読んで記憶し、何を計算すればいいか整理し、展開して答えを出していきます(最初の問題文は計算中は忘れています)。

このワーキングメモリは、この情報処理を行う作業机のようなものだとも言われます。以下にLITALICO発達ナビの説明を引用します。

情報処理の働きを学習部屋に例えて考えてみましょう。ワーキングメモリを作業机、入ってくる情報を本だとします。いったん、机の上(ワーキングメモリ)に入ってきた本(情報)を並べて保存します。そして、机の上で本(情報)を分かりやすく並べ変え、整理して必要かどうか判断します。いらない本(情報)は、速やかに机の上(ワーキングメモリ)から捨て(削除)します。

整理した情報の中でこれからも必要なものは、長期記憶するために本棚へ移動させます。
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この机の大きさ(=ワーキングメモリの大きさ)は人それぞれです。

上の図のように入ってくる情報をうまくさばける人もいれば、下の図のように机の面積が小さい(=ワーキングメモリが小さい)ため処理できる本の数が少ない人もいます。自分の机の広さに合わない量の本が出されると、うまく処理されなかったり、机にのりきらずにこぼれ落ちて削除されてしまったりするのです。
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ワーキングメモリの機能は成長と共に発達するものの、その度合いには個人差があります。

ちなみに会話などの作業をしながら覚えておけるワーキングメモリは、通常の成人で5〜7個の数字(7±2)と言われます(電話番号の桁数はそれくらいですよね)。言葉だと2〜4語くらいです。

ヒトの認知と記憶のシステム

ここは読み飛ばしてもらってもいいかと思います。

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(画像は認知機能の見える化プロジェクトより)

僕も専門的に学んだ訳ではないのですが、人の記憶には、感覚記憶、短期記憶長期記憶の3つがあり、ワーキングメモリは短期記憶に含まれます。

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(画像は酸欠上等!勉強、陸上大好き人間によるブログより)

ワーキングメモリは、単純に記憶するだけでなく、計算などの操作をするというのが短期記憶との違いです。

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(画像は教育と社会の認知心理学より)

ワーキングメモリには、脳の前頭葉にある中央実行系、右側頭葉にある視空間的短期記憶(視空間性ワーキングメモリ)、左側頭葉にある言語的短期記憶(言語性ワーキングメモリ)が関わっています。

●中央実行系
注意をコントロールして高次の処理に関わっています。
●言語的短期記憶
数・単語・文章といった音声で表現される情報を保持します。
●視空間的短期記憶
イメージ・絵・位置といった目で見える情報を保持します。
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(画像はアマソナアカデミーより)

以下にBRAIN CLINICから説明を引用します。

ワーキングメモリーは心理学上の名称で、そのモデルとして代表的な仮説としてBaddeleyら(2009)のモデルが有名です。
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(画像はアマソナアカデミーより)

このモデルでは、脳の中には言語性ワーキングメモリーとして音韻ループ、視覚性ワーキングメモリーとして視空間スケッチパッドが存在し、それらを統合するのがエピソーディック・バッファ、そして中央実行系がすべてを統括し、最終的に長期記憶装置に繋がるとされています。

音韻ループ、視空間スケッチパッド、エピソーディック・バッファはそれぞれ単体では「短期記憶」という呼び名になります。それぞれの説明は以下です。

●音韻ループ(言語性ワーキングメモリー)
「読み」で使用するのが音韻ループ(言語性ワーキングメモリー)です。
今この記事を読んでいる皆さんは、黙読をしながら頭の中では音読をしていると思います。まさにその頭の中での音読の際に使う部分が音韻ループです。音韻ストアに入った言葉は構音リハーサルによって消える前にまたよみがえるのを繰り返し、短期記憶につながるのです。

●視空間スケッチパッド(視覚性ワーキングメモリー)
視空間スケッチパッドは、言語化の難しいあらゆる事象を視覚イメージとして保存することです。例えば、ある写真を3秒間見たあと、それを見なくてもその写真に何が写っていたかを思い出すことができると思います。この作業が視空間スケッチパッドの役割です。

●エピソーディック・バッファ
上記の言語性ワーキングメモリーと視覚性ワーキングメモリーを結びつけ、時系列に沿ってまとめた記憶を形成するのがエピソーディック・バッファの役割です。映画や小説のあらすじを思い浮かべたり、より多くのデータを関連付けられるのはエピソーディック・バッファがあるおかげです。

なかなか難しいですね…。

ワーキングメモリを調べるテスト

ワーキングメモリーの中でも何が弱くて、それが日常生活のどういったことに苦手を感じる原因なのかを調べることができる、代表的なテスト2つを紹介します。

1.AWMA(Automated Working Memory Assessment)

イギリスのピアソン社が販売しているテストで、す。AWMAはワーキングメモリーの4つの要素をそれぞれ測定する3課題、計12課題から構成されるテストです。

2.HUCRoWフクロウ(Hiroshima University Computer-based Rating of Working Memory)

広島大学大学院人間社会科学研究科の湯澤正通先生が開発した小中学生向けのアセスメントです。ゲーム1からゲーム8までの8つを子どもに受けさせ、ワーキングメモリの4つの構成要素である言語的短期記憶・言語性ワーキングメモリ・視空間的短期記憶・視空間性ワーキングメモリのアセスメントを行います。

またWISC IVの下位項目にもワーキングメモリがあります。

ワーキングメモリが弱いとどうなるの

ワーキングメモリの弱さで具体的にどんな場面で困るのかを紹介します。

●記憶が苦手なら

情報を脳内に書き留めておくことが苦手なため、必要なことを忘れてしまいやすくなります。

例えば、先生の指示をすぐ忘れたり、黒板をノートに書き写すのが遅くなったりします。

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(画像は明治図書より)

また置いた場所や片付けた場所を忘れてしまうので、失くし物が多くなる。家を出る前に必要なものを思い出せず忘れ物をしてしまう…など物を忘れたり失くしたりしてしまいます。

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(画像はyomiDr.より)

それ以外にも、読んだ内容を覚えていられないために文章を理解するのに時間がかかる、頭に浮かんだ内容をすぐ忘れてしまい文章を書くことが苦手になる、など学習面においても困りごとが起こりえます。

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(画像はママ広場より)

●整理が苦手なら

情報の整理が苦手だと、入ってきた情報の中で何に注意すればよいのかが分わからず混乱してしまったり、状況にそぐわない言動や行動をしてしまうことなどがあります。

例えば、会話の受け答えがちぐはぐになる、どの順番で体を動かすのか分からず運動を苦手と感じる、といった困りごとが起こり得ます。

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(画像はチャコットより)

また整理する上で「優先順位をつける」という力が弱いと、何が大切なのか決めるのに時間がかかります。その結果、色々と仕事に手を出すが、大切な仕事をすっかり忘れていたなどの行動として現れることがあります。

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(画像はnoteさくたろうより)

●記憶の削除が苦手なら

記憶の削除が苦手な場合は、新しい情報を取り入れにくく、行動の切り替えや連続的に会話を続けることが難しくなります。授業時間が変わっても次の科目に移ろうとしない、前の会話の内容を話し続ける、といった困りごとが起こり得ます。

また色々な情報が思い浮かんでしまい、「あれもこれもやらなきゃ!」と注意散漫になることもあります。

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(画像は瀬戸市より)

どうやって支援したらいいの?

ワーキングメモリの機能が弱いと、速やかに適切な行動を行うことが難しくなります。でも、対処の仕方を学べば、困りごとを減らすことはできます。

●ワーキングメモリの機能を外部化する

「記憶を一時的に覚えておく・整理する(優先順位をつける)・いらない情報は忘れる」という3つのワーキングメモリの役割を外部化します。

記憶を一時的に覚えておくことなら、例えばメモ帳にやるべきことをすぐにメモするという方法です。スマホアプリで管理する方法もあります。

僕もこのnote記事を書いているときに関連して出てきたこと、次の記事のタネになりそうなことは、参考にしたサイトに貼り付けたり、新しい記事のタイトルだけ書いて保存したりして忘れてもいいように外部化しています。

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(画像は大阪・京都 ワーキングマザーが楽になる文房具ナビゲーターより)

また毎日のやることを絵カードやマグネットなどで視覚化して示すという方法もあります。

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(画像は暮らし365+より)

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(画像はYahoo!ショッピングより)

整理する(優先順位をつける)ことなら、やることの優先順位をつけたり、作業の手順書やすべきことのチェックリストがあるといいですよね。

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(画像はTaira Promoteより)

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(画像はハクゾウメディカルより)

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(画像はTwitter@Harugraph_より)

いらない情報を忘れることなら、終わったことやらないことはメモ帳から消してしまえばいいのです。

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(画像はWebNAUTより)

●刺激を少なくする

勉強するとき、話を聞くときに刺激となるものが目や耳に入らない環境づくりをしましょう。

静かな環境、カーテンを閉める、仕切りを立てるなどの方法がおすすめです。

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(画像はnoteアルドールより)

●覚えるまで一緒にやる

人は不慣れなことは迷うことも多いのですよね。慣れないことはワーキングメモリが弱い人にとってスムーズに行うことが難しいのです。

なので、例えば片付けや事務作業などは、慣れて覚えるまでは他の人と一緒に手順や場所を確認しながらやりましょう。体で覚えてしまえば、ワーキングメモリを使わなくても自然と行動できるはずです。もちろん視覚的な手がかりがあればなおよしです。

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(画像は東洋経済オンラインより)

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(画像はFasuより)

●必要なものは保護者や教員が一緒に確認する

時間割や持ち物、連絡事項などは保護者や教師が一緒に確認しましょう。

子ども時代、やはり忘れ物が多かったという津市の女性(42)からは、こんな克服法が。小学五年の時のことだ。父が用意した段ボールの中に、翌日必要な物を入れるよう言われた。
 女性は帰宅すると、次の日使うものを段ボールへ。必要なものがそろっているかは毎晩、親が確認した。箱の中身を、かばんに移してから登校するのが日課になったという。「箱が空になれば忘れ物がない証拠。親のチェックを受けることで自覚も持てた」
中日新聞より)

持ち物などのチェックリストなどがあると自分でも確認しやすくなります。

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(画像はPinterestより)

●静かに・1つずつ伝える

多くの情報を伝えると、記憶の容量が限界となり思考停止してしまうことがあります。

そこで、 余計な情報を入れないように最低限の内容だけ伝え、①メモを必ず出させる、② 1つずつ伝えて、③メモを書かせるのように、情報を制限して少しずつ伝えることが重要になります。

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(画像はAbemaブログほっこりスペースより)

●忘れないための工夫・仕組みづくり

今日の会議で持っていかないといけない大事な資料を忘れた…なんてことを防ぐために、例えばいつものカバンと別の持ち物は玄関のドアの取っ手にかけたり、キーチェーンでカバンと繋げたりする、カギはカバンにキーチェーンで取り付けるなどです。

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(画像はくらしスタイル研究所より) 

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(画像はAmazon.co.jpより)

高速道路SAのトイレの小物置きは、確実に起き忘れないための素晴らしい工夫ですよね。

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(画像はくるまのニュースより)

置き場所を決めるのも大事です。僕もよく忘れ物をするので、帰宅したら玄関に財布・定期入れ・カギを必ず置くようにしています。

必ず見る玄関などにメモしておく方法もあります。

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(画像は楽天市場より)

上着のハンガーに大事なものをまとめて収納できるグッズなんかもあります。

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(画像はケータイWatchより)

●忘れる前提の仕組みづくり

自分が忘れても大丈夫な仕組みづくりも大事です。例えば、財布やカギにスマートタグを付けておき見つからない場合にスマホを操作して音を鳴らす、名刺入れや筆記用具・印鑑などは職場用と自宅用や全てのジャケットのポケットごとなと複数用意してそれぞれに置く、手持ちの傘は失くしてしまうので折り畳み傘にしてカバンに入れる(雨水を拭き取れるケースにする)などです。

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(画像はSoftBank SELECTION WEB MAGAZINEより)

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(画像はYahoo!ショッピングより)

●苦手なマルチタスクに向けて

ワーキングメモリの弱さがあると、電話対応や会議の議事録作成、打ち合わせなどのいわゆるマルチタスクが苦手な場合が多いです。

会話しながらメモするなど、2つ以上の動作が難しい場合は、あらかじめ断りを入れてからICレコーダーなどで録音して後で書き起こす聞き取るべき情報を整理したメモ用紙を使うなどの工夫がおすすめです。

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(画像は日経クロステックより)

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(画像はCreemaより)

まとめ

記憶や認知と関係が深いワーキングメモリについての話でした。いかがでしたか?

具体例をたくさん紹介しましたが、忘れてしまうことを責めるのではなく、忘れないための工夫、忘れる前提の工夫を考える方がお互いにとっていいなぁと思っています。

世の中には「なんで忘れたんだ!」と叱る人や叱られる人がたくさんいるかと思います。でも北風と太陽の童話のように、厳しく叱るよりも、忘れない、忘れても大丈夫な仕組みをつくる方が絶対いいですよね。

他の記事で紹介した、認知特性もそうですが、そんな特性のある子たちだからこそどうしたらいいのかを考えて提案するのが特別支援教育なのだと思います。

また今回紹介した具体例は、発達障がいの方のライフハックとも重なります。気になった方はそちらも検索してみてください。

努力が必要ないというつもりはありませんが、個人の努力を強要されるのではなく、個人の特性に配慮した仕組みによって生きやすくなる方が増えますように。この記事がそのためのお役にたてば幸いです。


参考にしたサイト

1.LITALICO発達ナビ「ワーキングメモリとは?生活に不可欠な役割、発達障害との関係、調べ方、対処法をご紹介!」

2.こども発達支援研究会「ワーキングメモリとは何か?〜記憶の役割×発達障害×支援方法〜」

3.アソマナアカデミー「学びに一番大切なワーキングメモリ」

4.BRAIN CLINIC「ワーキングメモリ(記憶力)とは?発達障害との関係、IQ検査、治療法について」

5.生馬病院「発達障害とIQ検査とワーキングメモリー」



表紙の画像はLITALICO発達ナビより引用しました。