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小説:狼に翼を

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「天使」と呼ばれた俳優は、狼少年のように転落する。
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#中編小説

狼に翼を#1:薔薇の花から産まれた天使

 僕は、天使だ。

 天使といっても、もちろん本物ではない。今やテレビで僕を見ない日はない。現在出演中のドラマ、二本。CM、四本。バラエティのレギュラー出演が三本。僕が六歳のとき初めて出たドラマで、「薔薇の花から産まれた天使」などという異名がついた。その時の役柄は、捨てられたことを信じず、好きだったと記憶している薔薇の花を持って母親を探し続ける役だった。結局は母親に追い返され薔薇の花を渡せずに死ぬ

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狼に翼を#1‐2:忠実

狼少年
登場人物:
少年 橘遥斗
姫 相川幸
王 坂口章隆
街の大人1 宮部裕太
街の大人2 霧島伊月
看守 松野一弥
家来 高木悠仁

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  王、家来、看守。舞台中央の王の椅子付近。

王「何をぐずぐずしているんだ、処刑台の準備はまだか!」

家来「申し訳ございません。一昨日の豪雨で準備に手間取っておりまして」

王「さっさと済ませろ! 煩わせるな。美しい姫君の憔悴しきってしまわぬうちに

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狼に翼を#2:小さな積み重ね

「体調整えておいてくださいって昨日メールしたでしょう」

 ため息混じりに鶴田が言う。

「整えるつもりだったんだけどね」

 ごめんね、と肩をすくめて手を合わせた。

「目の下クマすごいですし、全体的に顔に疲労感がありますよ。何時まで起きてたんですか」

 ため息混じりのその声は聞こえない振りをして、また僕は台本を開いた。昨日は結局、テレビをつけたり消したりして三時間ほどぼんやりしてしまった。気

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狼に翼を#2‐2:奴隷と姫君

少年、看守、姫。舞台中央の扉より姫が登場。下手側階段下に看守。

姫「草木は泣き、鳥は終わりを悟って巣へと戻りました。誰が私を思い出すのでしょう。立派な父を思って泣く彼らは、私も思い出してくれるでしょうか。
ドレスは破れ、冠は刺さり、首飾りはちぎれ、宝石は私の足を傷つけるだけ。私にあるのは、鼠の冷たい足跡と、乾いたパン。きっと私はもう長くないのでしょう。私にできることは、ただ昔の美しいあの国を思い

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狼に翼を#3:本性

 オレンジジュースが飲みたい、と突然思った。

 相川幸はあまり長台詞が得意ではないらしく、稽古は難航していた。やっと一場面が終わったところで、相川幸は早々に稽古場から飛び出して行ってしまった。どこに行ったかなんて僕には関係ない。

 パイプ椅子に座ってギシギシ音を立てるのにも段々飽きてきた僕は、稽古場を出てすぐの自動販売機に向かった。目当てのものを探すけど、オレンジジュースは、ない。だけど舌打ち

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狼に翼を#3‐2:嘘

少年。上手側より棒鞭を振り回しながら登場。

少年「入れ、入れ、そうだ、僕の言うことを聞いてくれ! そうだ、いいぞ。これで全部か。昨日はなんとも驚いた。我が国の姫君が、あんな所で、あんな風に扱われていただなんて! 悲しい声、聴いているだけで胸が張り裂けそうになる泣き声、そして未だ気高く振舞おうとする立ち方。泣き腫らした目は熟れた林檎のように美しく、細く伸びた足はまるで美しい牝鹿のよう。あの場所でさ

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狼に翼を#4:化けの皮

 リハーサルは難航していた。相川幸の台詞には問題はないものの、リハーサル中に大道具が倒れるアクシデントが起こってしまったのだ。幸い誰も血は流さなかったが、そのせいで現場には塩辛い空気が漂っている。大道具を直す間、妙に開いた時間を潰すキャストは、まるで人形のようにふらふらしている。もちろん、僕もその中の一人だ。

 昨日アップしたブログの反響がよかったためか、鶴田は今日も五分おきにスマホをチェックし

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狼に翼を#4‐2:恋

少年。上手側より登場。

少年「もう二度とこんな真似はしない、だと?  そんなことが出来るほど、利口で真面目な羊飼いではないのだ。あの嬉しそうなお声をもう一度聞くだけで、もう一度あの嬉しそうなお顔を見ることが出来るだけで! 僕はそれだけで幸せになれるだろう。いつか憎き王をこの手で始末すると決めたこの邪悪な僕の心に、あのお方はほんの少しの安らぎを添えてくれた。まるでこの野獣の心の中に、まだ人の心があ

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狼に翼を#5:信じてたのに

 子供の時、レッスン中に泣き出す子は多かった。厳しい指導と終わらない演技、緊張感漂う空気に飲まれ、辞めていった子もたくさんいた。僕は分からなかった。ただ台本の通りにやればいいだけなのに、何故泣くんだろう。出す言葉も、その時の気持ちも、全て台本の中にある。自分が考えねばいけないことなんて、一つも無いのに。レッスンの教室を後にする子は、僕を見ていた。子供ながらに、その目が何を意味するか分かっていた。羨

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狼に翼を#5‐2:決意

 姫、看守、家来。看守は上手側から登場。姫、家来に連れられて中央扉より登場。(この際の姫の気持ちは? 恐怖、憎しみ、怒りetc)

 家来「さあ、早く入れ! お前にとって良い報告が聞けたな。しかも、王の口から直接聞けるなんてな。お前は恵まれてるよ。もし俺が王なら、お前を殺しはせずに、無理やり妻にしていただろうな。だが我らの王は人の死を好む。名誉なことだと思え」

 姫「(睨みつける。)貴方の言葉な

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狼に翼を#6:天才

 ソファの前のガラステーブルに、台本を放り投げた。同じ台本が二つ並んでいる。一つは、僕の台本。もう片方は、先日相川幸がパイプ椅子の上に忘れていった台本。同じ台本なのに、厚さが違う。

 僕はため息をついて、キッチンのワインセラーからワインを取る。グラスに注ぎ、一気に飲み干す。

 そんな飲み方勿体ないじゃん、と、昔誰かに言われた。誰だったかもう思い出せない。高いワインなのに、ゆっくり飲んだ方がよく

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狼に翼を#6‐2:斬首台

少年、看守、王。王は中央扉より登場。少年は看守に引きずられるようにして下手側から登場。

看守「連れて参りました、我が王よ」

王「これはこれは。私が直々に羊の世話を命じた男ではないか。聡明で、言語にも長け、我が羊を一匹たりとも失わなかったお前が、一体どんな悪さをしたんだ?」

看守「王よ、この男は私を酷く辱め、かつ笑い者にしようと致しました」

王「ほう。我が国民であり、従順に仕える看守にそんな

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狼に翼を#7:天使と悪魔

 蹴落とす。背中に確かに感じるスニーカーの裏側。意志に反して、がくんと前に仰け反る首。

「狼少年」の舞台は、残すところあと五回ほどになっていた。家でワインを開けながら、僕はネットニュースを確認するのが日課になっていた。

 あの日から、相川幸の逆襲は始まっている。それはまるで、背中に感じるスニーカーの重みのように、しっかりと僕に痕を付けていた。ネットニュースの見出しから、僕の名前は消えた。消えつ

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狼に翼を#7‐2:狼少年

少年。

上手側よりふらふらと登場。羊を追い立てる棍棒を引き摺り、しばらく歩き回る。力尽きたように、中央扉の前に座り込む。

少年「昨日は一睡も出来なかった。今日の午後、今日の午後に姫の首は宙を舞う!  一体どうして、こんな時に眠ってなどいられようか。故国に帰ると大仰なことを語りながら、目の前の命の一つさえ救えやしないのだ!  なんて愚かなことだ。あの震える姫君の方が、僕よりずっと勇気に満ち溢れて

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