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「ペットがいるから家で死にたい。」~おひとりさま・乳がんのMさん(70代女性、仮名)の在宅看取り体験談~

「家で死ぬってどういう経過をたどるんだろう…」

前回の記事で、お一人暮らしでも住み慣れたご自宅で最期を迎えることができることについてご説明しました。
一人暮らしでも最期まで家で過ごせる!独居の在宅看取りについて訪問看護師が解説

今回は、私にとっても、自分らしく生きることについて、寄り添うことについてたくさんのことを学ばせていただいた、忘れられない大切な事例についてご紹介します。

◆看取り体制までの経緯

Mさんが訪問看護を利用し始めたのは、買い物が辛くなった頃でした。20年近く乳がんの再発の度に辛い治療を受けてこられ、今回の再発では転移が見つかり2クール治療を受けておられました。治療の効果は乏しくがんは進行、体重もすっかり減少し、治療を続けられる体力がない状態でした。
お知り合いの紹介でケアマネジャーに相談後、訪問介護と訪問看護が同時に開始となり、私たちは状態観察とシャワー浴、皮膚に浸潤したがんのケアのために週2回の訪問が始まりました。
3クール目の受診がもう辛いと漏らされました。治療を辞める選択肢もあることを提案したところ、Mさんは涙を流しながら、「治療やめてもいいんですか。今までずっとひとりで頑張ってきたので辞めることをしてきませんでした。」とおっしゃいました。
そして、ペットの愛犬もいるのでもともと自宅で最期を迎えたいと思っていたことも話されました。
生涯独身でマンション暮らし。がんと闘いながら定年まで仕事をされ、定年後は地域の犬好きサークルや習い事に参加したり、同窓会で再会した幼なじみとの仲が深まり旅行や食事会を楽しんでおられました。
Mさんが誇りをもって気丈に生きてこられた様は、好きなインテリアに囲まれ、愛犬をなでながら淡々と話される姿からひしひしと感じ取ることができました。家で死ぬ意思はしっかりしておられたので、私たちが「家で死にたいんですね、大丈夫ですよ!」とお伝えすると、とても安心した様子でした。
まずは姪御さんに理解していただくことから始め、姪御さんは、「介護はできない。最後にも駆けつけられない。それでも良いなら。」と言うことで承諾してくださいました。

◆看取りの経過

そうして、Mさんの在宅看取りが始まりました。
最期は家!と覚悟を決められた後は、残りの時間を有意義に過ごしたいと気持ちを切り替えられ、一時は食欲がアップするなど元気にもなりました。
訪問診療対応の在宅医療クリニックへ転院。疼痛緩和、皮膚の処置の指示等が引き継がれました。私たちは内服薬の整理や、処置を行いながら、必要時には主治医に相談して苦痛の緩和に努めました。ケアを通して、これまで大切にされてきたことを少しずつ話して下さり、信頼関係もできていくのを感じました。
ヘルパーは、買い物や調理、掃除、ゴミ出しなどを担い、状態が悪くなってからは身体的な介護も行いました。
状態に合わせケアマネージャーと相談しながら手すり、シャワーチェア、介護ベッド、夜間のポータブルトイレ等を導入しました。
ご友人は、近所のスーパーでは手に入らない買い物をしてきてくれたり、調子の良い時には車椅子で散歩に連れていってくれました。
犬の散歩は、社協に相談して紹介してもらった民間のペットシッター(便利屋)さん、次の飼い主さん(愛犬サークル仲間)、どうしても都合がつかない時には私たち、で行いました。
一度、腹水がたまって苦しがり、ご本人の希望で腹水を抜いて濾過して戻すCARTという処置を受けるため1泊入院しました。退院して、「やっぱり家がいいわね。」と仰ったのを覚えています。腹水が減って楽になったので、ご友人たちとお花見にも行けました。

◆そして最期の時 「一人でも一人じゃない。」

だんだんと痛みが強くなり、痛み止めの量も増え、ウトウトすることが日に日に増えました。
体も弱り、食事と水分はほとんど摂れなくなっていきました。
点滴をしてもむくんで辛くなるだろう見解を受け入れ、点滴は希望されませんでした。
亡くなる2週間前の調子の良い日に、姪御さんが来られ一番近くの美容院に連れて行ってくれました。カットができ、大変喜ばれました。
亡くなる前日までポータブルトイレで排泄され、リハビリパンツが汚れることはありませんでした。気丈なお人柄を感じました。
ウトウトされていても訪問の間だけでもと、私たちは少しの体位変換や、マッサージで苦痛緩和をはかりました。
愛犬はよくベッドの足元で彼女に寄り添っていました。
尿の出が少なくなり数日内に亡くなるであろうことは各方面に周知して、ご友人やヘルパーには訪問時に亡くなっていても慌てないで看護師に連絡するようお願いしました。
数日目の朝、ヘルパーが訪問したときには、息を引き取られておられました。すぐに看護師に連絡があり、私たちは死後の処置を行い、あらかじめ伺っていたお気に入りのワンピースをお着せしました。
その日のうちに、姪御さんが来られ、各種届け出や手続き等をされました。
愛犬も予定通りサークル仲間に引き取られました。

訪問介護が開始され、5ヶ月間の経過でした。

このように最期まで愛犬と家で過ごせたことは、Mさんの覚悟所以の何物でもありません。
「ちっとも寂しくなんかないよ、この子(愛犬)と過ごせて幸せだった。あなたたちとも出会えたし。一人でも一人じゃない。」
一人暮らしでも、決して孤独死ではない。改めて教えていただきました。

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