見出し画像

同居人

「大好きな先輩とデートする事になったから、そのための服を揃えたいの。だから付き合って!」

 前日に突然そんな電話を掛けてきた親友のまゆみ。
仕方なく付き合ってあげることになり、駅前のバス停で12時に待ち合わせをした。 

当日、私は少し早くバス停の前に着くと、本を読みながらまゆみのことを待っていた。
しばらく読み進めた頃、時計を確認するとすでに待ち合わせ時刻を10分過ぎていたが、まゆみの姿はどこにもなく、遅刻なんて珍しいと思いつつもまた本を読み進めた。

 20分過ぎてもまゆみは現れず、私はまゆみに電話を掛けた。
しかし、繋がったのは留守番電話サービス。
まゆみ本人には繋がらなかった。

 「もしかして、歩いていて気づかないのかな」

 そう思い、私はメールを送ってみた。

 
《もう着いているけど、どうしたの?》

 すると、まゆみからすぐに返信が届いた。

 《家にいるよ》

《寝坊? せっかくの休みに付き合ってあげるんだから早くしてよね》

 まゆみが寝坊なんて珍しいなと思いながらもそう返信をすると、またすぐにまゆみからメールが届いた。

 《家にいるよ》

 同じメッセージだった。

僅かに違和感を覚えつつも、家で何かあったのかもしれないと心配になり、私はまゆみのマンションに向かった。

まゆみの住むマンションは駅から10分ほどの距離。
部屋は505号室。
私はドアの前に立ちインターホンを鳴らした。
けれど、一向に部屋からまゆみが出てこない。

 「(もしかして寝た?)」

私はもう一度インターホンを鳴らした。

すると、今度はインターホンのスピーカーからノイズ混じりに「はーい!」という女性の声がした。

「来たよ!」

スピーカーに向かって私がそう返すと、さっきよりもひどいノイズと共に、

「今、行クネ」

という、今度は野太い男性の声が聞こえた。

「(えっ、誰今の。まゆみの彼氏?)」 

スピーカーからノイズと男性の気味の悪い笑い声が聞こえ、私は思わず後退りをした。

 その時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、まゆみが廊下の先からこちらに向かって歩いてきた。

 「え、まゆみ?」

 インターホンのスピーカーから聞こえた女性の声はまゆみだと思っていた。なのに、まゆみは廊下をこちらに向かって歩いてくる。
部屋を間違えたのかと表札を見ても、確かにまゆみの名前が書かれていた。私はドアから離れ、まゆみの方に歩み寄った。

「どこにいたの?ずっと待ってたのに!」

 「私はバス停の前に待ってたよ」

 「嘘言わないで。私だって北口のバス停に10分前には着いていたんだから」

 「え、南口でしょ?」

 「は? でも、まゆみから家にいるってメールが来たよ」

 「私、メールなんてしていないよ。だって、スマホを家に忘れたの気づいて、こうやって取りに戻って来たところなんだから。誰かのメールと間違えてない?」

 「そんな事ないよ!」

 私は自分のスマホを確認した。
すると、やはりメールはまゆみから送られてきたもので間違えはなかった。それをまゆみに見せると、まゆみは怪訝な表情を浮かべた。

そして、インターホンから聞こえてきた男性の声。
「部屋に誰か男の人いるの?」と尋ねると、まゆみの顔は一気に青ざめた。

「部屋には誰もいないよ!!変なこと言わないで!!」

そう叫ぶまゆみの肩は少し震えていた。

 「でも確かに声が聞こえたのよ。不審者かもしれないし、警察呼ぶ?」

 「誰もいないし、無駄だから」

 と言って、まゆみは震える手でドア穴に鍵を挿し込んだ。

ガチャ

鍵を開けると、ゆっくりとドアを開けて中の様子を伺いながらまゆみが部屋に入って行った。
私もまゆみの後に続いた。

 2DKのどの部屋を見てもスピーカーから聞こえた男性の姿もなく、「はーい」と返事をした女性の姿もなかった。
まゆみのスマホは寝室のベッドの枕元にあった。
メールを確認すると、私からのメッセージの後に返信された痕跡があった。

まゆみは言った。
この部屋は少しおかしいと。
夜中に部屋で物音がしたり、足音が聞こえたり、時々誰かの視線を感じる。
盗撮されているのかと思ったが、それらしき機械は見つからなかったという。

まゆみは私にまで『部屋に誰かいる』だなんて言われたら、ますます気になってしまうと嘆いた。
この部屋はまゆみの親戚が管理する物件で、厚意で家賃を安くしてもらっている。
それ故に簡単には引っ越せないし、事情を伝えることも躊躇しているという。

「まぁ、今のところ害はないからいいけど」

まゆみはそう言った。

 それから私達は部屋を出て、当初の予定通りショッピングモールに出掛けた。
まゆみはとても楽しんでいた。
両手いっぱいに買い物袋を持ち、あの部屋に帰っていった。 

夜になり、何となく心配になった私はまゆみに電話を掛けた。
電話に出たまゆみの声は明るく、私の心配を他所に明日が楽しみで仕方がないという感じだった。
そして、話は憧れている先輩への想いや惚気話になった。

すると、電話の向こうで今までなかったノイズが混ざり始め、まゆみの言葉が聞き取りづらくなった。

私が「ノイズでまゆみの声が聞こえない」と伝えても、まゆみは先輩とのことを話し続けた。

その時、電話の向こうで声がした。

「許サナイゾ」

 その声は、インターホンのスピーカーから聞こえたあの男性の声に似ていた。

 「ねぇ、誰かそこに居ない?」

 そう尋ねるも、まゆみは話を聞いていないのか、それともこちらの声が聞こえてないのか、ひとしきり話し終えると「明日、早く起きないとだからおやすみ」と、一方的に電話が切れた。

翌朝、まゆみに電話を掛けてみると、いつもと変わりない様子でデートに出掛けて行った。

  

その二日後だった。

夜遅く、まゆみから電話がかかってきた。
電話に出ると、まゆみはひどく動揺している様子で私に助けを求めてきたが、早口な上に支離滅裂で何もわからず、私は何とかまゆみを落ち着かせた。
そして、まゆみは何が起こったかをゆっくりと話し始めた。

 その夜、ベッドで寝ていたまゆみは寝苦しさを感じて目を覚ました。
薄暗い部屋の中、ベッドの横に大きな人影が見えた。
暗さに目が慣れた頃、それが自分を見下ろして立っている大柄な男だとわかり、まゆみは助けを呼ぼうと声をあげようとしたが、何故か声を出すことが出来なかった。

すると、大柄な男はまゆみの首に手をかけた。
太い指が首を圧迫し、まゆみは恐怖と苦しさの中で悶えながらも、枕元に置かれた時計や手鏡を大柄な男の顔に向かって投げつけた。
一瞬、大柄な男の手が首から離れ、その隙にまゆみは逃げ出すことが出来た。
そして、近所の交番に駆け込み助けを求めたという。

 
まゆみは数日、入院することになった。
病室に見舞いに行くと、まゆみの首元には包帯が何重にも巻かれていた。
話をしているうちに、しだいに笑顔を見せるようになった。

そこへ見知らぬ男性が私たちの前に現れた。
その人は、まゆみが助けを求めて駆け込んだ交番の警察官だった。

まゆみが男に襲われたあの夜、警察官が部屋を到着した時には男の姿はなかった。
だが、どこかに隠れている可能性もあるとして、身を隠せそうな場所を調べていた。

その中で、警察官は寝室の天袋が気になり扉を開けた。
奥行きのある天袋は真っ暗で何も収納されていないように見えた。
だが、持っていたライトで奥を照らすと、白い陶器のようなものが置いてあった。
取り出してみると、それは古い骨壷だった。
中には真っ黒くなった遺骨が納められていたという。

それを聞いた私は背筋が寒くなり、まゆみの顔も青ざめていた。
天袋は高い位置にあり、身長が届かないまゆみは天袋を一度も開けたことがなかった。
だから、骨壷の存在も知らなかった。
大柄な男は見つからなかったが、骨壺は然るべき場所に預けると言って警察官は帰っていった。

骨壺と大柄な男が関係しているのかどうかはわからないが、まゆみの前に大柄な男が現れることはなく、部屋の不可解な音もなくなったという。

ただ一つ疑問なのは、インターホンのスピーカーから聞こえた女性の声は何だったのか。

それは今でもわからないまま。

この記事が参加している募集

#ホラー小説が好き

1,082件

よかったらサポートお願いします(>▽<*) よろしくお願いします(´ω`*)