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“愛犬と囲む食卓”で感じる幸せ。ペットカフェオーナーが語る「犬を飼うこと」

現在、日本の約12%の世帯が愛犬と共に暮らしています。さらに、犬に限らず「ペットを飼う家庭」は全世帯の約36%にのぼるそう(一般社団法人ペットフード協会調べ)。動物たちは多くの人にとって、とても身近な存在であるといえるでしょう。
多様な現代日本の「みんなの食卓」を学んでいる私たち。「愛犬たちと囲む食卓」もぜひ取材したい! と今回うかがったのは、4匹のワンちゃんと共に暮らす濱村健治さん・紘子さんご夫婦のお宅です。
動物が大好きで、“犬と一緒に働く”のが夢だったという紘子さん。4年前に、ペットと一緒に楽しめるカフェ「9+(NINE)」をオープンされました。そんな紘子さんに、ワンちゃんファーストの暮らしぶりや、お店のこだわり、犬を飼うことへの想いについてお話をうかがいます。

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愛犬がそばにいる、食卓

———ワンワンワン!!! 

インターホンを押すと、瞬時にリアクションが。どんなワンちゃんが何匹いるのか知らなかった私たちは、その鳴き声の大きさと勢いにたじろいでしまった。これは歓迎されているのか、警戒されているのか……。

緊張しながら待っていると、外に飛び出ようとする4匹の愛犬たちを制しながら、健治さんが柔和な笑顔で出迎えてくれた。

「この子たち人に慣れているので、お客さんがくるといつも以上にはしゃいでくれるんですよ。今日もウェルカムモード全開です(笑)。普段はけっこうドライで、つれないときもあるんですけどね」

スッとキッチンに戻った健治さんを横目に、紘子さんがそう教えてくれた。先ほどの咆哮も、客人の訪問を喜ぶものだったらしい。その証拠に、ぶんぶんと尻尾を振り、初対面の私たちに代わる代わる挨拶をしてくれる。ときたま押し倒されそうになりながら、大型犬とのふれあいにすっかり癒やされたところで、今回のインタビューが始まった。

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ワンちゃんたちの名前を尋ねると、「分かりますか?」と笑いながら紘子さんがそれぞれを紹介してくれた。

「この子がグレース。私がやっているお店の看板娘です。テーブルの下で寝ているのがジャスミン。ビンス、おいで! この子がビンスで、服を着ている小さい子がソフィです」

ソフィ以外はみんな同じ黒のフラットコーテッドレトリバー。名前を聞いたものの、ぱっと見分けるのは難しそうだ。「私でも間違えることあります」と笑う紘子さんに、キッチンから健治さんも「まあ、慣れだよね」と一言。どことなく得意気な様子に、ふたりが愛犬たちに首ったけなことが見てとれる

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いつもワンちゃんたちと一緒にご飯を食べているのだろうか、手作りのご飯をあげているのだろうか、と勝手な想像していた私たち。質問を投げると、紘子さんは笑いながら一刀両断した。

“一緒に食べる”なんて無理むり(笑)。みんな30秒で食べ切っちゃいますから! ご飯は朝と夜の2回、ドッグフードです。でも、スーパーで買うようなものじゃないですよ。原料をしっかり確かめて厳選したドッグフードを、それぞれの好みや体調に合わせて5−6種類ブレンドしてあげています。

犬は人以上にアレルギーに気をつけなくちゃいけないので、手作りってすごく難しいんです。それに今ドッグフードって、原料にこだわった安心安全なものが数百種類も売られているから、一匹一匹の体型や体調に合ったものが必ず見つかるんですよ。

犬は人と違って、自ら栄養素を考えたり、身体のなかのバランスを取ったりできないので、ドッグフードなどの総合栄養食はとても重宝する存在です」

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紘子さんは、「でも」と言葉を切ってから「ここに座ると必ずこうしてくるから、“食卓を共にしている”って感覚はあるかも」とほほえんだ。視線を下ろすと、紘子さんの腕をくぐって椅子にアゴをのせ、テーブルに置かれたバゲットを見つめるグレースの姿が。

「パンが大好きなんです(笑)。テーブルの上のものには絶対に手を出さないんですけど、こうしておねだりするあざといワザをみんな身につけてます」

自分の愛嬌をちゃんと理解しているかのようなキュートな目線で、紘子さんを見るグレース。その表情は、たしかに“あざとい”という表現がぴったりだ。

そして、健治さんが完成した料理を運びはじめると、一斉にそちらに全員が駆け寄る。「ダメ! 落ち着いて!」となだめながら、そのコミュニケーションを楽しむ様子に、“愛犬と囲む食卓”の幸せが詰まっているように思えた。

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健治さんが作った料理はどれも彩り豊かで、まるでお洒落なカフェにきたのかと思うほど。この日のメニューは、野菜たっぷりのペペロンチーノと、6品目のサラダ、まるっとマッシュルームのアヒージョ、バケット、それに最近の常備菜だというミネストローネの5品。

「お腹すいたー! 食べようか」
「いただきます」

温かなオレンジのライトが照らすテーブルで、濱村家のランチタイムがスタートした。グレースは紘子さんのわき、ジャスミンは健治さんの隣、ビンスは健治さんの足下に寝そべり、ソフィはテーブルの下……、ふたりのそばを離れない4匹のワンちゃんたちと共に

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実は、すこし前から病気を患い、現在も療養中だという紘子さん。病気になってから、食卓に対する考え方に大きな変化があったそう。

「病気になって以来、毎食毎食を大事にするようになりました。なんでもいいや、と適当に買うことをしなくなった。あまり食べられなくなった今も、旦那さんのご飯だけは美味しく食べられるんですよね」

大好きなパスタを自分のお皿によそいながら、紘子さんは言う。「昔はお米を研ぐぐらいしかできなかったよね」と笑いつつも、今は健治さんの腕に絶大な信頼をよせているらしい。

「一緒に暮らすようになって十数年、今ではなんでもパパッと作ってくれるんです。お店より美味しいと思うことも。しかも、うちは食卓に1品、2品だけって許さないタイプで(笑)。今日みたいに、いつも4−5品はテーブルに並んでいますね

「今は食べられるものがあれば、なんでも食べてほしいから、完全に妻のリクエスト制です。退院してすぐに『ラーメン食べたい』って言われたときは驚いたけど、まあ食べたいなら……とすぐに作りました(笑)」

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愛犬家が苦慮する、ペット業界の陰

幼い頃からとにかく動物が大好きだった紘子さん。同居していた祖父の愛犬・ビックが初めてのペットだった。「私も犬を飼いたい!」と懇願するも、家族は猛反対。大学生になってようやく、自分でも犬を飼えることになったそう。

「当時、ずさんな管理で動物たちを販売する業者が多くいたんです。もちろん今でも悪質なショップはありますが……。すこし大きくなった子や、すこし見た目が他の子と違う子は、すぐに値が下がり、まるで“型落ち品”のようにぞんざいに売られていました。

そういう子たちを見るたびに、胸が苦しかった。飼えるならみんなうちの子にしてあげたいと思っていました。大学生のあのときから、そうした子ばかりを引き取ってきましたね」

2005年に動物愛護法が改正され、動物取扱業は登録制に。規制は強化されたが、一部ペットショップなどでの劣悪な飼育状態は常に問題視されつづけていた。衛生状態も栄養状態も悪いなかで親犬や子犬を管理し、単なる“商品”として命を扱う。そんな卑劣な飼育実態があったという。

同法はその後も二度改正されているほか、民間からも動物たちを守るために様々な働きかけが続けられている。「それでもね……」と、くもった表情で紘子さんは言葉を濁した。反道徳的な繁殖業者の存在や殺処分の問題など、ペット業界にはいまだに哀しい闇の部分が存在しているのだ。

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大学を卒業し、デザイン会社で働き出した紘子さんは、同じ会社で働く健治さんと結婚。ふたりで最大8匹の犬を育てながら、にぎやかな濱村家を築いてきた。

どれだけ動物が好きでも、実際に世話をしながら一緒に暮らすのには大きな労力が必要。大変だと思うことはなかったのだろうか。

「もちろんありますよ、『お散歩面倒だな〜』とかね(笑)。若い頃は自分のやりたいことを優先することもありましたし、この子たちにお留守番をさせてしまうことも多かった。自分の仕事ややりたいこともあるけど、この子たちと過ごす時間も大切にしたい……という葛藤が常にあったので、当時からずっと犬と一緒に仕事をするのが夢でした

そんな紘子さんの長年の夢をかなえた場所が、2017年にオープンしたカフェ「9+(NINE)」だ。

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動物好きがこぞって集う、ペットフレンドリーなカフェ

豊かな自然を求めて多くの人が集まる代々木公園。西門のほど近く、静かな小道を3分歩くと、9+(NINE)が見えてくる。ウッドデッキのテラス席も合わせて全26席の、細長い店構え。オープンキッチンと対面するようなカウンター席が特長的だ。

いつもお客さんと動物たちでいっぱいの店内では、元気な鳴き声と親しげなトークが飛び交っている。カジュアルで居心地の良い雰囲気に、誰もが心を掴まれるだろう。

「お客さん用のカフェメニューに加えて、犬たちへのメニューも提供しています。ハンバーグやリゾット、マフィンなど5種類ほど。ドッグメニューは、できるだけアレルギーが出ないように、私とスタッフで試行錯誤を重ねて開発しました。わざわざこれだけをテイクアウトしにくるお客さんもいるくらい、大人気なんですよ」

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(紘子さん提供)

愛犬と共に過ごせるカフェは一般的に「ドッグカフェ」と呼ばれる。だが、紘子さんは「うちはドッグカフェじゃないんです」ときっぱり。

「全国的にみても珍しいスタイルのお店だと思います。大型犬も小型犬も、どんな動物でもリードなしで自由に過ごしていい“家族”なら誰と来てもらっても構いません。だから“ドッグ”カフェとは言わないんです。実際、ネコやウサギ、ハリネズミ、ミニブタを連れてくる方までいらっしゃいますよ。

リードフリーのスタイルに驚かれることもあるんですが、みんな家ではリードなんてしてないでしょう? そんな“家”の延長として、お店に来てもらいたいんです。

その代わり、『自分の子の面倒はきちんと自分で見てくださいね、家族なんだから』というルールです。トイレシートなどのケア用品は常備してあるので、みなさん手慣れた様子で片付けてくれますよ」

9+(NINE)のコンセプトは「アットホームで自宅のようにくつろげる空間」だ。愛犬を心から家族の一員として思い、そうした飼い主の愛情を真に理解しているからこそ打ち立てられたスタイルなのだろう。一段とシャープになった紘子さんの言葉から、強いこだわりが感じられた。

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飼い主の腕に抱かれ、おとなしく食事を眺めているフレンチブルドッグ。店の隅から隅まで、せわしなく動き回る柴犬。肩を寄せ合って、ふかふかのクッションに寝そべる2匹のトイプードル……。常時たくさんの動物たちがいる9+(NINE)では、足下に来た1匹のワンちゃんがきっかけとなり、自然とお客さん同士の会話が生まれる。

「お客さんはリピーターになる方がほとんどです。毎日いらっしゃるサラリーマンの方も。ワンちゃんを連れていない人も多いですよ。若い人も、おじいちゃんも、外国の方も、いろんなお客さんがいます。

うろうろするペットたちが常にきっかけをくれるから、必ずコミュニケーションが生まれるんです。誰とでもカジュアルに会話ができるし、すぐに仲良くなれる。

初めて来た人には驚かれます、『異世界に来たみたい』って(笑)。ペットと人、お客さん同士、お客さんとスタッフ、どんな境もないフラットな空間なんです。年齢や職業を問わず、本当に動物が大好きな人が集まってくれる場所になりました」

夢をかなえ、理想の空間をつくった紘子さん。これからの目標は、と問うと決意がこもった答えが返ってきた。

「これまで9+(NINE)で学んだことをベースに、新たな場所を作れたらいいなと思っています。家族の一員として大切に育てられている子たちがいる一方で、いまだに人間の都合で捨てられてしまう動物も数え切れないほどいます。ペットブームが起こるたびに、捨てられる子が増えてしまうのが現実ですから……。人と動物が、お互いに最後まで幸せに過ごせる、他にはない空間を作りたいと思っています」

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最後に「犬を飼うっていいですね」と安易な感想を口走ると、紘子さんはゆっくり、強い想いをにじませながら、こう返してくれた。

「うーん……、私はみんなに勧めたいとは思わないんですよね。生き物を育てるってやっぱり大変だし、どんなワンちゃんもちゃんと最後まで責任を持って育てられてほしいから。無理はせず、本当に飼いたい人だけに飼ってほしい

お客さんから『飼おうか悩んでいる』と相談を受けることもありますが、冷静にその人の話を聞いて、アドバイスしています。むやみに『犬を飼ったら幸せですよ!』なんて言えません。

一方で、『ペットの力って本当にすごい』とも思っています。言葉を持たないものたちならではのコミュニケーションが、いつも私たちを癒やして支えてくれる。“言葉が通じる瞬間”っていうのも本当にあるし、きっとみなさんの想像以上に、この子たちは私のことを理解してくれています。だから一緒に暮らしはじめたら、生活や食事、あらゆる面で愛情を惜しまずに世話をするのが自然なことだと思うんです。

もし本当に動物が好きで、飼いたいと思うんだったら、飼いはじめる理由なんて『ひとりでご飯を食べるのがさみしいから』で十分だと思いますね」

そう語って、また愛犬たちとじゃれあう紘子さんはとても誇らしげで、全身で“愛犬と過ごす幸せ”をうったえかけているようだった。

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自分たちの食事と同じくらい、愛犬の食事を思いやる。食べるものが違っても、食卓で時間を共有する。そうした毎日の食卓に、“家族への愛”が表れるのだと感じた取材でした。
そして、ペットを飼っている人ならではのコミュニケーションの広がり方に感心し、「ペットの力って素晴らしい」とつくづく感じ入った私たち。一方で、こうした愛情がすべての動物たちに波及してほしいと願わずにはいられませんでした。
人だけでなく動物にとってもフレンドリーな社会こそが、真に“多様な”社会と言えるのでは——。紘子さんの芯のある言葉たちは、そんなことを社会に問いかけているような気がします。

取材:松屋フーズ・水沢環 執筆:水沢環 写真:小池大介 編集:ツドイ


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