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「もう引退してほしい。」というカードを、あの夜は。/プロボクサー竹迫司登王座陥落の日

このnoteはプロボクサー竹迫司登の妻目線のお話です。いつも何故このような記録を残すか、というと、忘れたくないからです。人間の感情や思考は時間がたつと、消えて、印象だけを切り取った思い出になってしまう。人生でたった一瞬の¨プロボクサーとその家族¨という中にある、私にとっては尊い大切なこの日に、確かにあった私の行動や感情を、これからも失くさずにいたいから。そんな自己満足の記録ですが、皆様のいいねがいつも励みになっています。ありがとうございます。私の物事のとらえ方、考え方は、あくまで私だけのもので、竹迫本人の思考や解釈と、異なる場合があるという事をご理解の上お読みいただければと思います。

竹迫  麻裕子


ああ、負けた。
夫に何て声をかけようか。

夫の試合の途中に安心して眠った娘を抱きしめて、判定をききながらそんなことを考えていた。

私、この状況をしっているはずなのに、あの時ほどの悔しさがここにない。でも、なにかが胸を苦しめる。わんわんと客席で声を上げて悔しくて泣いたあの気持ちがどんなだったかも思い出せない。

じゃあ、この感情って、なんだっけ。

↑あの時の試合は、こちらをご参照ください。

「おとうさんのおてて、いつもとちがうね、アンパンマンとおなじきいろやね」

憧れのヒーローと同じ仕事をしていると信じている娘にとって、どんな結果であろうとお父さんは素敵なヒーローに変わりがないねと、胸を張って言えるのに。その胸が、なんだか沈んでゆく。

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入場する時はいつも足を見ている。
浮き足立ってはいないか。
重心に鈍りはないか。
重量感ある一歩を踏めているか。

本人の顔は楽しいと言っているか。

1ラウンド目、開始のゴングがなった時、私は竹迫の全ての動きに注目していた。1ラウンド目から様子がおかしいと感じる。全ての動きに関して、¨思い当たる節¨がある私の体は、ひどく硬直していた。4R公開採点でジャッジの韓国語がわからず、途中採点が理解できなかったが、取れていないことだけは試合を見てわかっていた。8R公開採点へ願いも届かず、最後の2ラウンドで確実な何かを取らなければ、ジャッジでドロー防衛も叶わない。

『判定なんてKOで巻き返せるからいい』

これまでは幾度とその信頼が心を強固にし、危険な試合も真っすぐに対峙して乗り越えてきた。でも思い当たる節は、この不安をぬぐってくれない。

最後の2ラウンドは、周りの音よりも心臓の音のほうが大きく、体だけがそこにあってぐるぐると回るような感覚になっていた。でもそのど真ん中に強張りながらも冷静な自分がいた。負けるが8割。もう難しいであろうと私の心が先に諦めていた。

ただ娘を抱きしめて、下を向いてしのいだ7分間。何も見ていなかったし、祈りの先にいるのは夫ではなくて、神様だった。いつだって夫だけを信じてきたのに、初めて神様に助けを請う。

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判定後、すぐに立ち上がり、寝ている娘を友人に預け、控室に向かっていた。控室の場所もわからずに。

お忙しく動き回っていた本大会の主催者である伊藤プロモーターに不躾に控室の場所を確認し、走り去ろうとしたところで「まって、これが無かったら入れないよ」と優しく差し出してくれようとした関係者パスを、乱雑にはぎとって。(余裕がなく、本当にすみませんでした。)

いつも試合のだいたい三時間前に、私たちは最後の言葉を掛け合いながら、夫を送り出す。直前のリカバリーを最後まで見守ることはできない。だから入場時に本人のコンディションにいつも注目している。

会場控室に入れば、バンテージをまき、アップをしたり、セコンドの方たちと気持ちを整えてゆく。ほんの数時間後にはボクサーとしてリングに立ち、非日常を戦いきるのに、妻という日常が拭えない距離感の人間は、そこにはあまり必要がないと考えてきた。私がいるメリットより、デメリットのほうが大きい。そして試合後もそれは変わらない。ほかの選手や関係者、記者の方の邪魔にもなるし、私はあくまで一般人。特別な来訪者を案内する以外、不必要に控室には近づいてこなかった。(様々な考え方があり、あくまで私たち夫婦の性格上のお話です。最後まで時間を共有されたり、試合後そばで声を掛け合ったり、リラックスなさるご家族もいます。個人差がありますので、それぞれの形にリスペクトを送っています。)

でも、判定を聞いたときの夫もまた、私と同じ、あの敗北と違った表情をしていたことが私を焦らせていた。私の胸を沈める何かの答えは、まだ出ていなかったけれど。

控室へ向かう通路で夫においつき後ろから肩をだくと、夫が小さく「ありがとうな、勝てんくてごめんな」といった。だいた肩をとんとんとたたいてからさっと撫でた私は、そのまま返事をしなかった。肩を抱きながら歩いたけど、私の気持ちはそこにはいなかった。

控室について、関係者数名で試合の話を一通り終えたところで、ふいに私から見た試合の感想を問われた。

「パンチに力が無いように見えたし、会長たちの今のお話によるとセコンドの指示とは違う動きをしてたように思う。その指示の動きがしたくても、体ができひんかったのか。その指示を取れるほど、脳が動いてなかったのか。それともセコンドの指示を、理解できひんかったのか。それによっても私の見方は変わる。そして負けた原因も。」

そもそもが体の力の問題や、脳が動いてなければ、体にエネルギーが足りてない可能性など、そもそもボクシング外の話が先になる。反対にセコンドの指示が理解できなかった、あるいはできているつもりだったといのであればそれはボクシングの問題であろうとおもってそう聞いた。

夫は悩むそぶりも見せずに、すぐに答えてきた。

「動けなかった。練習でそればかりしてきたのに。それをしようとすると体が動かんし、力も入らんかった。」そのあといろんな角度から質問を重ねても、使いたい何かを沢山持っていたのに、思うように力が出なかったと結論付いてゆく。

食事で勝つことはないけど、食事で負けることがある。今回口にしたものではいつも通りのコンディションにならなかったということだ。スポーツは普通の人間を超越する世界で戦う。適切な方法やタイミングで攻めの姿勢で食事を取らなければいけない。でもいつも通りのリカバリー食を取れない理由があった。私の¨思い当たる節¨は的中していた。リカバリーの失敗である。でも誰のせいでもない。どんなに条件が揃おうとも、毎度同じ減量とリカバリーにはならない。だからこそ、それをクリアしなければならないのがアスリート。言い訳にもならない。その他にも数点、気がかりなことがあった。100%の調整はできていなかった。(理由については、減量に対する行動や思考を、現役中は発信しないという夫の意向を尊重し、今は言及しません。)

上へ上がるにつれて、ボクシングに付随する全てが繊細に勝敗を左右することになる。それなのにいつだってそのコンディションは同一だとは限らない。

それでも戦うのがプロという事。問題はいつでも起こる可能性がある、これは勝負の世界の結果を決める、沢山あるピースの小さな一部の話にすぎない。どんな歪なピースでも本人がしっかりとはめ込んで初めて勝利することができる。どんなピースもはめられる人間が勝利へのパーセンテージをあげてゆく。

結果は負けたが、バラバラのピースでフルラウンドを戦い抜いた夫は別の意味でまたたくましい。諦めたり、闘志を失う選手だっている。あとはどんなピースでもはめられるように、工夫しなければならない。技術での敗戦もあれば、準備での敗戦もある。勝った時より負けた時のほうが、発見がいつも斬新に伸びてくる。つまりは今回はボクシングよりも先に準備を見直さなければならない。

一通り話し終えて、しん… とする控室で、また私は空気を読まなかった。

「んー。つまり・・・伸びしろしかないなあ」

となんてことない口調で言う私に、夫は苦笑する。

「負けて1時間もたってへんねんで。またそれかあ・・・勘弁してや」

と目じりを下げ弱く笑っていた夫は、プロボクサーの顔ではなかったように思う。私の夫の顔をしていた。そんな夫と対するに、モニターに反射する自分の顔は、いつにもなくしっかりとマネージャーの顔をしていた。前向きな発言をしているはずの私の胸は、のべつ幕なし、なぜか苦しさが膨らんでいく。判定を聞いた時の心の意味を探して。

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日本から駆けつけてくれた方へ挨拶をしたり、食事を取ったりして、部屋に戻った。

きてくれた方の見立ても、応援者からのラインも、大多数が、いつもの竹迫のボクシングじゃなかったとの心配の連絡だった。その評価に救われてゆくかと思ったが、夫はそれは言い訳にしか過ぎないといった。

眠る娘の横でいろんな話をした。夫は引退することも考えている。いつだってその思考はポジティブに。それが夫の良いところでもある。でも反対に悪いところでもあった。スポンサーのこと、年齢の事、家族の事、セカンドキャリアの事、自分を取り巻く全ての人生の事について、深く考えすぎてしまう。心優しく前向きな性格だから、沢山の事を思考する。でも最後につながるのはどんな話であっても、今回の敗戦を考察しての改善点だった。

これまでも引退と常に対峙しながらここまで来たし、その気持ちが見え隠れしてもおかしくない。どんな時でも継続と引退は常に隣り合わせにある。一つの物事に対して、頑張り続ける事、心を焦がし続けることは、容易いことではない。そして、その心と身体も、簡単に比例などしてはくれない。やる気があっても結果が良くても、続けられない体になることもあるし、体のポテンシャルが高くとも気持ちが付いてこないことだってある。でもどの試練も、どの葛藤にも、自分が自分のために選択を下し続けなければならない。誰一人同じ道がないアスリートだからこそ、正解はいつも自分と向き合って作っていかなければならない。これまで引退する人たちを沢山送り出して、目の当たりにしている。どんな引退も、どんな継続も、誰一人として同じ理由や状況はない。

それでも夫の心がまだやりたいと言っている。その時の夫は気が付いてはいなかっただろうけど。私が誰よりも、夫の事を知っている。でも頭が気持ちを鈍らせているのだろうな。この人は、ボクシングが大好きで、家族、応援者の事が大好きだから。いまどちらとも言えぬ感情を持っている。

あの時夫はいつになく弱い顔をしてリングからおりてきた。きっと結果の、悔しさよりも絶望よりも、引退よりも続行よりも、ただただ、全てを愛しているが故に、9年間燃やしてきた心の火が初めて下火になった瞬間だったのだと、何を言ってもぼんやりとしている夫を見ていまやっと気が付いた。

私からすればとてもいいピースも持っていたし、あの日はそうでなかっただけで、ぴったりとはめていける瞬間をこの先に作り出せると、現実としてボクシングだけで認識していた。だからこそ、このままリングから夫を下ろしてはいけないと、私自身にも言い聞かせていた。

私が一番大切にしているのは、今の夫ではなく、未来命を落とす日がくる夫のことだ。命を落とす日、この人生で満足だったかと必ずしも自分に問われる日が来る。そんな日に、自分の人生を後悔せずに良き日々だったと振り返ってほしい。後悔いつも先に立たず。先の後悔をこんな今、冷静に見つけ出せるはずがない。

その夜私はずっと「まだ頑張ろう」と誘い続けていた。でもやっぱり私は以前ほどの悔しさと、熱いあの気持ちを私自身が持てないでいた。試合後から、夫に声をかけるたびに、私の沈んだ心がさらに深く落ちていく。でも「よし、やるか」と言わせなければ。そして私もそう思わなければ。

下火になってもまだここにある火を、決して絶やしてはいけないことは知っていた。夫は決意すると、絶対に意見を曲げることがない真っすぐな人だから。あの控室からずっとそれにばかり集中している。でも何も言わせられないまま、寝ることになった。

この話を締めくくるかのように「よし、もう一回頑張るか~」と大きな声でいった私は缶ビールをあけてぐっとのんだ。本当は私の心に、ほかにたくさんあった言葉を飲み込んで。

「あ~、また俺に火をつける?」と呆れた顔でいう夫は、すこし楽しそうに見えた。

もやもやしたままで全然眠れなかった。試合前減量や準備のサポートで眠れない日々が続くから、いつもなら久しぶりにぐっすり眠れる試合後の夜なのに。夫の気持ちを掘り起こすうちに、私の気持ちまで浮き彫りになっていくせいで。ビールと一緒に流し込んだこの気持ちの正体に私はとうに気が付いていた。

朝起きて友達の部屋に預けっぱなしになっていた荷物を一人で取りに行った。試合あと初めて一人になった道中、やっと澄んだ空気が吸えた気がした。なのに、友人の部屋についておつかれさまと言われた瞬間、なぜだか涙がとまらなくなった。澄んだ空気で心が軽くなったのではなく、心の力が緩んだだけだった。

「私心が疲れてる、あの時ほど、また頑張ろうって、前向きな言葉が心からでてこない。私もう、一人じゃないし、私もう、親になったから。

本当は引退してほしいって思ってる。もう頑張りたくない。」

そういいながら、娘もいない、夫もいない空間で、泣いていた。デビューから9年間、口に出した事のない弱音だった。一度口にしてしまうと、崩れてしまうと思っていたし、私の心がその弱い私を認めてしまうから。色んな本音と抗いながら、夫と一緒に、私も地道な努力と継続の糸を紡いで、一緒に戦ってきた19戦だった。私も私の心の火を絶やすことなく、焦がすことなく、暖めていかなければらならなかった毎日だった。そんな気持ちを夫に知られたくなかった。私はいつでも気丈なマネージャーでいたかったし、いつでも夫の原動力ありたかった。

「ありがとうな、勝てんくてごめんな」の言葉に何も言えなかったのは、勝てなかったのは夫だけではなく、私もそうだったから。本当はここのところずっとずっと自分に負け続けていた。

すぐ涙を拭いて、「まあでも、竹迫がやるっていうなら、私もまた頑張るんですけど」といってごまかした。でも本当にそれも本心だった。笑いながらごまかして部屋を出て、エレベーターホールにある大きな窓の前で、外を見ながら人にばれないように泣いた。ボクシングのことを考えて、こんなに涙を流すのは初めて。

あ~、やめたら平和だろうな。

毎日の食事
毎日のワンオペ
毎日の緊張感
毎日の責任感

子育てをしながらサポートを全うするのは、とても苦しい毎日だった。妊娠中も試合があったし、子供がコロナになり練習ができなかろうと試合はあったし、夫の手助けはほとんど借りずに、東京という地元とは別の土地で、シッターさんや一時保育、福祉の手助けを借りて、サポートを一番にして頑張ってきた。楽だったかと言われればそうではなかったし、娘や夫にそれを取り巻く何かに疲弊する瞬間も少なくなかった。それでも自分を優先順位にも立てることなく、自分の気持ちを存在しないかのように扱ってきた。娘が産まれ尚更低くなっていく順位に、大切なものが増えれば増えるほど、自分がそこからいなくなる気持ちだった。

全部なくれば、私たちはただの仲良し夫婦になれる。毎日仕事を頑張って週末には家族でお出かけして。お誕生日だって当日に祝えるし、娘の行事だって家族で参加できる。プレッシャーや緊張感とは無縁で、穏やかな昼下がりを過ごす毎日って、それってきっと楽しいよね。

でも、こんな気持ちを抱えているのはわたしだけではないんだろうな。どんな人間だって育児には疲れるし、家事に疲労する。世の中の母親や女性はみんなそうだ。それもわかっている。きっと夫がサラリーマンになれば、飲み会へ出席することも、仕事に疲れることだってあるし、開業すれば従業員とその家族を、自分の家族より大切にしなければならない瞬間さえきそうでもある。心の不満はいつだってないものに幻想していく。今の現状から解放されたとしても、状況が変われば違った悩みがうまれていく。それが人間でもある。私がいだいているこれはボクシングだけのせいじゃない。

じゃあ、夫はどうだろう。

これまでしんどい瞬間は何度もあったように思う。コロナに直面してジムが閉鎖になり、練習もできず、スポーツジムやスポーツ興行の開催は悪とされる毎日に二人で思い悩んだこともあった。そこから1年半ぶりにやっと決まった試合5日前に、コロナで実父を亡くし、感染すれば試合に出れないからと見送った葬儀だって、オーストラリア合宿中に亡くなった義祖父の葬儀だって、毎日毎日練習ばかりして、どんな時もボクシングだけを選んで置き去りにしてきた何かが、きっと夫の心のどこかにも残っている。

今部屋で待っている夫も、頑張るぞと強く燃えているか?決めたらまたすぐに燃えられるのか?といえばきっとそうではないように思う。夫の顔をしていたあの瞬間も同等に。だから私は自分の心の為にマネージャーの顔をしていたのだと思う。

・・・じゃあボクシングを、やめるの?やめたいの?

そう思うと、きっと私たち二人はいつも同じ気持ちでここまできている。だから心に何かを抱えながらも正解を探してしまうのだろう。私は夫のサポートをしていると感じていたけど、夫と等し並みにボクシングをしていたのだ。とても真面目に。

そっか。色んな気持ちはきっと誰の中にでもある。でもその中の1番の気持ちを大切にすることも難しくつらい瞬間だってある。どんなことを考えているか私には想像もつかないけど、だから夫も悩み苦しんでいる。

後悔してほしくないと思っているのは夫の為だけど、夫に最後の日までリングで笑っていてほしいというのは私の願いで。絶対に夢を叶えてほしいとも思っているけど、夢がどうたらなんてそんな重い話ではなく、ただ単純に、やりきったと自然とそういう気持ちに向いて引退してほしい。いつでも私の心は迷っているのに、いつも答えは決まっている。

デビューからの9年、最初から一緒の足並みで走ってきたわけではなかった。昔くだらなく稚拙な人生だった私の迷える感情を、いつでも夫が束ねてくれた。そんな夫のおかげで、そんなボクシングのおかげで、今こんなに素敵な私がここにいる。

今度は私がそんな夫とボクシングの気持ちを、束ねる手伝いをしよう。そう思うと涙が自然に引いていった。

これまでこの涙を流さなかったのは強い自分を守るためだとおもっていた。涙を流して弱い自分の存在を認めてしまえばもう、紡いだ糸が緊張の糸と一緒に切れてしまう気がして、向き合うことを避けてきた。でも違った。私が私を見てぬふりをした、そのせいで心が完全に枯渇して、私の心はもう辞めたいと唱えていた。私の手札には何枚ものカードあって、それは全部本音だった。でも「もう引退してほしい。」という本音のカードを使わなかったこともまた、私の本音だった。もし仮に「引退してほしい」というカードをあの夜に使っていたら、その場自分の言葉が未来の自分を傷付けていたと思う。

こんなことなら泣けばよかった。しんどい、つらいって。じめじめした涙以外の涙だってあるのに、強くいたいと拘った私は自分に嘘をついてきた。泣いてたっていいし、そんな感情を認めて労わりながらも、また笑顔で頑張ればいい。泣きながらも前を向いて生きてゆけるのが、私なのだから。だからこの気持ちに順位をつけずにいよう。

きっと、あの飲み干したビールの苦さがいつか懐かしくなる。私が選んだ「よし、もう一回頑張るか」が、未来の私をきっとそうさせる。私だって夫と一緒に¨未来どんな自分でいたいか¨を磨いていたら、きっとずっと一緒に頑張れる。

アスリートはみんな、必ず勝ちますという。でもそれもきっと、相手に伝えるためではなく、いつも自分のなにかと戦っているのだろうな。それをサポートする人間もまた迷って当然のことだ。

そう思ったらなんだかすっきりした気持ちで、絶対にまた頑張ろうといわせてやると思い部屋に戻った。気づかれないように顔をあらって、明るく帰国の準備をした。

**********

帰りの飛行機から降りたらDMが来ていた。

この他にもお前のせいで負けたなどの言葉が何通かに分けて綴られていた。驚きはしたが、何度も読めば読むほど、次第に安堵へと変わっていった。このヘイトは私自身にむいている。リカバリーという言葉を使う程度にはボクシングやスポーツに対する知識がある人が送ってきて、その見立てでいくと、夫のボクシングに失望する声ではなく、私自身の失敗をあざ笑っているらしい。本人らしいボクシングではなかったと論及されていて、竹迫司登のボクシングを否定しているわけではなかった。それだけで救われる何かがあった。

そこから一週間、夫にまだ続けようといわせるために、私もまた頑張ろうと自然に腰をあげられるように、とりあえず心を休ませてあげることにした。夫がしたいことはなんでもした。

山へいって
川へいって
海にも行った。

とりあえず自然と触れてゆっくりした時間を過ごした。進退のことも考えずに、ただただ解放された世界で。そこは私があの時泣きながら求めていたものでもあった。でもこの世界に住みたいと思ってはいないのだな、とやっと結論がでた。

そしたら夫が「俺、まだボクシングがしたいみたい」といった。
私は心の底から嬉しい気持ちで「さっさと練習いきや」といって解放された世界はある意味あっけなく終わりを告げた。

やると決めたら二人でボクシングの話しかしなくなった。これまでの穴埋めをするかのように、やる気がこみ上げてくる。あえて故意に遠ざけていただけで、最初からそこに気持ちはあった。

「やっぱりあの試合を俺の最後にしたくない」という夫に対して
「心からボクシングを続けたいと100%言えない自分もいる、だけどあなたに後悔してほしくないし、1日でも長くリングに立ってる姿が見たいと思っている私がいる」

と私も素直に伝えた。

でもそれでも結局二人でどんな話をしても、じゃあ次はどんな風に改善しようか?と話し合っているのだから、私たちの心はもう決断していたのだと思う。

YouTubeで続けると配信した後すぐ試合が確定した。2か月後に初戦が行われるプライズファイターというトーナメントの試合だった。

試合はとても思い入れのある日程だった。

2015年7月14日にデビューした夫は2024年7月15日でちょうどプロデビュー10年目にさしかかる日。そしてその日は竹迫司登の33歳の誕生日だった。最高の誕生日プレゼントだ、ボクシングの神様は竹迫を見捨てなかった。勝ち進めば、以前の地位までは取り戻せるだろう試合になる。

私は馬鹿だから、また夫に提案をする。

「ねえ、次の試合までは斎田会長に頼んで寮に入るのがいい。娘の遊んで攻撃もあるし、いえにおるより、ゆっくり自分のボクシングと向き合う時間が必要やと思う。」

「え?まゆもおんなじこと思ってた?」

気が合いすぎて、アナ雪の¨とびら開けて¨がかかり始めるんじゃないかと思った。夫からは言えないであろう事はいつだって私から提案してきた。

お金は気にせず海外合宿へいけ、合宿は一日でも長く学んで来い…

結局私は、自分で自分の首を絞めながら、この選択を選んだ。簡単な事だった。二人で楽しんだあの解放された世界には、たまにのバカンスに行ければいい。夫の心を燃やし続けるための風よけは、いつだって私でいたいと変わらぬ思いのまま。また紡いできた糸に火をつけて。

決めたが吉日すぐに夫は寮に入った。すべての時間をまたボクシングに費やするために。斎田会長はいつだって私たち夫婦のとんでもないアプローチも至誠に受け止めてくれる。トーナメントは翌年の2月まで続く。勿論優勝しようと思っているので、2月まで娘と二人暮らしでワンオペになる。ご飯は作りおきを寮まで届け、洗濯物を受け取り持って帰る。普通にハードな生活ではあるが、私は楽しみながら乗り越えている。時には友達にしんどいんやけど・・・と泣きつきながらも。

娘と二人で少しさびしさを抱えながら過ごす夜、娘の寝息を聞きながら、会場まで応援に来てくれていた、ギュンモからもらっていたメールにやっと既読をつけて泣いた。

私たちは言葉を交わせない。だけど同じ気持ちを交わしている。

竹迫がボクシングを頑張れるのは、貴方が心の安定を与えていることが大きい。アスリートにとって心の安定は何よりも大切だから。

沢山大好きなビールを飲んで、貴方のお腹に素敵な気持ちを膨らませていれば大丈夫。ずっと応援しているから。

(※以前の対戦相手です。また船をこぎだすまで~のnoteをご参照ください。)

言葉なんていらない。まったくもってその通りだと思う。翻訳アプリでしか会話ができない私の心を、こんなふうに按じてくれる人がいるのだから。そっか、あの夜大好きなビールを心に流し込んで、本当によかった。私は私の幸せを自分で集めながら、夫のボクシングをこれからも支えていく。例え心が嘆くことがあっても、枯渇せぬように、涙で濡らし、時にはビールで水をやりながら。夫と私の間にもきっと言葉はいらない。

これからどんな結果が待っていようと、
そこにどんなカードが現れようと。

おしまい。



***********

あとがき

本当に素直な気持ちを公開するのもどうなんだろうと思いました。スポンサー様や応援してくださっている皆様は、いつでも強い私を見てくださっていますし、もしかしたらこの気持ちは竹迫の邪魔になると判断する人もいるかと思います。でもいつだって、どんな生活をしていたって、家族を持つことは自分以外の誰かと連れ添い、心を共有しながら進む、選択の連続となります。この選択の連続が私たち夫婦の絆として、これまでの結果を産んでいます。お互いが違う人間だから、そのぶん葛藤の数も増えるけれど、そのぶん頑張る力と視野や行動量も増えます。

デビューから今まで、全ての結果は二人の選択からくるものだから、今後も夫婦の未来を、夫の結果を、よりよく幸せに作り上げていきたいと思っています。

  竹迫  麻裕子


また一万字でした!!!毎度私の気持ちは一万字・・・
読んでくださりありがとうございます。

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