mc_buraku
大体肯定する映画レビュー。 ゴミみたいな映画でも作り手は本気、楽しみ方一つでどんな映画も名作だと思うわけ。ゴミはゴミやけど🥺
大体肯定する読書レビュー。 本なんてのは所詮、文字の形をしたインクが染み付いた紙の束。さりとてそんな紙の束もバカにはできない🥺
オッス!おらBURAKU 部●上がり、●落育ち特技はどん兵衛 趣味は対面座位、尊敬する偉人はペペローション 身長173センチ、趣味は対面座位 苦手な食べ物はティンカーベル、薬はアッパーよりダウナー派、趣味は対面座位のミステリーハンターです。 特に意味はないけど、魔が差して「NOTE」ってえのを始めたぞ! 一体何を書けば良いのか日々模索してるところだ! …と言っても世間に目を向ければ、海の向こうでは戦争が起き、自国のニュースでは連日、子が親を殺し、反対に親が子を殺すとい
今もまだあるのか、噂ではなくなったと聞いたが私は若い時分に神戸・三ノ宮の人妻ヘルス「まどんな」にどハマりしていた時期がある。 良い意味でコスパの悪すぎるそのお店では数千円でセ●クス以上の体験をすることが出来た。 あの日あの時、年上のお姉さん方に足の指をねぶられた瞬間、私の中で「セ●クスとは足の指をねぶること也」と天啓を受けたのだ。 そんな話は置いといて後世に続く私の年上女性好きという性的倒錯を招いた作品がある。 ドラマ「医龍」だ。 厳密には稲森いずみそ
鬼クソ勝手なイメージで語るが、白人女優とは映画「マスク」のキャメロン・ディアスのような出るとこ出て引っ込むところ引っ込んだグンバツのプロポーション、「This is メリケン」といった風情漂って然るべしだと思うのだ。 アナ・ケンドリックに出会うまで私はこの浅はかな考えに支配されていた。 なんやあの生き物、可愛すぎる。 先に挙げたキャメロン・ディアスにしろケイト・ブランシェットにしろ「綺麗」と思っても「可愛い」と思ったことはほぼなかった。 しかしアナ・ケンドリ
以前にキャバ嬢に教えてもらったことがある。なぜ男は「抜き」もないのにキャバクラに足繁く通うかという疑問に関してだ。 彼女曰く人間にはSMの横軸の他に「ドミサブ」という縦軸が存在するらしい。 加虐心のS、被虐心のMが表裏一体として存在するように、支配欲の「ドミナント」、従属欲の「サブミッシブ」という縦軸が存在するわけだ。 キャバクラとは男側が大金をはたいて女の子に良い顔をするような場所だ。 その空間のみではあるが、ある意味お金を積めば女の子を支配出来る場所と言っ
気狂いスニーカーヘッズというわけではないが、スニーカーは好きな方である。 この前も今年の夏用に買ったTシャツに合わせるためにNIKEのスニーカーを購入したところだ。しかしここで一つの大きな問題が生じる。 私は私服のほとんどが「ネイバーフッド」か「ワコマリア 」で構成されている。 所謂「裏原系」全盛期に発足したブランド達だ (※ワコマリア は厳密には裏原系ではないとは思うが)。 私は今年32歳なので、これらのブランドが隆盛を極めた時代からは少しズレるのだが、テレビや
ヤニカス共が昨今の禁煙運動の煽りを受けて、無くなった喫煙所を彷徨い歩く様は滑稽だ。 帰る巣を無くした鳩のように帰巣本能に従って慣れ親しんだ銀筒の下へ駆け寄った頃には時すでに遅し。 邪智暴虐の嫌煙家たちによって心休まる寄る辺は辺境の彼方へと追いやられている。 紫炎煙る喫煙所を求め徘徊する様はウォーキングデットを思い出させ爆笑ものである。 いや笑えん、吸わせろ煙草。 こちとら鬼のチェーンスモーカーやねん。 もうぶっちゃけて言うよ。電子タバコなんか水蒸気やねんからどこ
「魔性の女」と言われたらどんな女性を想像するだろうか? 私の中では峰不二子、壇蜜あたりがなんとなく一番に上がってくる。しかしながら、現実世界における魔性の女と彼女らは大きくとは言わないが少し乖離しているように思う。 魔性の女の定義によるが、先にあげた彼女らは単にセクシーなだけの女のように思うのである。 えちえちなだけが取り柄な女が魔性の女と呼ばれるのか、否、遍く男を虜にしてこそ「魔性の女」と呼ぶにふさわしい。 ぶっちゃけ自分の身の回りに壇蜜がいたとして、多くの男
ちょっと前までジャニーズWESTが騒がれていたのに気付けばなにわ男子が世を席巻している。 関ジャニはもはやベテランの風格を持ってメディアに露出していたりと、関西勢の活躍は目覚ましい。 たとえ彼らと私とでビジュアルに天と地ほどの差があろうと同じ関西人としては嬉しい限りだ。 しかしながら未だに自分の中で燦然と輝くのは関西にジャニーズが出来るきっかけを作った御大KinKi Kidsの御両人である。 以前にあいみょんの投稿で、懐メロ週間に突入している旨を記したが、懐メロ
中島みゆきが歌うように、ガキのくせにと頬を打たれた結果、据えた眼をした少年時代を送った私だが、そうなる前は11歳の誕生日に本気でホグワーツから入学案内が来るものだと思っていた。 可愛げがあったのか、はたまた早めの中二病に罹患していたのか今となってはわからないが、当時の私は一大ムーヴメントを引き起こしたハリーポッター シリーズに御多分に洩れずどハマりしていたのだ。 そんな過去をしかと忘れ長年の間、現実世界に入り浸っていたことをJKローリングに謝りたい。 今更ですが「
猿が人間に進化したように「言葉」も時代に応じて進化していくものだ。 この世をば我が世とぞ思った道長も望月欠けて次の時代へ進むものなのである。 たとえば文法的に「ですます調」で文章を書くなら文末は「ですます」で統一するのが定説だとされている。 誰もが初等科教育の中でそう口ずっぱく教えられたはずだ。 しかしながらそんな考えも古代人から考えれば「ですますとはなんぞ?げに憎げなり」と一笑に付されてもおかしくない。 時代が生んだだけの一時的な常識に過ぎないと考えるわけだ
以前に玉木宏の投稿で記憶に残っているラジオCMについて触れたが、テレビCMの場合私の中で間違いなくNo. 1に輝く強烈なテレビCMがある。 それは加藤ローサが起用されたゼクシィのCMだ。 メンデルスゾーンの結婚行進曲に乗せて、新郎新婦の頭上からの「引の画」でスタートするこのCMは「寄りの画」になったタイミングで、満を持して加藤ローサのドアップが映し出される。 その可愛いこと、可愛いこと。 加藤ローサを中心に半径10キロくらいの可愛いという概念全てを凝縮し
子供の頃、「零」というホラーゲームをしたことがある。 内容を簡単に言うと悪霊を写真に収めることで退治するというもので、プレイしている際に子供ながらに度々思っていた。 なんでこんな怖い思いしてゲームせなあかんねんと。 普通、幽霊が出てきたら目を背けたくなるもんやないかと。なんでわざわざビビりながら写真撮らなあかんねん。 今まさに当時と同じことを思っている。というのも今更ではあるが小野不由美先生の「残穢」を読んでいる最中なのだ。 こちらの内容を簡単に説明する
はじめてPCから自分のページ見たけど、ヘッダー画像ガビガビやん…。
本格的な夏の始まりを控え、女性の肌率が高まる今日この頃いかがお過ごしでしょうか? 冬と比べて露出度が格段に上がった道ゆく女性を見て、私はすでに3度ほど交通事故を起こしかけております。 脇見運転の真なる敵はスマホではなく魅力的な女性たちであると強く交通安全協会に進言したい。 かつてかの文豪・三島由紀夫は言いました 「女性は着込めば着込むほど裸に近くなる」 と。 これはようは着込めば着込むほど、男側が女性の裸を想起する為、結果として厚着の方がエロくない?という激
理由は聞かんといて欲しいが、1週間ほど前に浜崎あゆみの「Boys & Girls」を爆音でかけながら高速を走っていた時にふと気付いた。 ばりエモい。 そこからしばらくの間、懐メロ週間に突入したわけだが、あのCD全盛の時代に名を馳せたディーヴァ達の楽曲はやはりどれも素晴らしい。 ちなみにおすすめの聴き方としてはアッパーにテンションをぶち上げたい時は安室奈美恵、倖田來未を服用し、ダウナーにキメこみたい時は倉木麻衣(主にコナンのエンディング曲)に浸るとしっかりトリッ
ぶっちゃけ意味はわかっていないがマガジンってのを作ってみたぞ。ちなみに一番好きなマガジンの作品はジゴロ次五郎。