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【小説】-never tied-|13歳の過去作

 今日も相変わらずの天気だった。
 窓に力なく跡をつけてゆくそれは、どこかむなしく、切なげに目に映る。
 空が泣いている。もっと言うならば、誰にも気づかれないように、教室の隅っこで壁と向かい合いながらすすり泣く少女のようであった。

 空は、泣いていた。


「おはよう」

 今日も彼女は、サラサラの黒髪をなびかせて隣の席に着く。そのさわやかな笑顔も束の間、彼女の視線は自身の机の上に向けられる。

「……なんなんだろ、おとといからずっと」
 いくらどけてもまた乗ってる、と彼女はその大きな目を細めて悲しげな表情を見せた。
「香田くん、私、何されてるのかな」
 自分が何をしてしまったのか以前に、この現状さえも彼女は理解できていないらしい。

 何も答えられない。

「……これって、“いじめ”なのかな?」
 さっきの表情を一層深くして、彼女は僕に問う。

 机の上にただ一つ置かれた菊の花。彼女は、こういうのマンガで見たことある、と力なく笑った。

「でも、マンガではこれプラス、机に悪口とか書かれてるんだよ。……私の場合それがない。何がいやなのか、書いてくれてもいいのに」

 違うんだ。違うんだよ。

「ここ数日、みんなに無視されてるの。話しかけても答えてくれない。目を向けてもくれないんだよ」

 彼女の瞳にはたちまち、大粒の涙がたまる。
 僕にはその涙さえも、止めることができない。


 放課後、小雨が降り続く中、クラスメイトの稲垣の家にうちのクラスの数名が集結した。男女比は同じくらい。

 きっかけは、あるリーダー格女子の発言からだった。

「ねえ、こわい話大会しようよっ!」
「え~っ、今まだ涼しいじゃん、寒いよ~」
「わかってないわね、こんなせっまい部屋の中にこれだけの人数じゃ、むし暑いじゃない。ほらっ、じゃ稲垣からっ!」
「おいおい。俺の部屋狭い扱いしといてなんだよ。……こわいかどうかは知らないけど、豆知識程度ならある」
「教えてーっ!」
 女子のキラキラ目線に負けた稲垣は、ぽつりと一つ、本当に豆知識な情報をもらした。

「幽霊ってさ、たいていは何か深い未練がある人か、自分が死んだことを自覚できていない人がなっちまうんだってよ」

 ──自分が死んだことを自覚できていない人。
 その言葉に凍りついたのは、もちろん僕だけだった。


「ねえ、──」

 この教室では、彼女の名を呼んではいけない。

「香田くん、どうしたの?」
 あれから、彼女はめったに笑顔を見せなくなった。

 ついこの間まで、友達と話すとき、クラスのムードメーカーがおかしなことを言ったとき、家族の話をするとき、彼女はあの屈託ない笑顔で笑っていたんだ。

「うわさでさ、……好きな人いたんだね」
「やだなあ、現在進行形だよ? ……いるよ」

 やっぱり。

「私なんかでも、うわさになるんだ」
 誰よりも謙虚で優しい彼女は、『私なんか』としょっちゅうへりくだる。
「香田くんにそれ言われるって、ちょっと恥ずかしい」
 あの笑顔ではなかったけれど、それに近い微笑を浮かべた。

 すると彼女は、ふっとその表情を無に戻して、
「……私ね、家族にも無視されてるの」
「……」
「みんな死んだような顔して、毎日を過ごしてるの」

 こんなのうちじゃない、と彼女はうつむいた。
 彼女はよく、自分の家族の話をしてくれていた。
 優しいけど怒るとこわいママ、親バカなパパ、7歳下のかわいい妹、犬のコタロー。家族の話をするときの彼女の表情が、一番輝いて見えた。

 ──彼女の苦しみを取り除けたら。その理由を伝えることができたら。

 どうしてもできない。

「……私のこと見てくれるの、香田くんだけなの」

 なんとなくだけれど、わかった気がする。

「私の好きな人って知ってるの?」
「……知らないよ」

 なぜ僕だけなのかって。

「香田くん、好きだよ」

 その理由は。

「……僕もだよ」

 僕も君も、全く気持ちが同じだったからなんだ。


 彼女は、つい4日前、交通事故で亡くなった。
 即死だったそうだ。
 だから彼女は気づかなかった。自分の身体は土の中だということに。
 だから毎日学校に来て、いつも通りの時間を過ごした。彼女の取り残された魂だけが。
 その魂は、彼女を好きな僕だけに見えていた。
 菊の花は、みんなからの最後の贈りものだった。

 君が見えるのも、君と話せるのも、僕だけになってしまった。
 でも、僕らがいくらお互いを好きでいても。
 この先一生そばにいることを願ったとしても。

 僕らは、決して結ばれない。

 そして彼女は、静かに僕の目の前から消えていった。
 あの笑顔を最後に残して。

 心の底からの、あの笑顔だった。


〜fin〜


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中学生の頃に書いた小説を発掘したので、今回初めて世に出してみました。おそらく、短編小説ではこれが処女作だと思います。(それまではシリーズものばかりだったので)

小さなノートに小説を書き連ねては、クラスや部活の友達に回し読みしてもらっていた日々のことを思い出しました。

今回こうしてnoteの皆さんにも読んでいただけて、きっと13歳の私は発狂してます。今の私ですらなんかむずむずします。生活が落ち着いたら新作も書きたいな……。

それでは最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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