台湾ホラー『杏林医院』がめちゃめちゃ惜しかった!という話(ネタバレ有感想・考察)
台湾ホラー『杏林医院』をNetflixで。
以前から“あなたへのオススメ”に出て来ててリスインしてた作品を、翌朝早起きしなくていい日が来たので深夜にじっくり観てみようかな、と。
端的に感想を言うと、個人的に、非常に“惜しい”映画だった。
要素の8割はもう大好きなものが詰まってただけに……。
たとえるなら、
“大好きなお肉と大好きな野菜を大好きな味つけで調理されている……のに、煮かた焼きかたがイマイチだったせいで美味しさ2割減の料理に仕上がってしまってる”
みたいな感じだ。
一応ネタバレ無しでざっと言ってしまうと、良かったポイントとしては、近年のJホラーがすっかり手放してしまっているテイストをかなり感じられた心地良さがあった事。
かつて『女優霊』や『リング』が開拓し一時期Jホラーの持ち味となった
「小さな恐怖ジャブ連打からのきっちりモロストレート」
のテンポだとか、因縁がらみの怪異とそのバックグラウンドだとか。
『呪怨』がこれらを、モロなオバケストレート連打&怪異にバックグラウンドはあるけどその過去がストーリーの謎解きにもならなければ、向き合いや歩み寄りの余地ゼロ、の作りにして以降、恐怖描写のインフレが始まったと私は感じていて。
今や、ストレートめだけどあまり怖くない怪異を、ラブコメやら実在のネット掲示板レベルの怪談テイストやらで希釈したような作風が平成後期のJホラーですみたいになってきてるなと若干辟易して(例外もたくさんあるけど。結局シュールや奇抜さに振り切った作風にできる白石監督作品だけが怖いのも怖くないのも安定して楽しいぜ、となって)いたわけで、そんな中、『杏林医院』の描いた怪異とその恐怖演出やデザインにはかなりグッと来るものがあった。
いい。普通に“怖いもの”とそのいい感じのバックグラウンドを見れた。
そもそもさあ、ここ数年、始球式にも出てる女芸人化したオバケが3Dで飛び出す様子とか、パンイチの白塗り男児を“怖いもの”として提供されて、よくそれを代表的日本のホラーとして受け入れていたよな?と、ふと我にかえったもん(笑)。
「そうだよ、私の好きな“怖い”ってこういうモンだろ!!」
となれた。これは個人的に素直に嬉しかった。
(一応、近年のJホラーを好きな人達を否定する意図は無いです。好き嫌いはそれぞれあっていいし、映画のトレンドは変わっていくので。『リング』だって親世代の話聞くと当時はかなり異色の作品だったらしいし)。
残念だったのは、時系列が漠然としか整理されてない事。
流れは一応ちゃんと理解できるんだけどきっちり把握しにくいと言おうか。
あと、ラストは多分、舞台となった病院が実在の現存する心霊スポットって事でああいう“余地”を残したのかな、と。
ここまで既に前置きが長くなってしまったけど、今回は『杏林医院』の簡単なあらすじと、ネタバレ有りの感想もこの後に書こうかな。
※始めにあらすじを書いた後、警告文を挟んでネタバレ有りの感想となります。
■あらすじ
台湾の廃病院・杏林医院。
夜中、取材に訪れたTVクルー達の姿があった。
レポーターの女性は語る。
かつてこの病院ではとある患者の少年が手術後に死に、それを悲しんだ母親が自殺、その後も首吊り・飛び降り・行方不明者が手首を切った状態で発見……等、不審な事件が相次いだ、と。
院内へ侵入し撮影を試みようとしたその時、何かに怯えて外へ飛び出したカメラマン。他のクルー達もそれを追って逃げ出す……。
また別の夜。
無人の廃墟である杏林医院にて、壮年の道士(道教廟や道教の神に仕える術師)の男性と、その息子アーホン青年は“客”を待っていた。
「死者に会える霊界ツアー」と称し、道士の父が企画したこの催しに乗り気でないアーホンだが、道士の後継として同行させられているのだ。
やがて客であるツアー参加者の二人が予定通り現れる。
一人は、亡き夫に会いたいというスー。
もう一人はスーより若年の女性で、亡き姉に会いたいと望むモン。
道士とアーホンの父子、二人のツアー客スー、モンは、この病院に所縁のある死者と対話するべく廃病院の中を進み始めるのだった。
※ここからは内容・キャラクター・ラストに言及する感想や考察となります!ネタバレ注意!!
□『返校』『怪怪怪怪物!』『呪詛』等と同じ、大好きな台湾ホラーの空気。ここではまじないパワーは存在する!
これら三作(『返校』はゲーム・ドラマ・映画全て)の台湾ホラーに共通する世界観として、
「呪術や道教のおまじないや霊符(おふだ)の効果は実在のものである」
というのがある。
たとえ全員がオカルティックな怪異の存在を信じきっていない現代においても、だ。
『返校』では霊符の貼られた場所が当たり前に霊的な影響を退けていた。
『怪怪怪怪物!』では呪術が事件として新聞に載っている描写がある。
『呪詛』では恐ろしい呪いが主人公達に降りかかり、それへの対抗手段として道教廟で術が施されていた。
まだ観ていないんだけど『屍憶』でもそんな
“民間呪術やまじないが普通に力を持って存在している”
現代が描かれているようだ。
この、
「それは普通に効果ある設定なのかよ!?」
となってしまう一見ファンタジックな作風。
日本人からしたら、貞子が出てきたときに陰陽道の霊符で身を守れるくらいのビックリ設定がある、くらいの感じだ。
これは台湾の人々にとって道教廟がとても身近で大切な存在であり、今でも民間呪術や縁起担ぎ、おまじないがかなり支持され生活に溶け込んでいる事に由来するのだと思う。
『呪詛』の記事でも触れたが私は古典風水(香港や台湾に残っている、中国生まれの元々の地理風水)をやや勉強していて、やはり台湾では現代においても風水を気にかける人が多いと聞いている(土地への風水単体でなく暦や生まれ年など他の占術理論とも組み合わされて用いられ、かなり適用範囲が広い)。
『呪詛』の元になった実際の事件も、道教の大いなる神である玉皇大帝はじめ何柱かの神が一家に憑依したといい、死者まで出たが法廷で無罪となった。これは歴史書に載る大昔の伝承でも何でもなく、現代の司法判決と報道だ。
つまり、科学万能の現代的な都市であり、かなりの学歴社会で人々の学力も高い台湾においても、それだけ神や呪術のパワーは日常に密着して同居し、排除されずに受け入れられ続けているのだ。
このあらわれが、霊符やまじないが当たり前に力を持つ台湾ホラーならではの世界観の所以であろう。
『杏林医院』では、陰陽の気の理論がそのままに現象に適用され、陽の気を持つ魔除けアイテムである午時水、陰の気を帯びる陰水が理論通りの働きをして主人公達を助ける。
ゲームの『ダークソウル』みたいに霊安室に入る(引き出し状になってるのね)所とかはかなりビックリしたけど。
「オバケ来たら息を止める」とか「死にきれない死者は生と死を繰り返し続ける」とかの台湾の考え方は、
「おっ!『返校』で見たやつだ!」
となれた。
□怪異のデザインとその背景の物語性の良さ
この映画で最もフォーカスされる怪異、いわゆるオバケは、車椅子に少年の人形を乗せた女の幽霊だ。
長い黒髪、白い肌と服、痩せ細った体。落ち窪んだ目には時折人のものではない光が宿る。
彼女はTVクルーのレポーターが冒頭で言っていた、手術後に息子が死に、失意のあまり自殺した母親の霊であり、アーホンとスーは彼女の悲痛な思い出の幻覚を目の当たりにし、追体験する。
この幽霊の儚げだが禍々しい佇まい、辛い過去を背負い未だ留まり続ける悲しさと、息子を模した人形を連れ、心臓手術が上手くいかなかった息子の為に生者から心臓を奪おうとする狂った魔物然とした恐ろしさ。
個人的に全てが大好きだ。
また、この幽霊の他にも、物語の中には
“こんなはずではなかった”
というやり場のない悲しみを抱えた者達が登場し、やがて彼女らの悲しみが地続きのものであると明らかになる。
心臓手術が上手くいかず息子が死んでしまった女。
絶望し女が焼身自殺したことで火災に駆けつけた本来の執刀医が負傷し、代理の医師が夫を担当する事になったスー。
代理医師の手術ミスで夫を失ったスーが病院に抗議したことで心を病んでいき自殺した、担当看護師であったモンの姉。
幽霊の女、夫を失ったスー、姉を失ったモンの悲劇は全て、雪崩れるように起こった
“こんなはずではなかった”
の連鎖の中で繋がっていたのだ。
そしてスーは手首を切り、夫の亡霊に、伝えたかった言葉を告げる。
モンは孤独な亡霊となっていた姉にひっぱられる形で、姉のしたように窓から飛び降り後を追う。
アーホンの父である道士は怪異の中で末期がんの体が限界を迎え、道士にならずともいい、自由に生きよと息子に別れを告げた。
今までは道士を継がず台北に行くと反発していた息子アーホンは、父の最期の言葉に
「道士の仕事を教えてくれ」
と涙する。
しかし生き残ったアーホンにももう、病院の闇から戻るすべは無かった。
かつてこの病院で起きた悲劇は幾つもの悲劇を生み、廃墟となってからもまた新たな悲劇を生んで闇の中に内包していく。
その扉の前に、映画冒頭のTVクルーがやってくる。
病院に踏み込んだカメラマン。その体をアーホンの体がすり抜ける。
カメラマンは何かに怯えて飛び出した……。
□時系列の考察と整理。整列するけども散らかりは片づかない
つまり、
①男の子の心臓手術失敗と母親の自殺(1991年)
↓
②直後、スーの夫の医療ミス(同じ1991年)
↓
③モンの姉がスーのクレームによる 心労で飛び降り自殺(年代不明だが②からそう時間は経っていない)
↓
④アーホンら四人の霊界ツアー(1991年からどれくらい経過したいつ頃?モンが回想シーンからそこまで年をとっていない為開いていても数年であろうが、ただし病院は既にガチ廃墟)
↓
⑤TVクルーの取材(現代ないし④の直後)
という順番で起きている、という事だとは思う。
それぞれの間隔がはっきりとは不明なのが難点であり、更に冒頭の新聞記事の
「地下室の配線から出火」
に何の関係があるかが分からない。
(途中で霊が見せた火災がこれだとしたら、③のあと地下室の配線から出火した事が病院が廃墟になった理由か?)
所々に出てきていた出生記録や奇形児らしき写真も関係があるのか、ただの恐怖盛り上げ思わせ振り調味料なのか不明である。
そうなのだ。
オバケ周りや悲劇がひとつなぎのになるキャラクター達の因縁は良いのに、舞台となる病院に関しての情報が散らかっている。
黒い煙みたいのが顔から出る現象とかそれらの霊みたいのとか、火の幻影と、その中にいた顔面ぐちゃぐちゃの人とかは何なの?
そして、スーがわざわざ目をやる出生記録の貼り紙は前述のように伏線でも何でもない味つけだったとして、オープニングの新聞記事に紛れている
「赤い服の女の首吊り」
がストーリー中全く絡んで来ず、やはり本筋に関係のないただの味つけかと思いきや、しかしこいつはいますよ!!!!
という唐突なラスト。
初めにも書いた通り、このあまりに脈絡のない終わり方は、杏林医院が今も実在し心霊スポットとして知られている為、
「映画で見せた人々の悲劇だけじゃなく、未知のヤバいオバケもまだまだいるよ……」
という含みなのかなと。
現実に存在し続けている心霊スポットだから、怪異を解決しきらない・説明し尽くさない、映画のオバケが全てじゃない……みたいな。
最後にジャンプスケアありがとうございました。
ストーリーをより散らかしたけどな。
まあ赤い服の女はトリックスター的な要員だったとしても、4人が病院にツアーで来たタイミングが一連の流れの中でどのあたりなのか、は、はっきり分からせて欲しかった。
『クワイエット・プレイス』方式で“○年後”みたいなのを挟むとか、ドラマ版『返校』みたいに“○○年”みたいにちらっと出すだけでもかなり違ったのに。
(カメラの画面とか見たら日付とか出てたりするかな)
4人のツアーがTVクルーの撮影より前の事ですよ、というのを最後まで明かしたく無かったんだとしても、
“このあたりで病院がこうして廃墟になりましたよ”
というのは提示して欲しかった。
し、繰り返しになるが、ツアーに来たスーが夫の生前の回想シーンと比べてもそこまで年をとったように見えないので、連鎖した焼身自殺→スーの夫の死→モンの姉の死、からツアーまではそこまで時間は開いていないはず。
にも関わらず病院の荒廃っぷりが凄すぎるし、そんな短時間のうちに病院が廃院になったなら、病院に夫の無念や医療ミスの申し立てで執着していたスーが廃院の理由を知らないのは不自然な気がする。
作品のトロの部分とも言えるどんでん返しだろう、時系列を前後させた構成への気づきにたどり着いた観客が内容を整理する程に、謎というか粗が見えてしまうのは、この作りの映画としてはかなりマイナスポイント。
自らトリックを仕込んでおきながら、答え合わせができた後に雑さを見せてしまう。
オバケや雰囲気、呪術アイテム等細部まで気に入っていたので、目を凝らして没頭していたつもりが、目を凝らす程に没頭する程に首を傾げてしまう点が目についていくので、散らかり感はどうしても拭えない。
ライターが何であんなとこにとか、病院(の異次元?異界?)に閉じ込められた4人が急に集合して整列してる所とか、
「ん?ん?ん?」
みたいになる所も要所要所にあり(笑)。
しかもそれがなかなかにデカいポイントなのよ。
アーホンだけ死んでないのに病院から出られないのも、普通に生還させても何の問題も無かっただろうに逆に何故病院に残留してるのかも、ストーリー考察としても脚本としても疑問。
この作品、ホラー映画の見所である「オバケの見た目と出自」「雰囲気」「恐怖描写」と、台湾ホラーの特徴とも言える「おまじないパワーの実在」は全てかなり好きだった。
それだけに、ストーリーの片づかなさがどうしても残念。
画的な表現も、たとえば死んだままその場に残り続けてるハエの死骸が主人公達や幽霊(死して尚病院に留まっている)を現しているようなのも良かった。
懐中電灯を持ったスーの視角~ぐるっと全体をカメラが映してスーの背後からの角度になり、同じく懐中電灯を持つアーホンの姿を映す、みたいなシームレスな画面の移り変わりや、鍵穴を通り抜けるカメラワークとかも不思議で好きだった。
本当に本当に、ストーリーの散らかりが整理されきらなかったのと細部の雑さが残念でならない。
幽霊は本当に好き。
あの弱々しい佇まいなのに念力と、素手での心臓摘出能力ある幽霊だもの。
女芸人と化して始球式に出てるやつとか、パンイチの白塗り男児とかが可愛く見えちゃうね。マジで。
日本の名だたるスターオバケ達よ、おもしろボケし過ぎないでくれよな!
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