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足りない睡眠時間と、遥か彼方の星座

ここ数週間、原因不明の睡眠不足と頭痛に悩まされている。といっても偏頭痛持ちで月の半分以上の日数を鎮痛剤を飲んでやり過ごし、早く寝ようと23時にベッドに入ったところで夜中に何度も目を覚ます人生が20年以上続いているから、数週間前に睡眠不足と頭痛が始まったわけではなく、ここ数週間痛みに敏感になっているだけなのだろう。

桜が散り始めると、君と過ごしたあの春が否応なしに脳裏に暗く光る。咲き始めは少しも思い出さないのに、不思議だね。ふっと湧き上がる、やっと咲いたと思ったら一瞬で散っていくその寂しさが、きっと君との思い出のトリガーになっているのかも。役目を終えたピンクの欠片が目黒川を覆っているのを横目で見ながら、二人で見た散りかけの桜と、4月にしてはやたら暑かったあの日の気温を思い出そうと努力した。輪郭から透けていくように、君の存在が日を追うごとに溶けているのにはとっくに気づいてる。

しかしこれは健全なことだと思う。もう二度と会うことのない存在を頭の片隅にいつまでも置いておく必要はないんだし。ましてや肉親でも友達でも元恋人ですらなく、君はただ一度春を過ごしただけの名前のつけようがない関係の人なんだし。存在は消えながらいつまでも記憶が鮮やかなのは、あのとき以上に他人に強い感情を抱く瞬間がまだないからかもしれない。というか、もうそんな感情は二度と要らないかも。今すぐ会えたらとか、気持ちよすぎて幸せすぎて涙が出るとか、一緒になれないと分かって泣いたりとか、ね。あの日の風景が感情ごと、未だに夢に出てきたりする。

君と出会ったばかりの季節、ああ私、この人好きなんだと自覚して見上げた真夜中の空にはオリオン座がくっきり浮かび上がっていた。そのとき既に予感がしていた。この人のこと、もっと好きなる。そして、だめになりそう。まぁ、そんなのいつものことなんだけど。週末の甲州街道、クルマの騒音とピンヒールのコツコツ響く音が重なると素敵。このままいつまでも歩けそう、と思いながら君のこと考えたっけ。ふわふわの髪や、広い肩幅や、熱視線を。


で、桜はもうとっくに散ったし、オリオン座の季節もずっと先だし、君との思い出が一つもない夏が楽しみだな。もう思い出さなくて済むなら、それもいい。足りない睡眠時間を埋めるだけだから、と自分に言い訳しながら、頭に浮かんでる君の面影を今だけは残しておきたくて、朝日の差し込むカーテンをしゃっと閉めてもう一度ベッドに潜り込んだ。

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