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ミシュランガイド東京で一つ星を獲得したシェフが、松屋のとりこになったわけ ——sio・鳥羽周作が受け継いだ「食卓」へのこだわり

なにもかもが「ふつうじゃない」と話題の、代々木上原に佇むフレンチレストラン、sio(シオ)。2018年の開業以来、その計算しつくされたコース展開から什器、おしぼり、音楽まで、徹底した美学に惚れ込むファンが続出。開業翌年の2019年には、ミシュランの一つ星を獲得しました。

オーナーシェフである鳥羽周作さんは、「サッカー選手、小学校の教員を経て32歳で飲食業界に転身」「料理歴8年で予約の取れないレストランを作りあげる」「シェフ歴2年で雇われ店長として切り盛りしていた店を買い取りオーナーシェフに」と、そのキャリアも非常にユニーク。また、多くの飲食店が苦境に立たされたコロナ以降は、自身のレシピを惜しみなく公開する気前のよさ、星付きレストランのシェフながら外食チェーン店のアレンジレシピを提案する気さくさ、デリバリーサービスにいち早く対応するフットワークの軽さなど、唯一無二の存在感を見せています。2021年夏には「食のクリエイティブカンパニー シズる」を立ち上げるなど、いま日本でもっとも注目されている料理人のひとりと言えるでしょう。

今回は、圧倒的なエネルギーで食の世界を牽引する鳥羽さんの原点と、いま、彼が見据えている日本の食卓のこれからについて、お話を伺いました。
(撮影中のみマスクを外しています)

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「まかない」にこそ、センスと人間性が出る

「すんません! 遅れちゃって!」

大きな声を店中に響かせながら、Tシャツ姿の鳥羽さんが姿を現した。外はあいにくの荒天だったが、晩夏の蒸し暑さをはらむ空気が一瞬でからりと乾く。

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店で作業していたスタッフと話しつつ鳥羽さんは吸い込まれるようにキッチンに入ると、手を洗い、真っ白なエプロンをつけた。ピーマンや人参といったごくスタンダードな野菜と袋麺を用意し、すっと包丁を持つ。一寸の無駄もない、流れるような動きだ。

「やきそば、作ります。まかないメシっすね」

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タタタッと小気味いい音を響かせながら野菜を刻む。まな板の上に、幅の揃った野菜がきれいに並べられていく。「最近はまかないを担当することも減っちゃったけど、新人が入ってきたら大体やきそばを作ってみせるんです」と言いながらフライパンに火を点ける。

あまりの手際のよさに圧倒されていると、

「はやいでしょ。ここに帰ってきてから、3分くらい?」

とニヤっとし、「料理人にとってまかないってめちゃめちゃ大切なんですよ」と話を戻した。

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「まかないとお客さんに出す料理を、どれだけ同じテンションで作れるか。これ、この仕事をするうえで、すごく大事です。だって、人に食べてもらうって意味ではまったく一緒なんだから」

レストランという場で、お客様のためにその料理のベストを追求するのは当然だ。でも、それはスタッフ同士のまかないでも同じはず。理想の味を想像し、どう作ればいいか落とし込む。仮説を実証していく。——鳥羽さんにとって、まかないは練習ではなく実践の場なのだ。

「全部に意図がないとダメ。いつも、『説明できるまかないを作れ』って言ってます。タマネギひとつをとっても、なぜ繊維に沿って切ったのか、なぜみじん切りじゃダメなのかってね」

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まかないには人間性も、センスも出る。だからそのクオリティを見て、スタッフを評価する。炒めた肉を一度ザルに引き上げながら、鳥羽さんは「俺、まかないはホント重視してますね、うん」と力を込めて語った。

「ちょっとした手間を面倒くさがるやつ、クリエイティブに落とし込めないやつって、本質的に料理が好きじゃないんですよ。心底好きだったら、もっとおいしく食べてほしいって思うじゃないですか。ただ『当番だから』って気持ちで作られたまかないなんて、餌(えさ)と同じじゃんって思っちゃいますね」

レストランでの修行時代も、すでにそれを意識していた。週に1度のまかない当番の日は、前日からレシピを考え、朝5時半に出勤してまかないの仕込みをしていたという。

「でも、全然苦じゃなかったですよ。毎回真剣に作ったし、ちょっとしょっぱくなっちゃったら『さっきシェフ汗かいてたんで、あえて塩っ気効かせました』ってプレゼンする。いかにおいしく食べてもらうか、一生懸命考えて」

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気づけば、鳥羽さんが握るフライパンの中では、ツヤ感のたまらないやきそばが完成していた。特別な具材を使っているわけではないのに、見た目からして「うちの焼きそば」とは違う。皿に移し、客席に持っていくと、鳥羽さんは豪快に口に運んだ。

「はー、うめえ!」

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箸を動かしつつ「俺、料理、上手だわ」とこぼす言葉に、取材陣も思わず笑ってしまう。それにしても、なぜこんなにおいしそうなのか。

「それは、水分量です。炒めきる前にソースを絡める。炒め煮のイメージですね。そうするとパサパサにならないし、フライパンにもこびりつかないんすよ。あと、肉を炒めた後、一度ザルにとって油を落としたでしょ。あれが、べちゃっとさせないために欠かせないポイントです。ほんのひと手間、10秒、20秒のことで、大きく変わります

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鳥羽さんは「自分のために料理をするのはまったく好きじゃない」。一方で、人に料理を作るときは相手が家族でも、4歳の息子でも、おいしさを追究する。絶対に手は抜かない、と言い切る。

「だって、それがやりたくてこの仕事に就いたんだから。我ながら、そこはピュア(笑)」

それにしても、鳥羽さんの「おいしいものを食べさせたい」という思いには並々ならぬものを感じる。料理人がみんなそうだとは思えないが……。

そう伝えると、「ああ。それはね、原点があるんです」と、箸を置いた。

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両親の背中と、小さな食卓と

「ウチの実家、とにかく〝みんな〟でごはんを食べる家だったんすよ。家族4人はもちろん、親戚も俺や姉貴の友だちも集まって、いつもにぎやかで。広くはない食卓に、ぎゅっとね」

その目には当時の光景が映っているのだろう、表情をゆるめて鳥羽さんは語る。

「料理学校を出た母ちゃんのメシは、はやくてウマい。毎日、短時間で何品も作ってました。しかも、電子レンジもラップもない家だったんです。いっつも作りたてを出してくれて」

鳥羽家のスタイルは、「来る者拒まず」。学校帰りやサッカー終わりに友だちを何人も連れて行っても、嫌な顔ひとつせずに、食べきれないほどの皿数を出してくれた。

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「むしろ、うれしそうでしたよ。料理して、食べて、喜んでもらうのが好きなんでしょうね」

そんなホスピタリティの持ち主は、お母さんだけではなかった。

「親父も元料理人で、永田町の議員会館にあるレストランで働いてました。親父の料理はとにかく絶品って、友だちにも評判でしたね。目一杯もてなしてくれるし、マメだし優しいし、みんな親父のことが大好きになっちゃう

現在はsioのスタッフもご両親と仲良くなり、鳥羽さんのいないときにお邪魔しては、たらふくご馳走になっているという。

「えっ、お前、昨日ウチにいたの?って(笑)。ともかく、俺の『おいしいものを食べさせたい』の原点は間違いなく実家の、あの食卓にあります」

キャリアにおいても両親、とくにお父さんは鳥羽さんに影響を与えている。

小学校教師という安定した職に就いていた鳥羽さんが32歳で料理の道に進むと宣言したとき、お父さんははじめ大反対したという。しかし、気持ちが変わらないとわかると、すぐにいちばんの応援者に。来る日も来る日も鳥羽さんが練習で作る大量のオムレツを、文句も言わず食べてくれた。

とはいえ、堅実なお父さんとアグレッシブな鳥羽さんではキャリア観がまったく違う。その部分で衝突し、大げんかしたこともある。どちらも譲らず、1年半もの絶縁期間があった。

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「雪解けは、7年間の修行を経てGris(グリ)にシェフとして入った後だったかな。イベントで俺の仕事ぶりを見た親父が『がんばってるんだな』って謝ってくれて、また前みたいな関係に戻りました」

その翌年、鳥羽さんはGrisを買い取りsioのオーナーシェフとして再スタートを切ることになったのだが、じつはこのとき開業資金を用立ててくれたのは他でもない、お父さんだった。

「修行中は安月給だったし、とにかく貯金がなくて。困ってたら、親父が大事にしていた土地を担保にして金を借りてくれたんです。慎重で、堅実で、そんな冒険するタイプじゃないのに。ふだんは豪快な俺のほうが躊躇してたら、『いいんだよ』って」

さらにsioオープン後は、人手が足りないと言えばしばしば皿洗いの手伝いにも来てくれた。そんな経緯があったからこそ、ミシュランガイド東京で一つ星を獲得したことは最高の親孝行となった。父と息子で涙を流したという。

「振り返ってみるとホント、愛情たっぷりに育てられましたね。その象徴があの、食卓に並ぶ日々のごはんだったなって思います」

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高級レストランとチェーン店の「おいしい」は等価

ミシュラン一つ星を獲得し、新進気鋭の料理人として注目を集めた鳥羽さん。前途洋々と思われたそのとき、未知のウイルスが世界を襲った。しかも、sio株式会社の3店舗目となる洋食屋「パーラー大箸」を渋谷にオープンさせた直後に。

「コロナで食をめぐる状況が大きく変わり、外食のむずかしい時期が続きました。思うように営業できなくなったとき、『作った料理をおいしく食べてもらうこと』が当たり前になっていた甘さというか……そのありがたさに目を向けてこなかったなって痛感したんですよね」

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時間ばかりがある中、自分になにができるか真剣に考えた。

「料理人として、ただ店に来てくれる人においしいものを作ればいいのか。いや、そうじゃない。なかなか外出できず、家で過ごしている人たちにも『おいしい』を届けたい——『おいしいものを食べさせたい』と思いました」

そこで、ナポリタンや唐揚げといった自身のレシピや、外食チェーン店のテイクアウト、コンビニの既製品を生かしたアレンジレシピをSNSで次々に公開。「#おうちでsio」と名付けたこのプロジェクトには想像以上の反響があり、「作るのが楽しみ」「夫もバクバク食べた」「おいしくてびっくり!」と、うれしいコメントが続々届いた。

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「いただいた声は、存在価値の証明というか。料理人としての新しい道に、確信を持てたんです」

手応えをつかんだ鳥羽さんは、「その恩返し」としてSNSでの発信、テレビ出演や書籍の出版に加え、今年の夏にはYouTubeまで始めている。いま、彼ほど家庭の食卓に近いミシュランシェフはいないだろう。

ミシュランの価値は、取った後なにをするかにあると思ってます。ビジネスで言えば、企業価値を高めることじゃなくて、その価値を利用してどんなことをするか。俺は、『次は二つ星を狙う』みたいな道じゃなくて、この一つ星を使って多くの人においしいを届ける道を選びたいんです」

たしかに、「星付きレストランのシェフがコンビニの惣菜パンをアレンジする」というと、それだけで興味をそそられる。輝かしい実績として誇るのではなく、多くの人に幸せを届けるための手段にしていると言えるだろう。

彼の中で、自宅で作るやきそばや唐揚げと、レストランで出すお皿に優劣はない。食卓に届ける「おいしい」と、レストランで提供する「おいしい」は、同じだけ尊いのだ。

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松屋とミシュランシェフが手を取った理由

「#おうちでsio」の発信では、10年以上大ファンだという松屋のテイクアウトメニューのアレンジも提案していた。そこで披露した激しすぎるほどの松屋愛を松屋フーズが発見。2021年8月、公式アンバサダーに就任した。

「純粋にうれしかったっす。松屋さんってめっちゃウマいですからね、調味が絶妙で。料理人仲間にも松屋が好きって人、多いですよ」

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なにより尊敬しているのが、松屋のお客さんへの愛だという。それを体現しているのが「セパレート容器」。この点に話が及ぶと、「ホントすごくって!」と、ぐっと前のめりになった。

「牛めしをテイクアウトすると、肉と米がセパレートになってるんすよ。最初から乗っけてない。これ、松屋だけなんですけど、米に汁がしみすぎるのを防ぐためでしょ? もっとおいしく食べてほしいって、愛のかたちそのものじゃないですか」

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「俺は料理をおいしくする技術や知識には自信があるけれど、店に来てもらう人数にはどうしても限りがあります。価格帯だって安くはない、いわばニッチな存在なんですよ。

だからこそ『マス』、つまり日本中の人をお客さんにしている松屋さんと力を合わせれば、もっと多くの人を幸せにできるはず

鳥羽さんはもはや、自分を松屋の「身内」だと思っているそう。

「だって、松屋さんが掲げる『みんなの食卓でありたい』って、シズるのモットーである『幸せの分母を増やす』と言ってることはまったく同じですもん。これを55年間やってきてるってすごいことですよ。マジで、尊敬しています」

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コロナを経て食への価値観が変わりつつあるいま、「みんなの食卓」を豊かにすることこそ料理人の自分がいますべきことだと鳥羽さんは考えている。

「たとえば、揚げもののレシピってこれまであんまり広まらなかったんですよ。面倒だし手間だから。でも、YouTube(『鳥羽周作のシズるチャンネル』)で公開したフライドポテト回は100万回以上、再生されています。40分間、ガリガリになるまでひたすら揚げつづけるレシピですよ? 

これって、あきらかにみんな、もっといい日常を生きたいと思うようになってきてるってことですよね。おのおのが自分の『日常のモノサシ』を持つようになって、さらにその精度も上がってきている。この調子で、もっと食卓の『ふつう』の基準を上げていきたいですね」

シェフとして、「おいしいものを食べさせたい」の一心でひた走ってきた鳥羽さん。コロナがきっかけだったとはいえ、いわば「最大の分母」とも言える日本中の食卓の幸せ度を上げようと奮闘するのは、必然と言えるかもしれない。

「生きる希望じゃないっすか、毎日のメシって。よりおいしくできたら、より幸せになるに決まってる。俺、子どもに『父ちゃん、どんな仕事してるの?』って聞かれたときに、『みんなの食卓をもっとおいしい場所にしてるんだよ!』って言いたいですから。レストランで働いてるんだよ、じゃなくてね」

じつは、と鳥羽さんは言う。

「最初に『松屋がうまい』って教えてくれたのは、親父なんすよ。親父はカレーがいちばん好きみたいだけど。なんだか、つながってるなって思います」

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8月、鳥羽さんに松屋の公式アンバサダーになっていただいたときは本当にうれしかったです。SNSで松屋のことが好きだと言い続け、さまざまなアレンジレシピを考案してくださっていたことは、ひそかに我々の励みになっていましたから。
今回あらためて鳥羽さんのご両親のお話や、コロナ禍を通してどのようなことを考えていたのかを伺うことができました。鳥羽さんがなぜとことん食卓にこだわるのか、その理由がわかった気がします。

これからコロナが、社会が、飲食業界がどうなるかはわかりません。でも、食への優先度が上がったいまの状態はしばらく変わらないと信じています。みなさんの食卓として「おいしい」の幸せをお届けできるよう、シェフの知恵を借りつつ奮闘していきたいと思います。

鳥羽さん考案の松屋アレンジレシピはこちら。
ぜひお試しください!