早く冬が終わればいい。君を忘れられればいい。
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それは一昨年の七月に残された機械的なメッセージだった。メッセージといえるほど温度があるわけもなく、もちろん君が直接タイプしたものでもない。私たちに唯一残されていた(といっても、もう使い道のなくなった)電子世界の細くか弱い一筋の繋がりも、私の知らない間にふっと途絶えていたようだ。
あれから二年。いや、三年?時が経つのは早いし数年前の出来事は時系列がバラバラで、君と過ごした時間は終わったときには長く感じたけれど今振り返ってみればほんの一瞬だったように思える。日記を読み返さなければ詳細はもう思い出せなくて、君は全体的にどんな風だっただろうか。君と終わったたあと数人と、すれ違うような、とうてい恋にも毒にも薬にもならなそうな関係をもったりもした。君より顔が好きだと思う人や、君より気持ちいい人もいて、それなりに良い意味でも悪い意味でも心を揺さぶられる瞬間もあった。こうして君は過去の人物になっていって、やっぱり時の力は偉大なりと変に大人になった途端、君が消えた知らせを(それも一年半前にすでにそこにあった知らせをようやく)発見した。気づいた瞬間、心臓が、胸全体が圧迫されたような動悸。私ぜんぜんまだ立ち直れてない。
一ヶ月前には今年は暖冬かな?なんて油断したのに今年に入ったらしっかり骨から凍えるよう。ビル風が髪の一本一本、地肌の隙間まで冷気を暴力的に吹き付け、買ったばかりのウールのチェスターコートの前をかき抱いて、西新宿のビル群の隙間、信号待ちをしながら頭上の満月をみやる。早く冬が終わればいい。うっすら見えるオリオン座。地上から見上げる綺羅びやかなビル群の光、ネオン。無機質で圧倒感のある街全体。私はといえばパイソン柄のパンプスにカシミヤのマフラーまで巻いて、マスクの下にはもちろんシャネルのリップを引いていて、「できる女性っぽい」と君が評してくれたあのときよりさらに進化している。君を思い出させる象徴的なものはこの街や私の身につけているものの中にも一つもないのに、今日はあのメッセージを見つけてしまってから君のことで頭がいっぱいでまだ胸が痛い。なんて脆弱。いつになったら君は本当に消えてしまうのだろう。今日まざまざと思い出したことで、君を忘れてしまうこと、君が私の中から消えてしまうことに言いしれぬ恐怖を覚えた。まるで自分の命がいつか尽きることを本当の意味で突然理解してしまったかのような。
連絡してみたい。会って話したい。声が聞きたい。せめて今どうしてるのか知りたい。そんなことを伝えたり望んだりする権利もないのだけれど、思うのは自由だし。帰宅後そんなことを考えながらぼーっとしてたらあっという間に23時半で、今からコーヒーを飲むのも遅いからとホットミルクにほんの少しラム酒と蜂蜜を入れた。今夜は穏やかな気持ちであったかくして眠りたい。照明を落としてキャンドルに火を灯す。今なら私、君よりも自分を甘やかすことができるのに。
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