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【恋愛小説】あなたが隣にいれば✾8mins short love story✾

「好き」がこんなに苦しい言葉なんて知らなかった。

貴方のLINEのプロフィール画像に並ぶ二人。
貴方の隣は、私の知らない女の子。

肩まで伸びる髪の毛の毛先に丁寧にカールがかかっていてまつ毛の長く、ぱっちりした目が可愛らしい小柄な女の子。

貴方はその瞳を見つめるんだろうか。

あの夜のように。


退社時間が重なると、貴方は決まって夜ご飯に私を誘った。きっかけはたまたま帰りが一緒になったこと。

仕事の話から始まって色んな話をするようになった。

そして、貴方に彼女が居ることを知った。貴方のことを知るたびに、もっともっと知りたいと思った。

好きな物が同じだったり、考え方が似ているだけで私の心は小さく高鳴った。それなのに「彼女」という、たった一つの理由だけで近くなった距離が遠く感じられた。

「お疲れ様!」

『お疲れ様!』

いつもと同じ会社の近くにある定食屋で、いつもどおり、運転があるからとお互いお水で乾杯をする。いつもと同じようにお喋りをしながら、箸を進めた。

「今日もいっぱい食べたね〜!」

『疲れてると沢山食べたくなるよね!』

満たされた胃袋とは対照的に、満たされない心を抱えながら私は貴方の隣に並んで歩いた。10月下旬にもなると、夜は秋とはいえど身体を芯から冷やす寒さだった。

「せっかくだし、寒いから車で話さない?」

『うん。』

夏場は公園のベンチに隣に並んで座って話したものだった。貴方の車に乗り込むと、微かにムスクの香りがした。それは私には少し落ち着かない、貴方の香りだった。

街頭の側に車を停めてあって、車の中まで光が差し込んでくる。

エンジンを停めた車内の音は、貴方と私の話す声だけだった。貴方の低く落ち着いた声が私の耳に、心に響くような気がした。それは、電話とはまた違う、私だけが聞ける貴方の声だった。

「彼女」が居ると知ってから、ふたりきりになることに少し違和感を感じるようになった。車の中で2人は隣に座っているけれど、私達の間には少し距離があった。

貴方は相変わらず座席を少し倒して、助手席の私の方へ顔を向けながら話を続ける。私はただ正面の外灯の光をぼんやり眺めながら話を続けた。

「寒くない?」

流石に車内とはいえ、足元からの冷気が身体を冷やしていく。

『ちょっと冷えてきたかも…』

私がそう言うと、貴方は後部座席からブランケットを持ち出した。

「ちゃんと温かくして、風邪なんて引かないでね。」

そう優しく呟くと、貴方はブランケット越しに私を包み込んだ。自分でブランケットをかけ直そうと伸ばした私の手が、貴方の手に指先で触れた。

貴方に触れたその指先が熱を帯び、その熱は私の体に巡ってきたように感じた。指先に心臓があるみたいに、私の鼓動が指先で脈打つ。

そして、貴方の指が躊躇いがちに、私の指に絡まってきた。


駄目だと分かっていた。


だけど、視線を貴方へ向けずにはいられなかった。


ゆっくりと街灯の明かりから視線をずらして貴方の方へ向けると、街灯の光を映す貴方の瞳の視線と交差した。

絡まる指がより一層きつく握られた。

貴方は私の目にかかる前髪をすっと掬い上げて耳にかけると、そのまま貴方の手が、私を貴方の元へ引き寄せた。

そして、私達の唇が重なり合った。

こんなにも好きで大事な人なのに、私にはこの想いは悲しく、貴方とのキスは私の胸を締付け、傷つけた。

「かわいい」

「好きだよ」

「会いたい」

どの言葉も貴方から贈られたから、嬉しくて幸せに感じられるはずなのに。

私のためだけの言葉じゃないっていう事実が、私の胸に痛みを与えた。

貴方が私に向ける気持ちを伝えれば伝えるほどに、それが「嘘」だという現実が突きつけられるようだった。

貴方はそれに気づいていなかった。

私の心が静かに貴方から離れていっていることにも、貴方は気づいていなかった。

貴方のことよりも、私が私を嫌いになる前に、私は貴方にさよならを告げた。

3月の終わりがけ、異動希望が叶い、営業部から人事部へ異動することになった。

勤務時間も1時間早くなり、貴方と退勤時間が重なることも無くなった。

帰り道、数ヶ月ぶりにいつも貴方と一緒に行っていたお店がある道を歩いて帰った。そのお店の隣には新しいイタリアンのレストランができていた。トマトソースを煮込む食欲をそそる匂いが、風に乗って私に届いた。お昼を抜いていた私にその誘惑を避ける術は無く、気づけば入り口の扉を押していた。

中にはカウンター席とテーブル席が4つあり、小さいながらもお洒落な雰囲気のお店だった。平日の夜なのに、テーブル席は全て埋まっていた。

スタッフに案内されるままにカウンターの席に着くと、近くにおいてあった黒板に書いてあった本日のパスタとグラスの赤ワインを注文した。

私以外にカウンターに座る客は居なかった。

目の前で腕をふるうシェフに私のパスタが調理されるのを、ただ何も考えずにぼんやりと眺めていた。



「あの、」



後方からの聞き慣れない低くて優しい声に驚いて、私は目線を声のする方へ向けた。

私と同い年くらいの男の人がいた。黒髪の短髪が爽やかで、丁寧にセットされているのが好印象だった。

微笑みかけている優しい彼の目が私の目と合った。目鼻立ちがはっきりとしていて、大人っぽい声とは対照的に少し照れた笑顔は可愛かった。

控えめなチェック柄のグレーのスーツに紺色のネクタイがお洒落に合わせられていて、身長が高めで肩幅が広く、格好良く着こなされている。

彼は口元を少しほころばすと、低くく優しい声で言った。

「隣、良いですか?」

彼が隣に座ったら聞こえてしまいそうな程に、私の心臓が高鳴った。


そう思いながらも、隣に「聞こえてもいい」と思った。

やがてあなたに「聞こえたらいい」に変わり、


あなたのが「聞きたい」と思うようになり、


あなたのが「聞こえる」のは、少し先の未来。



『あなたが隣にいれば』  -FIN-

最後まで読んでくださったことをとても嬉しく思います。 またあなたが戻ってきていただけるように、私なりに書き続けます。 あなたの一日が素敵な日になりますように🌼