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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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人狼を生むということ、人狼に生まれるということーー映画『狼チャイルド』の悲壮美

いわゆるユニバーサルモンスター、ユニバーサルスタジオがホラー映画の中で描き、土着の伝承や文学のキャラクターに固有イメージを世界的に固定した怪物の一つに“狼男”がある。

人が限定的に(限られた状況下で)獣の様相を呈する、という伝承は、時に吸血鬼だとか、時に憑霊だとかの要素を含みながら世界中に点在している。
狼系の変異だけでも、ヴコドラクやルーガルー、ライカンスロープなど、類似にして地域性豊かであったそれらが、ユニバーサル映画『狼男』のヒットと浸透により“おおかみおとこ”という言葉一つでイメージを説明できるまでにメジャーになり、
「普段は人間の姿」
「咬まれた者も狼人間になる」
「変身中は凶暴な人格となる」
「銀でダメージを与えられる」
「満月を見ると変身する」

といった創作作品由来の性質をもって認識されるようになった。
そして今日、様々なファンタジー映像作品や、漫画やゲームにおいて人気のモチーフとなっている。

日本でもアニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』がヒットした。
この作品はユニバーサル映画のように狼人間の恐怖を描いたものではなく、周知の通り人狼と人間の間に生まれた半人半狼(クウォーター狼)の二人の子供の葛藤や衝突を描いたものである。

……が、ここで個人的な話、私はこの映画が好きではない。
私自身の価値観として、男女の愛や妊娠が「理屈より先にくるもの」みたいな類いの愛情讃歌を倫理上持ち合わせていないというのもあるし、理屈より先に動いた愛ゆえに、その親の子供達が抱えてしまった苦悩だとか至る選択にも、全くカタルシスを感じなかった。

断っておくけど『おおかみこども』やこの映画が好きな人が駄目というわけではない。
こういった愛情讃歌や親子愛を是として描ききった映画として一つの形に完成された作品だし、この作品の語ろうとしたものを倫理的・感情的に素晴らしいと感じる人が多いのも悪いことではない。
ただ、私の倫理感や価値観とは合わなかった・だから私は好きではない、というだけの個人的好き嫌いの話だ。

(これは常日頃思ってるのでついでに書いておくけど、
自分の好きな作品を「嫌い」「面白くなかった」という意見を見聞きするとそれを「攻撃」とか「作品とファンへの否定」と感じてしまう
人は、創作作品つながりで人と関わるの向いてないのでやめた方がいい
です。
傷つきすぎるだろうし、嫌な思い多くするだろうし、他者の好き嫌いを容認したり尊重出来ないのは芸術鑑賞とは違う気質すぎるから、一人で楽しんでいた方が精神衛生上幸せだと思う)

でまあ、『おおかみこども』の感想は詳しく書かないけど、私がこの作品に対して「うーん……」ってなった所を良い感じに描いていた一つの形がアンディ・ムスキエティ監督の『MAMA』のラストだったんだよね。これは大好きな作品。


前置きが長くなったが、そんなこんなで、最近は狼男の登場するホラー映画も観てないな~と思いU-NEXTを物色していたら、
『狼チャイルド(原題:Good Manners)』
なる映画を発見(多分存在は以前目にしたことがあった気がする)。


日本版ポスターより


フランスとブラジルの共同製作映画で、タイトルの如く狼男の子供をテーマにしたダークファンタジー。

フランスとブラジル!?
作品の個性が読めない。アートっぽいのか陽気なのか!?
サムネイルビジュアルの毛むくじゃらの手になかなかの雰囲気と気合いを感じ、作品解説を読む限り恐怖映画ではなさそうな所にも興味を持って早速観てみたのだが、これはなかなかに凄かった。
美しい映像によって物語られる、逃げや美化の無さの尺度が私の好みに丁度合っていた、という感じ。

今回はそんな、ダークファンタジー映画『狼チャイルド』の話。
ホラー映画成分は少なく、恐怖より悲哀やシビアさに重点が置かれているので、怖さを期待して観ると拍子抜けかも知れない。とは言えきちんとした流血やグロテスク描写はある。
しかしかなり展開はスローなので、やはりホラー成分目当てで観るには長いかも。
『ぼくのエリ』が好きな人にはオススメです!

※あらすじを書いた後、警告文を挟んでネタバレ有の感想となります。

■あらすじ

貧しい女性クララは、家族もおらず、家賃すら払えない生活の中、家政婦としての働き口を見つける。
雇い主は独り暮らしの若い未婚の妊婦アナ。
出産にそなえ、すぐにでも住み込みで働いて欲しいとの要請で、クララはアナと暮らし始め、仲を深めていった。

しかし時折、アナの様子がおかしい。
夢遊病の疑いを抱いたクララは心配になるも、アナの行動はエスカレートしていき……

そして迎えた臨月のある夜。
胎児によってアナの、そしてクララの運命が一変する。

「人狼の親になる」ということ。
「人狼として生まれる」ということ。

巡る月と年月の中で、母子は人間社会で親子として生きられるのか。


※以下、作品の展開やキャラクターなど内容に触れて感想を書いていきます。ネタバレ注意!!


□じっくり見せる二部構成。映像が、音楽が、幻想と現実を溶接する

まずこの映画、展開がめちゃくちゃゆっくり。
135分ある映画のうち約半分まで狼男は現れない。
妊婦と家政婦の日常生活や世間話と、二人が体を重ねるまでに仲を深める過程がじっくり丁寧に描かれていく。
(これはストレートの男女の方々にはどうなのか分からないんだけど、L達は妊婦と女性のラブシーンは結構地雷な人多いよね多分。私『ソドムの市』よりキツかった)

そして後半は、アナの命を奪って生まれてきた狼男の子供ジョエルと、彼の母として7年生きてきたクララの物語にシフトする。

二部構成とも言える作りの映画で、その前半・後半一貫して、映像の美しさは本当に素敵だった。
人物の横顔の捉え方だとか、表情の変化をじっと見つめるような構図、風景の中の人物の雰囲気など。
アナの回想が絵本調の絵で語られるのも、幻想的な美醜があって象徴的。
そして、所々に流れる音楽や歌が人物の状況や心情に重なり雄弁に物語る。ミュージカル調に当事者に歌わせるのではなく、時に脇役の口ずさむ歌だったり、テレビから流れている曲だったり……というのがオシャレ。
嫌なオシャレ感ではないな、と思えるのも、お金や人間関係で息苦しい「現実」と、狼男のいる「幻想(的世界観)」との融合がかなり美しくまとまっているからだろう。
オシャレ感がスベってない。
これは、幻想要素や母子の種族を超えた愛だけをこれ見よがしにピックアップし、悲劇だとか美談に都合よく振り切らない、淡々としたシビアな物語性の塩梅の絶妙さのなせる技のように私は感じた。
(アート構図+美談+歌、とかだったら完全にスベってると感じて嫌になってたと思う)

そして台詞や動作の「間」の取り方がなんと言っても印象的だった。
これは、この映画を「スロー」と書いた原因の一つでもあるんだけど、
台詞→台詞→間→台詞→間→→カット切り替わり
みたいな。独特のテンポに、俳優さん達の表情の演技。特にジョエル役の男の子の目の演技は凄い。

めちゃくちゃ美しいシーンがたくさんあったけど私の一番のお気に入りは、前半ラストの川辺のシーン。
闇と向こう側の夜景、手前を画面前に向けて歩き去ろうとするクララ、静謐で美しいBGMの音色の中で、クララの手で茂みに捨てられた狼人間の赤子がひたすら泣き叫び、クララが思い直して足を止め、少しの静止、そして振り返る。

この川が、オルゴールなどと同様に、映画の前半から後半をまたぐ象徴的な要素になっていると後から分かるのもまた良かった。

狼男の造形もかなり好き。
グロテスクで醜いんだけど、ギリ可愛くも見えそうな絶妙さ。

□流血、不信、偽り、殺害。人狼は人とともに“あれない”という現実

この映画で私が最も打ちのめされ、いいな!と思ったのはここだ。
どんなに親が我が子として愛そうと、人狼は人として生きられない。
それは子供が人になりきれず、血肉を食らい凶暴化するということだけではなく、親の側も。

我が子の一面を世間から隠す為に、嘘をつき、他の子供達のように自由のない生活を強制し、虐待に近いくらいの拘束を行わねばならない。人狼の少年が「人らしい人」として生きられないだけでなく、母親も「親らしい親」として生きられないということだ。

この残酷な真実を、映画は隠しもぼかしもしない。
身籠ってから大切にしてくれた母親であるアナの腹を引き裂き、殺して生まれてきた赤ん坊。
その子は狼男と化し友達を食べた。
クララは母親として、我が子ジョエルの秘密を世間から隠してきたが、隠しきれなかった。そして被害者を出し、ジョエルの正体が人々に知れ渡った。

そう、この物語の世界の摂理では、クララがどうしたい、とか、ジョエルがどうしたい、なんてものは関係ない。
「人狼は人の社会で、人として生きられない」
それは覆らないし、母子の感情にフォーカスしてカタルシスを散布する暇もなく常に語られ示されるのだ。

少年ジョエルは「アレルギー」だと母に嘘をつかれ、本能を抑える為にだろう、肉食を禁じられ不味い野菜ばかりを食べさせられてきた。
ある日口にしたステーキの味と、肉を食べてもアレルギーにならない、という事実が、一気にクララへの不信に変わる。
物語ではここが、人狼の子が人間の母親と暮らす事の限界・破綻となっていたわけだが、観る者の多くはここで思い出すだろう。
人狼の子と人間の母親という「母子関係」は成立しないものなのだと。
そもそも人狼は母体の命を奪って生まれてきたではないか。
人が人狼の母親になれないのではない。人狼が人の母親を持たない、人の母親とはともに生きない生物なのだと。

だからこそラスト間際の狼ジョエルの仕草が奇跡のように意味を持って映る。

(母体を引き裂いて殺し生まれてくるため、人狼は母親を持たないものだと考えられる。ジョエルのように臍の緒が巻きついていなくても人の社会では生まれて間もなく死ぬか、自力で餌を探すかのどちらかっぽいよね。母乳でなく血をすする赤子であるみたいだし)

でも、かなり徹底してこのシビアさを描いてきただけに、ラストをあそこで切るのは普通に納得いかない。
殺されるにしろ、殺すにしろ、そこはきちんと描いて欲しかった。
描いて描いて、クララは綺麗事や理想の通りにはこの子とは生きられないよ、とさんざん明確に示してきた中で、ジョエルが最後に「狼男の状態でもクララを母と認識したような描写」が劇的であるのに、何故その後の行動を描かずそこで切ったのか。
シビアな提示を一貫してきただけに、このラストシーンの切り方は本当に納得いかないし好きではなかった。ここだけが残念。
最後の最後で“含み”や“ぼかし”はちょっと卑怯というか、これは逃げだよ……と思ってしまった。

□現代を舞台にした素晴らしい悲壮のダークファンタジー

noteでも何度か書いてるけど、伝説の怪物に関して冷やかしのない描き方(B級ホラーのチープさを出す自虐的なコメディ要素は別。あれは好き)をしている映画が個人的に好みである。
大真面目に「人狼」の物語を描き、それを怪物としてだけではなく“生物”として、人であり狼であるものが実際に生まれるとしたら……という所から、ストーリーでなく妊婦の描写にまで掘り下げていった所は本当に好き。
変な造語を使うけど“幻想的リアリティ”とでも言おうか。この作品のホラー描写としては、狼男に変身するジョエルの姿や行動だけでなく、妊婦のアナに起こる異変も込みで愛着が湧いた。
“もしも”という「幻想」をリアルに、そして「現実」的な側面からシビアに描いたこの映画のバランス感覚のようなものを、上手く言葉にできないが私はとても凄いと思っている。

MAN WITH A MISSION大好きな私が初めて狼男にカッコよさを上回る恐怖を感じた記念すべき映画!
オススメです!











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