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「きみは流産しないでね」と上司に言われた翌月に退職し無事に出産した話


この会社やべーよ、と思ったある事件

わたしがフリーランスになったのは約20年前の2006年12月、当時わたしは妊娠5か月でした。その直前まで、派遣社員として働いていました。
千葉の船橋~新宿まで通勤していましたが、妊娠がわかった10月から離職する12月末までつわりが続いたので、仕事は好きでしたが、8時間の拘束時間と正味3時間の通勤(帰宅)時間がつらすぎて、1日でも早く辞めたいと思っていました( ;;)

それでも、日に日に大きくなっていくおなかを抱えながら、這うようにして出社していたある日、派遣先の指示者である総務部長に「ちょっと話があります」と、別室に呼ばれました。

嫌な予感がしました。
その会社は機械製造がメイン事業で、典型的な「昭和的男社会」です。加えて、社員百人中15人ほどいる女性スタッフも、ほぼ全員が30~40代の独身女性でした。
なので、当時は私以外に妊婦さんがおらず、ワーママさんもいませんでした。
あまつさえ女性社員のなかには、私のお腹を見て目を剥く女性もいました(あの形相は一生忘れられません(^_^;))。
むしろ既婚の男性社員のほうが「おなか、ずいぶん大きくなったね」「つわりがしんどかったら早退しなよ」などと気さくに声をかけてくれました。

話は少し遡りますが、その年のGW明けに正社員の女の子が退職しました。理由は「切迫早産」です。
私が1月にその会社に入ったとき、同じ部署で2歳年下の彼女だけが女性の既婚者でした。そして彼女は第一子を妊娠していて、出産予定日は8月ということでした。

かわいらしい見た目とは裏腹に、とても理智的で仕事ができる女性でした。
社内の評判も老若男女問わず高く、私もあっという間に打ち解けました。
(ただし彼女も社内の女性たちにはいろいろ思うところがあったらしく、仕事中にメールで「難しいよね~お局さまは」(実際はもっとエグい内容)などと愚痴をこぼしてきました)

彼女は出産前月の7月に退職する予定で、煩雑な総務の仕事を着々とこなしながら、大きくなっていくおなかを時おり愛おしそうになでていました。

ところが、です。
GW明けに出社すると、彼女がすでに退職したという話を聞きました。
いきなりなので後任探しに困り果てている、とりあえず派遣で充当すると、彼女の直属の上司である総務課長(40代)がブツブツと不満そうに呟いています。

退職の理由はすぐにわかりました。上に書いた「切迫早産」です。
さいわい、赤ちゃんは生まれましたが、出生体重300gほどの超低体重児でした。

私の隣の席だった中国人の男性社員(20代)は、ブツブツ言っていた総務課長に対する憤りを私にぶつけてきました。
「toiさん、僕は信じられませんよ! 出産でたいへんなことになってる女性に、あんな文句を言うなんて!」
余談ですが、その後彼も胃潰瘍で入院してしまいました。そして総務課長らは、そのことに対してもブツブツ文句を言っていました。
親しかった同僚2人が立てつづけにいなくなり、私はこの会社の前途のなさを感じていました。

「俺だったら殴りこんでる」滅多に怒らないダンナが唸った

切迫早産した彼女とは個人的な連絡先を交換していなかったので、それ以上のことはわかりませんでした。
ただ一度、彼女から社内一斉メールで、何本ものチューブに繋がれた赤ちゃんの写真が送られてきました(退社した社員がそんなことするなんて、今だったら大問題ですよね……)。
赤ちゃんの姿はもうなんといったらいいか……とてもとても小さくて、肌が白く透き通っていて、まるでお魚みたいだなぁ……そう思ったことを覚えています。

彼女がどんな目的(気持ち)でわが子の写真と「生まれました」の出産報告メッセージを一斉送信したのかは今でもわかりません。
そのひと月後、彼女は一人で来社しました(赤ちゃんは一命をとりとめ、依然としてNICUに入院中ですが、今では倍以上の体重まで成長したとのことでした)。
彼女は以前とまったく変わらぬ笑顔で上司に挨拶したり、私や女性社員たちとはハグをしたり、後任の派遣社員(20代女子)にも挨拶していました。

最後には出産・快気祝いの大きな花束を持った彼女とみんなで、記念撮影までしました。
でも、その間いちども、誰も、彼女にあのメールのことを聞く人はいませんでした。
彼女に対してブツブツ言っていた総務課長も、調子よくにこやかに「〇〇さん、お母さんになったんだね、おめでとう!」などと言っていました。たぶん、写真のことが話題に出るのを一番恐れていたのは彼だと思います。

なぜなら、彼女が切迫早産をする4月末まで、彼女の仕事量がまったく変わっていなかったからです。連日、夜8~9時までの残業で、時おりしんどそうにおなかをさすっているのを私も見ていたし、彼も気づかなかったはずはありません。

「俺がその人のダンナだったら、会社に怒鳴り込んでたかもな」
のちに私のダンナはそう言いました。
「じゃあ、赤ちゃんの写真を送ったのは、旦那さんの考えなのかな? 上司や会社への恨みを表すために」
わたしが言うと、ダンナは「そこまではわからないけど」と首を振りました。

いまでもわかりません。
わかっているのは、その会社が「安心して出産できない会社」だということです。

おっきなおなかで新しい木に飛び移る

話を戻します。わたしが2006年11月、その会社の総務部長に呼ばれたときのことです。
部長「いま、妊娠何か月だっけ?」
わたし「おかげさまで、4か月まで来ました」

部長はしばらく黙ってから、バツの悪そうな笑顔で言いました。

「きみは流産しないでね。きみに流産されちゃうと、僕の部署で3人目になっちゃうから」
「……………………はあ」

GW明けに退職した彼女は流産じゃなくて切迫早産なんですが……
というツッコミはやめておきました。
とにかく彼女の前に、この部長の元で流産した妊婦さん社員がいたということです。

これ以上この会社にいたらヤバい。
下手したら彼女たちの二の舞になる。

(ウソップばりの)やべえセンサーが発動したわたしは、
部長のそのひとことでこの会社を退職することにしました
(派遣なので正確には「契約更新拒否」です)。

12月末の契約期間終了を前に、
在宅勤務をメインにしている
校正会社の求人面接に行きました。
結果は合格で、以来現在まで20年のお付き合いがあります。

面接で当時の社長と営業部長に言われた言葉は今でも忘れられません。

「妊婦さんでもお母さんでも、気兼ねなく仕事してくれていいからね、納期さえ守ってくれれば(笑)」
「頑張っておむつ代稼ぎなよ~」
「でもまずは安産ね。仕事中に体調悪くなったら、遠慮なく連絡してね」


以来、20年の在宅勤務で、6人の子を出産しました。そのあいだ、妊娠出産・育児を理由に嫌味や苦情を言われたことは一度もありません。子どもたちは喘息持ちが多く、頻繁に病院に行ったり入院もしましたが、そんなときにも会社の人に「すみません」を言う必要もなく、看病と仕事を両立できました。

「妊婦様」「子持ち様」のニュースに対しても、会社の人たちは「ああいうのって信じられないよねぇ」と眉を顰めてくれます。一か八かの賭けでしたが、新しい木に飛び移ってよかったです。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
この記事のどこか一つでも、妊娠・出産、子育てに頑張るあなたのお役に立てたなら嬉しいです。

出版界のはしっこで校正・ライター・中国語翻訳やってます。
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