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【恋愛小説】もう此処にはない光でも。✾8mins short love story✾

電車に揺られて30分近く。運がよく席に着くことができた私は、心地良い電車の揺れに乗って居眠りをする。時折電車が停まり、その度にドッと人の波が容量の限られた狭い車両に詰め寄せてくる。

薄っら開けた私の目に、白、紫、桃、黄、赤の色とりどりの花柄模様が飛び込んできた。

人が増え、落ち落ち寝ていられるような状況では無くなってきたため、眠気まなこで電車内を見渡した。

狭い車内で楽しそうにスマホを一緒に見ながら会話をする、柄違いの紫色の浴衣を着た女子高生のグループ。髪飾りの位置を気にする紺色の生地に白色の椿柄があしらわれた浴衣を着る二十代くらいの女の人。彼氏よりも背が低くて人混みに潰されそうなピンクと赤色の大きめな花が可愛らしい浴衣の彼女と、その彼女が他の人とぶつからないように周囲に気を配る黒色の甚平姿の彼氏。

暑いのを忘れるほどに皆、思い思いに胸を躍らせている熱気が充満しているように感じられた。暑いのは苦手だけど、こういう雰囲気は嫌いじゃなかった。

「まもなく、電車が到着します。お出口は左側、ドアから手を離してお待ち下さい。」

電車のアナウンスが入ると、車内の人達がソワソワし始めた。次の停車駅が、花火大会が開催される最寄りの駅だったからだ。そして、それは私の降車駅だった。



電車を降りて、改札を抜けた時に私のスマホが震えた。

[駅前のマックの前で待ってるね!]18:03

彼からのLINEだった。人混みを掻き分けながら駅近くのマックへと歩みを進める。

[どこだ〜?] 18:06

スマホの地図アプリを頼りにマック付近に来たものの、人が多すぎて先に進めない。やっとの思いで店の入口まで辿り着くと見覚えのある後ろ姿を見つけた。

[あ!いた!] 18:11

そうLINEを飛ばすと、イヤホンを外しながら彼のもとへ駆け寄った。彼もメッセージに気づくと、周りを見回して私を見つけて、遠くからでも分かる笑顔と共に手を振ってくれた。

『ごめんね!お待たせ!暑かったよね?』

「大丈夫だよ!すごい人だね」

『お祭り、久しぶりだもんね〜2年ぶりとか?』

「そうだよね、浴衣着てる人も多いね」

『ね!私めちゃめちゃカジュアルで来ちゃったよ〜』

「全然!すごくかわいいし、似合ってるよ!あ、ポニーテールもね」

そう言って彼は私の頭をポンと撫でて微笑んだ。

赤地に花柄のアロハ風シャツに紺のデニムを合わせたコーディネートは私のお気に入りだったけど、祭りというよりもビーチ向けだった。

彼は紺色のポロシャツに黒色のデニムでシンプルなコーディネートながらも、逆に高身長である彼のスタイルの良さを更に際立たせていた。

「お腹空いてる?」

『めちゃ空いた!喉もカラカラ〜』

「屋台見よっか。食べたいもの見つけたら教えて」

『うん!』

屋台が集まるエリアに到着すると、焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いに包まれた。私達は焼きそばと唐揚げを買って、はんぶんこをして食べた。

7月末、夏真っ盛りでも夕方は日が落ちると比較的風も涼やかになる。少し温度の下がった空気が、太陽の代わりに活気づく人々の熱気で温まっていっているように感じられた。

『はぁ〜お腹いっぱい!もう食べれられない!』 

「俺もだー」

『もうすぐ七時だし、そろそろ花火見れるところに移動しない?』

「そうだね!ここ真っ直ぐ行くみたいだよ」

彼に付いて、人混みに飲み込まれるようにして前に進んでいく。メインの道路は交通規制がされていて、歩行者天国になっていた。それでもこれだけの人数が歩くには道幅が狭すぎた。



15分程人混みに揉まれて歩いてやっと座れる場所に辿り着いた。カップルや若い子達のグループが思い思いに座って、お酒を飲んだり食べたりしていた。

「ここに座ろうか」 

路肩のガードレールの近くにアスファルトの低めのブロック塀のようなものがあって、そこに彼と並んで座った。




ドン




大きい音と共に、暗くなった空に眩い光が色鮮やかに輝きながら咲いた。それを皮切りに、次から次へと美しい光が暗い空を躍りながら駆け抜けていく。

『…うわぁ!すごく綺麗…!』

「すごいね!あ、ほら見て!俺あれ好き!」

彼が指差したのは、赤、黄、青、緑のカラフルな色の光が、四方にパッと広がって、銘々に小さな光の花を咲かせる花火だった。

夢中になって花火を見ていたとき、私のポケットの中でスマホが鳴った。急ぎの要件でないか確認する為に、チラッと画面を見た。

[今、花火見てるんかな?] 19:35
[またどうだったか教えて〜楽しんで!]19:35

ロック画面に表示されたLINEの通知の名前を見た瞬間、花火が上がった時の音が鳴ったかと思う程に胸の奥がざわついた。

「どうした?大丈夫だった?」

『…うん。大丈夫!急ぎじゃなかったから』

そう答えてスマホの画面をカメラに切り替えた。

「そっか、なら良かった!動画上手く撮れるかなぁ?』

『次の花火は撮る!』

二人カメラを構えて次の花火を待ち構えた。

一つの小さな光の線がスーッと暗闇を上に向かって泳いでいき、パッと開いて無数の黄金の光が降り注いだ。

『ちゃんと撮れたよ!』

「今のめちゃ綺麗だったよな!!撮れて良かったね!」

そう。でも違う。

ただ綺麗だから撮ったんじゃない。 
綺麗だから、'貴方'に見せたいと思ったから撮ったの。

『私、あの青色の花火が一番好きかも』

「え?俺の服と同じ色だから?」

違うよ。

青色が好きだからでもない。 
'貴方'が好きな色だと言ったから目に焼き付いて離れないの。

「そろそろ時間やばいよね?帰りの電車混むから、駅に向かい始めようか」

『そうだね、最後の見れないの残念だけどね』

ごめんなさい。

最後を見るならアナタとではない。
いつか'貴方'と見られるんじゃないかって期待しちゃってるからなの。'貴方'とがいいの。



駅に近づく程に、人混みの層が厚くなってくる。複数の警察官が拡声器を使いながら誘導している程に混み合っている。

「大丈夫?足痛くない?お水飲む?」

『うん!大丈夫だよ。ありがとう』

人混みに紛れて時折彼を見失いそうになったけれど、手は繋がなかった。何度か彼が私の手を引こうとしたのに気づかないフリをした。

「今日はすごく楽しかったよ!ありがとね」

『こちらこそだよ。一緒に来てくれてありがとう』

「また来年も一緒に行けたらいいなぁ」

ハハッと照れたように頭を掻きながら、彼がはにかんだ笑顔を向けた。私も釣られて笑ったけれど、彼の言葉に返事はしなかった。

改札口へと続く階段を上りながら別れの挨拶を交わした。

「それじゃ、俺は4番線だから。家に着いたら連絡してね」

『うん、ありがとう。ちゃんとゆっくり休んでね、バイバイ』

ホームに到着したのは、21時8分で次の電車までは5分程だった。ズボンのポケットからスマホを取り出してLINEを開く。

[今、花火見てるんかな?] 19:35

[またどうだったか教えて〜楽しんで!]19:35

          [今帰りめちゃ混んでる〜] 21:10

     [花火はすごく綺麗でやばかったよ!] 21:11

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【一緒に行けたら良かったのl     】 【送信】

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最後のメッセージを打ちかけているところで構内アナウンスが流れた。

「まもなく、2番線に電車が到着します。黄色の線の内側でお待ち下さい。」

LINEの画面を閉じて、再び右ポケットの中にスマホを入れた。



花火の美しさは、一瞬であれど心に留まる。瞬間ごとに変化して消えていく様が儚く美し過ぎて、その残像が頭に焼き付いて離れない。

残像のように、花火が咲いたあとも黒煙が空を漂っている。黒煙が既に散ってしまった花火の姿形を留めつつ、少しずつ崩れながらやがて消滅する様は、記憶に似ているようだった。

もう私の隣には無い貴方の笑顔の残像が、姿形を変えながら私の記憶の中心から片隅へ。そしてやがて思い出せなくなり、思い出そうともしなくなるまではきっとまだ、崩れている記憶を必死に無意識にかき集めてしまう。

私達の記憶、一つ一つが愛おしすぎて。

『もう此処にはない光でも。』FIN

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