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恵比寿から六本木、一人夜の女の過ごし方

17時過ぎ、直帰するには早いけど急ぎ片付けなきゃいけない仕事もないし、たまには自分を甘やかしてもいいと──いつも甘やかしてるけど──オフィスに戻らずに帰ることにした。今日は水曜日、観る予定の映画は19時に六本木。まだ少し時間がある、来週に控えた君の誕生日プレゼントを買いに行くことにした。買うものはもう決まってる。あの人と同じ、ジョーマローンのボディ&ハンドウォッシュ ライムバジル&マンダリンの香り

あの人と同じものをプレゼントすることに深い意味はないけれど、あの人にあげたとき予想以上に喜んでくれた顔が忘れられなくて。あの人の代わりでいいからもう一度誰かのそんな顔が見たかった。それに多分君はあの人以上に大袈裟に喜んでくれるだろうし、早速使ってくれると思う。昔あの人にあげたプレゼントがクルマのダッシュボードに置きっぱなしになっていたことを思い出した。君はそんなことは絶対にしない。

恵比寿の三越に入っているジョーマローンでお目当てのものを買うと、店員のお姉さんによかったらお好きな香りつけていきませんか、と引き止められた。ちょうど時間を持て余していたしこれから一人とはいえ六本木に映画を観に行くのだと思うとほんの少し大人っぽくしたい気がした。おすすめありますか?と聞くと、逆にどんな香りがお好きですか?と尋ねられ、分かりやすく例えるならシャネルのNo.5が好きですと答えた。

果たしてお姉さんが持ってきたのはグレープフルーツの香りのボディクリームと、今月発売したばかりだというベチバー&ゴールデンバニラの香りというコロンだった。先に手の甲に下地としてボディクリームを塗り、その上から軽くコロンを吹きかけられる。香りをレイヤードさせるのだという。それは私にとって初めての方法だった。香りに奥行きがでて、手の甲を中心に上品で華やかな大人のヴェールを一枚かぶったようだった。まとわりつくしつこさのない、アロマのような自然な香り。非常に気に入ったので次回自分用に買おうと決めた。恥ずかしながらベチバーを知らなかったので調べたところそれこそアロマの精油としても用いられるウッディな香りの植物で、シャネルのNo.5のベースノートにも使われているとのこと。お見事。

そのままその足で六本木に向かい、ひさしぶりに来たヒルズを散策した。ビルの隙間に東京タワー。大好きな景色。ビル風になびいた髪を耳にかけ直すたびにいい香りがふわっとして、このまま君に会いたいと思った。君の香りと混じったらもっと素敵に違いないのに。

4時間経っても香りは衰えず、お風呂に入ったあとも微かに残っている。このまま朝まで消えないでほしい、そして君の夢を見たい。ぴったり隣りに座ってくれることや、エスカレーターを一段空けずに乗ってくれることや、もっと見つめ合う瞬間や、リアルに感じる君の体温を。ベッドの中で丸くなり手の甲の消えそうな香りを追いかけるように顔を擦り付けて眠った。

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