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一緒に暮らしながらも同じ料理を食べないカップルのユニークな食卓。「彼女のおかげで、食の楽しさを思い出せた」

ひとつ屋根の下、食卓に並んで座り、同じものを食べる。大皿に盛られた温かい料理を箸でつつきながら、顔を見合わせて笑う。それは幸せな家族の形の“ひとつ”だろう。
けれど幸せとは、多様なものだ。たとえば同じ食卓につきながらも、それぞれが別々の料理を食べる。そんなライフスタイルを送っていたからといって、幸せの総量が目減りするわけではない。
そんなことを教えてくれたのが、みほさん、いずるさんのカップルだった。間もなく夫婦になるふたりは、毎日同じ食卓で、バラバラのご飯を食べている。一体なぜ、そんな食生活を送ることになったのか。ちょっと不思議で、だけど愛情に満ち溢れた日々を満喫するふたりのランチにお邪魔してみた。

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同じ食卓につき、別々のものを食べるふたり

独特の雰囲気をもつ商店街がいくつも広がり、1年中活気あふれる街、高円寺。そんな街にあるのが、みほさんといずるさんが暮らすマンションだ。ふたりは間もなく、夫婦になる。そんなふたりの自宅にお邪魔すると、ちょうどお昼ご飯を作っている真っ最中だった。

けれど、みほさんは悔しそうな表情を浮かべている。

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みほさん「いつもはもっと上手に作れるんです」

どうやら、少し失敗してしまったらしい。この日のメインは「鶏のどっさりねぎ塩炒め」。「失敗しちゃった」と謙遜するが、お腹が鳴りそうな匂いが漂う。とても美味しそう。副菜にはのらぼう菜のマヨネーズ和えを添える。みほさんは根っからの“野菜好き”なんだとか。

みほさん「実家から野菜が送られてくるんです。のらぼう菜はちょっと珍しい野菜なので、送ってもらえるとうれしいですね」

食べたいものは自分で作る。みほさんは昔から自炊派だ。

みほさん「でも、大雑把な性格なので、たまにこうして失敗しちゃうんです」

できあがったものを皿に盛るみほさん。すると、その横で、いずるさんもなにかを作り出した。

いずるさん「いまからぼくのご飯を作ります」

そう言いながら冷凍庫から取り出したのは、鶏のササミ、豚ひき肉、ブロッコリー、しいたけ、ほうれん草……。ヘルシーな食材ばかりだ。

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いずるさん「身体に良いといわれるダイエット食材の冷凍商品を、レンジでチンして和えるだけなんです。だから料理とは言えないんですけど(笑)」

いずるさんは厳しいダイエットをしているため、基本的には毎食似たようなものを食べているという。一方でみほさんは、大好きな野菜を使って、ときにはレシピ本を眺めながらさまざまな料理を楽しんでいる。

リビングにあるローテーブルにそれぞれのメニューが並べられ、ふたりが席につく。みほさんの前にあるのは鶏肉料理と副菜、そして炊きたてのお米と、まるでどこかの定食のよう。逆にいずるさんが用意したものは、アスリート食といっても過言ではないもの。そのコントラストがユニークだ

みほさん・いずるさん「いただきます」

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いずるさんとの食卓は“戦場”のよう

ふたりはともに暮らし、もうすぐ結婚するカップルだが、同じ食卓でまったく異なるものを食べている。野菜を中心に、その日の気分でさまざまな料理を楽しむみほさんに対し、いずるさんは毎食同じものを食べる。その姿勢はストイックそのものだ。

でも、本来のいずるさんは、食べることが大好きな人らしい。

みほさん「いずるは、元々とてもよく食べる人なんです。食欲が凄まじくて、びっくりするくらい。初めて彼が本気で食べているところを見たとき、『こんなに食べる人がいるんだ!』と圧倒されました(笑)」

そんなに食べることが大好きなのに、なぜここまで過酷なダイエットをしているのだろう。

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いずるさん「実はぼく、高円寺にある阿波おどりのチームに入っているんです。それもあってずっと高円寺に住んでいて。それくらい阿波おどりが好きなんです。もっとキレよく、カッコよく踊りたいなと思っていたときに、尊敬する先輩から『もう少し絞ったら、もっと見栄え良く踊れるようになるよ』と言われて、すぐにダイエットを決意しました」

ダイエットを始めたのは、いまから約1年前のこと。突然の減量宣言を、みほさんはどのように受け止めたのか。そう問いかけると、みほさんは頬を緩めながら当時のことを振り返ってくれた。

みほさん「食事制限する、と言われたときは、正直『ふ~ん』という感じだったんです。むしろ、ちょっとホッとしたかもしれません。食欲を解放しているときのほうが大変で、10人分あるカレーも朝晩で食べきってしまうくらいなんです。お米もすごい量を消費しますし」

みほさんにホッとされつつ始まった、いずるさんのダイエット計画。自らに厳しい食事制限を課し、以降、地道に体重を落としてきた。

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ただし、味気ない食事が続けば、誰だって心が折れてしまう。そこで考えたのが、“ご褒美DAY”だ。月に一度、ふたりは近所にある焼肉屋に足を運ぶという。

いずるさん「ご褒美とはいえ、お米は食べません。代わりにひたすら肉だけを食べるんです。他に、土日のお昼には“小さなご褒美”として、行きつけのケバブ屋さんや中華料理屋さんにお邪魔して、そこでもやっぱり肉だけを食べます」

みほさん「わたしも彼のご褒美には付き添います。普段はバラバラなメニューを食べていますけど、そのときばかりは同じものを食べます」

いつも異なるものを食べている分、たまに同じメニューが食べられるのは、やはりうれしいものなのだろうか。

みほさん「そうお答えできたらきっとホッコリしてもらえると思うんですけど、そうではなくて……。一緒に焼肉を食べに行くとわたしの分まで狙われてしまうから、お肉を確保するのが大変なんです(笑)」

いずるさん「どうしてもぼくのほうが食べるスピードが速いので、みほが食べているところを見ているだけなんですけどね」

みほさん「それが狙われている感じなんだよ!(笑) いずるとの食卓は“戦場”みたい

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いずるさん「三人きょうだいだったから、幼い頃は兄貴と張り合うように食べてたんだよね。その名残なのかな」

みほさん「わたしも兄がいるけど、典型的な妹ポジションだからずっと甘やかされてきたのかも。だから戦場みたいな食卓は経験したことがなかったなぁ」

食卓を“戦場”にたとえたみほさんからは必死さが伝わってきて、取材陣もつられて笑ってしまった。

対照的だからこそ、お互いを補完し合える

ハンターのように食べ物を狙ういずるさん。その鋭い視線は、時折、料理中のみほさんにも向けられるそうだ。

みほさん「昔から野菜が好きなので、食卓には野菜料理を並べることが多かったんです。でも一緒に住むようになってから、お肉料理も作るようになりました。お肉を使ってなにかを作っていると、いずるが喜ぶんです。必ず横からつまみ食いしてきて(笑)」

いずるさん「肉の匂いがすると、まんまと釣られちゃう」

控えめでおっとりした印象のみほさんと、快活で食べることに貪欲ないずるさん。ともすれば対照的なようにも見えるが、時折、顔を見合わせながら笑う姿からは仲の良さがうかがえる。関係を築く上で、どんなことに気を配ってきたのだろうか。

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みほさん「一緒に住むことを決めたとき、最初に家庭内での“条例”を作りました。家事の分担や、トラブルが起きたときにすべきことなんかを話し合ってまとめて。そんな風に細かく決めたルールに則って生活をしているので、大きな揉め事もないんです」

いずるさん「おかげで、すごく良い距離を保てていると思います」

みほさん「それに、相手のことを尊重するように気をつけていて。たとえば、仕事におけるキャリアプランだって応援したいですし、むしろ一緒に前進していきたい」

いずるさん「それどころか、ちょっとびっくりするようなことを打ち明けても、絶対に否定されないんですよ。阿波おどりが好きで仕方ないから、いつかは徳島と高円寺で二拠点生活が送りたいと打ち明けたときも、『面白そうだね!』って言ってくれて」

みほさんお互いのことを認めて、それぞれが自立しているんだと思います。もちろん、ひとりでパニックになっているときには具体的なアドバイスももらえる。お互いの仕事部屋を持っているので、どうしても困ったときはノックして、話を聞いてもらうんです。だから、仕事もよく回るようになりました」

いずるさん「ただ、ぼくは上司ではないから責任は取れない。なので、彼女が最終決定するまでの道のりを伴走するイメージです。抱えている課題や考えられる選択肢を一緒に整理して、見守る」

ふたりはとても対照的だからこそ、お互いを補完し合う関係が構築できているのかもしれない。

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味気ない食事も、一緒に食べると何杯も美味しい

予定通り減量がうまくいけば、いずるさんのダイエットは今夏、終了する。

いずるさん「でも、リバウンドしたくないので、食事制限は緩めつつも続けると思うんです。基本的にはいまのような食事をしつつ、時々好きなものを食べる。そうなったときには、みほと一緒に料理もできますね。カレーを作りたいな」

みほさん「どれくらい大量に作るんだろう……怖い(笑)」

怯えてみせるみほさんだが、いずるさんとの生活は新鮮でとても楽しいという。

みほさん「いずると住むようになって、自分にはなかった新しい価値観と出合ったように感じています。食卓での“戦場”のような雰囲気もそうですが、こういう人もいるんだな、と驚きつつ、それを楽しんでいます」

同時に、いずるさんにも発見があったそうだ。

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いずるさん「食事制限をしていると、食べることが“作業”みたいに感じられる瞬間があるんです。いつも同じものを食べなければいけないから、すごく味気なくて。ひどいときは立ったままかき込んで、仕事を再開する。もはや『食事を楽しむ』という概念すらなくなってくるんです。でも、みほと暮らすようになって、食事を楽しめるようになりました。たとえ制限食だとしても、同じ食卓で食べているというだけで、なんだか華やかな気分になるんです。子どもの頃に感じていた、『誰かとご飯を食べると、美味しいよね』という感情を思い出させてくれた

「なにを食べるか」ではなく、「誰と食べるか」。それによって食べ物の美味しさは何倍にも何十倍にも膨らむのかもしれない。いずるさんの言葉には、みほさんへの感謝の想いが溢れていた。

そして、真剣に語るいずるさんを見つめるみほさんは、とてもうれしそうに微笑んだ。

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同じ食卓につき、別々のものを食べるみほさんと、いずるさん。特にいずるさんはストイックなダイエットに励まれているので、“食の楽しみ”からは遠いのではないかと思っていました。けれどお話をうかがってみたら、そんなことはなかった。どんなものを食べていたとしても、ふたり一緒だから、美味しい。これもまた、幸福な食卓の形なのでしょう。

取材:松屋フーズ・五十嵐 大 執筆:五十嵐 大 写真:小池大介 編集:ツドイ