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#ひとり暮らしのエピソードマガジン

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『はじめてのひとり暮らし安心ガイド』の発売にあわせて、みなさまんが書いてくださった #ひとり暮らしのエピソード をマガジンにまとめました。 お部屋探しから引っ越し、暮らしのあれこ…
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2023年2月の記事一覧

ひとり暮らしのエピソード

 地元の大学に通ったが、それでも三年目に一人暮らしをした。  自由を手に入れられた。  だが、生活のあれこれを自分でする面倒もある。また、なにより金に窮し、腹を減らすようになった。  やがて、留年をする。これではいかんと、私は実家に戻ることにした。  するとまあ、ラクなこと。  卒業するまで実家におり、さらには勤めてもしばらくは実家にいた。  実家のありがたみがわかるという意味でも、ひとり暮らしはよいものであった。 #ひとり暮らしのエピソード

わたしの部屋とお別れをしてきました。

2月28日、本日。 4年とちょっと過ごしてきたお部屋の鍵を返して、 お別れをしてきました。 きょうから本当の二人暮らしの始まりです。 これがまた結構、気持ち的に違ってくるものでして。 「とうとう逃げ場がなくなってしまった」 「本当に二人暮らしになるんだなあ」 と寂しさも感じると同時に、 覚悟を決めなくてはいけない日になりました。 本当に本当に大好きなお部屋で、 夏場の暑いときにコバエが出てくるのが うっとうしいくらいで春には桜、秋には銀杏と 四季を感じられる場所にあ

「晴れの日も雨の日も」 #143 一人暮らしのベテランやで〜

メディアパルさんの#一人暮らしのエピソードという企画があるという。 私は、一人暮らしは通算22年半のベテランである。62年間の人生の1/3を一人で暮らしてきたことになる。 参加権利あるやろ〜ということで書いてみた。さすがに2000字近くになってしまった。 その1 学生時代:18歳から22歳までの4年間、6畳一間のアパートで一人暮らしをした。約40年前の話だ。風呂なし・共同炊事・共同トイレ(当然和式)の古アパート。残念ながらもう現存しない。 高校時代、私は家が好きではなかっ

これまでも、これからも、積み上げていくのでしょう。

引っ越し準備を進めていたら、慣れない力仕事で腰と背中の一帯を痛めたらしい。屈むときはもちろん、背筋を伸ばすときですら腰を中心に鈍い痛みが走る。これはまあ仕方ない。普段から引きこもり生活を続けていたツケだなと、大人しく受け入れることにした。 ここ数年で、物を手放すことに関してはかなり潔くなったと思う。物に対する変な情、みたいなものを自ら振り払うことが、できるようになってきた。せっかく手に入れたんだから、なんてことより、家の中が使わないものばかりで溢れていく様を見ている方が、よ

三匹の娘ブタ 9「初めての一人暮らし」

三匹の娘ブタとは、学生時代ころころと太っていたミクジとセイコとヒトミの仲良し三人組のことです。 これは学生時代の思い出にフィクションも織り交ぜたお話です。 大学生になって、一年間の寮生活ののち、一人暮らしをすることになった娘ブタちゃんたち。 布団と洋服と、教科書類。ダブルラジカセとたくさんのカセットテープ、その程度のわずかな手荷物を、寮のお友達に手伝ってもらい、新しい部屋に運びます。 ダブルラジカセは、高校生の頃から使っていたもので、当時の必需品。カセットのダビングに次ぐ

ひとり暮らし終了まであと5日の夜

あと5日で、ひとり暮らしが終わります。 ずーっと悩んでいたふたり暮らしになるんです。 今日が引っ越し前最後のお休みだったので、4時間くらいかけて荷物の整理をしていました。ふわわわわわ、実感がじわじわと湧いてきますね。ふあんんんん。 ひとり暮らしをすこし振り返ってみようかなと。 去年、メディアパルさんの企画で書いていたnoteがあります。 テーマは、「 #一人暮らしのエピソード 」 初めて一人暮らしをしたのですが、正直な話。 めちゃくちゃ楽しかったです!!!!(大声)

三匹の娘ブタ 8 「はちゃめちゃ寮生活」

久しぶりの三匹の娘ブタシリーズです。 前回の記事から1年以上書いていませんでした。 三匹の娘ブタとは、学生時代まるまる太っていた、ミクジ(私)とヒトミとセイコの仲良し三人組のお話です。 思い出にフィクションをミックスさせていますので、ご注意ください。 三匹の娘ブタちゃんたちが住む寮は、とにかく寮則が厳しい。 三匹は、はじめは真面目で従順だったはずなのですが、悪い先輩たちや、やんちゃな寮のお友達から、様々なことを学び、成長しました。 本日は、そんな娘ブタちゃんたちが住む寮の

寂しんぼうの一人暮らし

私は寂しがり屋だ。 子供の頃から、一人でお留守番ができない子だった。 親に留守番を頼まれても、一人になると、家を飛び出してどこかに遊びに行ってしまい、よく怒られた。 そんな私だけれど、学生時代3年間は一人暮らしをした。 一人暮らしと言っても、今でいうシェアハウスのような、一軒家の一部屋に住んでいるという感じだった。 すぐ隣の部屋には、親友が住んでいて、ベランダから行き来できたし、トイレは2人で共同。お風呂は銭湯。 これを一人暮らしと言えるかどうか… という感じだけれど、一応

一人暮らしクロニクル(終) 未来へ

 メディアパルさんのこちらの企画に参加です。  2012年3月末に郡山に戻り、私の一人暮らしは終わり、両親との3人暮らしとなりました。それから、さらに約7年が流れた2019年2月中旬、娘(二女)からLINEが入りました。 「合格通知が届きました」 すかさず、返信します。 「明日は、小山参りですな」  本命大学からの合格通知が一番遅く、大学生活を送るアパートも探すことができずにいましたので、「合格したら、まずアパートを探そう」ということを事前に打ち合わせしていました。  その

一人暮らしクロニクル その9

 メディアパルさんのこちらの企画に参加です。  企画を荒らすかのように、何本も投稿して「その9」になりましたが、基本的にはノープランなので、ちょうど「その1」と同じ舞台「東京」に戻りましたし、キリ良く「その10」、後1本で完結しようかと思います。最後までお付き合いしていただけたら嬉しいです。  2010年4月、東京都中央区、最寄り駅は八丁堀という好立地で古いながらも2DKのマンションで一人暮らしをスタートし、2ケ月後には社会人の柔道サークルにも参加しました。  その年の秋

一人暮らしで私が母に送ってもらった宅急便に入っていたものは。

長女が春から上京する。 そのせいか、一人暮らししていたことをぼんやりおもいかえすことがある。 25年前、私は一人暮らしをしていた。 場所は横浜だった。 社会人になってすぐの4月、研修が明けて取り敢えず奈良の実家にいたが、正式に辞令がおり、横浜ルミネに配属になったのだ。 元々全国転勤出来る人材を求められていたので、何の驚きもなかったが、憧れの一人暮らしでワクワクが止まらなかった。 当時はまだネットも発達しておらず、私は携帯電話さえ持っていなかった。そんな90年代の終わりの頃

【企画参加やってみた♪】教えて♪ ひとり暮らしのエピソード②

先日も参加させていただいた、 ハッシュタグ#ひとり暮らしのエピソード企画! 思い出せるエピソードとして ①電気配線火花事件 ②噂の変な人が来た事件 ③見知らぬ男に殴られる事件 この3つを挙げました。 先日は電気配線火花事件が思いのほかボリューム出てしまったので、分割しての参加です! 先日の記事はコチラ↓ では さっそく続きのエピソードを始めます。 噂の変な人が来た事件 初めて一人暮らしをする状況は、今の時代で言うとやはり高校を卒業して、大学進学をきっかけにというパ

真夜中のインターフォン

ひとり暮らしをして予定外のインターフォンは無視するようになった。 実家は埼玉の住宅地で、「ピンポーン」となったら「はーい」と出ていくようなのどかなエリアなので無視なんてとんでもない。 今でも実家に帰るとインターフォンの画面を覗かずに母親は玄関に駆けていく。 ひとり暮らしを始めてからインターフォンでは何回か怖い思いをした。 1つ強烈な思い出がある。 今のマンションは、まず入り口で第一の関門(ビデオ付きインターフォン)を通り、次のドアで第二の関門(ビデオなしインターフォン

一人暮らしクロニクル その8

 1993年3月末、横浜税関を退官した私は実家へと戻りました。  さて、ここでちょっとおさらいします。  18歳で東京都新宿区市ヶ谷(8ケ月)  18歳で横須賀市久里浜(1年)  19歳から横浜市西区西戸部町(3年) と、住民票を転々としていた私は、23歳にして福島県郡山市に戻りましたが  25歳で結婚して住所移転(二人暮らしから三人暮らしへ)  27歳で広い部屋に住所移転(三人暮らしから四人暮らしへ)  と、さらに住所を転々とし、31歳で離婚、実家へ住所移転(妻子と四人暮ら