見出し画像

フィルムカメラで巡る、松山ことば旅。

ファインダーを覗き、市内電車が自分の思う場所に滑り込んでくる瞬間をじっと待ちながら、「そうそう、この感じ」と懐かしかった。

ドイツ文学を学ぶ大学生だったわたしは、夏休みを利用してドイツのフライブルク(偶然にも松山市の姉妹都市!)に滞在したことがある。見るものすべてが新鮮で、特別で。もう2度と見られないかもしれないその光景を、愛用していたIXYのカメラで大切に閉じ込めた。撮ってすぐ家族にも見せたかったけれど、あの頃はフィルムの時代。写真をメールにペッと貼って送ることはできなかった。

そうだ、と思い、現地の写真屋さんでプリントして、手紙と一緒に大好きな祖母に送ることにした。撮った瞬間はどんな写真になるかわからない。祖母がどんな反応をするかも知らない。そしたらますます楽しくなって、フィルムも買い足していろいろ撮った。フライブルクといえばのミュンスター(大聖堂)ではなく、通学に毎日乗ったトラム(路面電車)や、授業と授業の数分でもカフェでくつろぐ現地学生の姿、広場で開かれる朝市の光景、そこで買ったパンとソーセージ、食べ歩きで出会った見たこともない花を。ドイツはびっくりするほどお店が早く閉まって、土日は全然やってなくて。しんと静まり返る市街地にポツンと立つと、ドイツ語がうまく話せず、知り合いがいない私はもう、世界に独りきりのようで不安な日もあった。でも、カメラのおかげで平気だったように思う。

月日は流れた。愛用カメラはNikonのデジタル一眼レフに。祖母は亡くなって、私は母になった。あのフライブルクをきっかけに、私にとってカメラは旅の必需品だったけれど、Nikonのカメラはごつくてズシリと重いから、息子の「ママ、抱っこ」に備えて留守番させることが増えてしまった。

まずは、ク・ロウルへ

2023年1月。その日は、松山市の中心部に店舗を構える写真屋「ク・ロウル」に向かっていた。フィルムカメラをレンタルし、宇都宮由美さんにマンツーマンで教わりながら、ことばスポットを巡る旅に出るためだ。「フィルムカメラ」というお題ツールに、ワクワクの気持ちとドキドキの気持ちが半々だった。いまの私には、「とりあえず撮っておく精神」が深く根付いている気がしたから。

勝山通りを走って、お店まで間もなくのところで、赤い集配車に貼られたステッカーに目が止まった。

「ふるさと」をようけ詰めて送るけん。
思わず、IPhoneのカメラでパシャり。そのことばに心が動いたというよりも、ことば旅が始まる、合図をくれた気がした。

ク・ロウルは、由美さん独自の感性で焼き上げる写真プリントが人気で、地元はもちろん、全国にファンを持つ。

いろいろなフィルムカメラを無料で貸し出し(フィルムの購入と撮影後の現像とプリントをク・ロウルでするというのがお約束)、定期的に写真教室やおさんぽカメラといったワークショップも開催している。由美さん自身ももちろん、大のフィルムカメラ好きだ。

「フィルムカメラって、1枚1枚をものすごく愛おしく撮ると思うんです。そうすると、写真を見たとき『そうそう、これを撮ったときは、これを撮る前にこういうことがあって…』って小さいことも覚えていたりする。だから、フィルムカメラで出かけるとみんな『見えないものが見える!』っていうんです。それが、フィルムカメラの魅力でしょうね」

今回のことば旅に、由美さんがセレクトしてくれた相棒のカメラは、この子たち。

白いカメラは、2006年に富士フィルムから発売されたコンパクトフィルムカメラ「NATURA CLASSICA」。28mm〜56mmのズームレンズながら、広角側が開放F2.8と明るさとズームの便利さを両立。名前の通り、どんなシチュエーションでも自然で優しい雰囲気を切り取れると中古カメラファンにも人気が高いとか。

黒いカメラは、1978年にNikonから発売されたフィルム一眼レフカメラ「NikonFE」。一眼レフといっても、絞り優先AE搭載。絞りに合った露出を自動調整してくれるので、初心者にも使いやすい。交換用に、TAMRONの広角レンズもつけてくれた。

フィルムは、フジカラー SUPERIA X-TRA400 36枚撮り。

簡単にレクチャーを受けたところで、「松山のことば、と言えば、そうそう」と由美さんが教えてくれる。

「2000年だったかな、7年ぶりに松山に帰ってきたんです。そのとき、手続きのために松山市役所に行くと、エントランスのところに『恋し、結婚し、母になったこのまちで、おばあちゃんになりたい!』って飾ってあって。ああ、松山に帰ってきたんだなぁってうれしくなりました。あのとき以来、このことばのまちの取り組みが好きなんですよ」

そんな由美さんと巡る、松山ことば旅。最高じゃないか。
今回は、松山市役所文化・ことば課の皆さん、「ことば座談会」でハタノエリさんと越智政尚さんが教えてくれた、とっておきのことばスポットを巡った。

旅のはじまりは、タペストリー

ことば旅のはじまりは、松山城から。そう決めて、車を停めた近くのコインパーキングから松山城ロープウェイ東雲口駅舎に向かって歩いていると、早速ことばスポットを発見。

ここは、市民も観光客もよく利用する、松山ロープウェー商店街。この商店街には多くの「ことば」作品がタペストリーになって掲げられている。これは、松山市が実施している「ことばのちから」プロジェクトのひとつ。

ことばのちから」は、21世紀を目前に控えた2000年、松山市が発足したプロジェクト。社会の変化の中でコミュニケーションの重要性が高まっているという思いを出発点に、『坊っちゃん』や『坂の上の雲』の舞台であり、正岡子規などの文人を輩出した文化的土壌を生かして、形のない「ことば」を軸に据えたまちづくりを始めた。事業の幕開けは、30文字以内で自由な「ことば」を募集するコンテスト「だから、ことば大募集」。全国から12,001通のことばが集まり、選ばれた作品は、「街はことばのミュージアム」と題して商店街など街のあちこちに展示され、松山を訪れた人や市民に笑顔を届けてきた(由美さんが話してくれた「恋し、結婚し、母になったこのまちで、おばあちゃんになりたい!」のことばは、このときの松山市長賞)。

ことばから、「この街で」という曲も生まれ、「響け言霊!!ことばのがっしょう群読コンクール」も開催されている。2020年には、新型コロナウイルス感染症の影響下、あらためてことばの力を再認識する契機になればと「想」をテーマに4回目の募集が行われ、過去最多22,440点の作品が寄せられた。現在展示されている作品は、2020年の入賞作品たちだ。

ここで早速、由美さんによる撮影ポイント。

撮影ポイント1
その写真は誰のためのもの?


「撮りたいもの、プラス、何を画角に入れるかが大事かな。それは、自分のために撮るのか、誰かに届けるために撮るのかによって違ってきます。車を停めて、まず目についたこのタペストリーに驚きの感情があったとして、それを誰に届けたいのか。自分のためのものなのか。この場にいない友達に見せるためのものなのか。それがわかるものを一緒に撮りましょう。例えば、後ろのロープウェイ駅舎と一緒に撮れば、写真を見返したとき、松山城に登る前に撮ったという記憶を残すことができます」

それを聞いたあとに撮った、ことばと嘉明さん(松山城の創業者、加藤嘉明。敬意と親しみを込めてこう書きたい)。時代を感じる、組み合わせ。

ちなみに、タペストリーの反対側には別のことばが書かれているで、ぐるっと回ってぜひ見てみて。

ロープウェイ商店街のことばを見て歩くだけで楽しくなって、なかなか松山城まで辿りつけないのも、ことば旅の思い出。

松山城で拾う、ことばの落し物

ようやく駅舎1階にたどり着き、3階のロープウェイ、リフト乗り場に向かうエスカレーターへ。ここにも、あのことば発見。

松山城に登る方法は、徒歩か、ロープウェイか、リフトがある。ことば旅なら断然リフト。その理由は、こちら。

リフト下に、「ことば」作品が落ちているから。ここは敢えて「落ちている」と表現したい。

だって、これですもん。「足元にことばの落しものあります」。
ことば作品の掲示を知らせる、支柱の案内ことばもユニーク。

これは、もうちょっとしたらぜひ息子に見せたい、ことば

取材時は、運休していたロープウェイ自体にも、横や底?に、ことば作品が書かれているので見つけてみて。

由美さんが過去に撮ったロープウェイの底の写真

市内電車は、ことばを乗せて

続いて向かったのは、道後温泉駅。肝心の「ことば」はどこにあるかというと、

電車が「ことば」を乗せてやってくる。

撮影ポイント2
電車は駅が撮りやすい


「走っている電車を撮るのはちょっと難しいので、道後温泉駅で観光しながら撮るといいですよ。駅舎も可愛くて、撮影スポットにぴったり。ほかには、アクセスしやすい『松山市駅』や車両基地を併設する『古町駅』がおすすめです」

すべての電車がことばを乗せているわけではなく(現在は10車両が走行中)、なかには愛媛の特産のかんきつやみきゃんを車体や車内にあしらった「みかん電車」もあったりして。すぐには見つけられないのも、また楽しい。

ことばとたぬきに、誘われて

駅を後にして、道後ハイカラ通りを歩いて、道後温泉本館方面へ。本館前にもことばスポット発見。

ことばと可愛らしいたぬきのイラストが描かれた「おいでん家」の壁面。「街はことばのミュージアム」とは関係のないところだが、目を引くスポット。

撮影ポイント3
光を意識する


「逆光にならないように。太陽のある位置を意識して、どっちから撮ればいいか考えるといいですよ」

今回の場合、壁面に向かって右側からねらうと逆光になるので、左側から太陽を背にカシャ。

上人坂でさりげなく輝く、俳人の5選

道後温泉本館から東へ。山裾に鎮座する宝厳寺へと向かう道中は、「上人坂」と呼ばれ、夏目漱石の『坊っちゃん』では花街として描かれた。その坂に、松山の俳人・夏井いつきさんの句を記した句碑が点在している。「道後オンセナート2022」のプログラムのひとつ(会期2023年2月26日まで。お気をつけて)。俳句は、2022年1月に発売された新作句集『伊月集 鶴』 から、春夏秋冬の句、それぞれ5句を厳選。5カ所で季節ごとに入れ替わる仕掛けだ。

句碑といえば、どんと立派な石碑に筆文字で掘られているイメージがある。座談会では「昔は筆で句を書いていたから、石碑に筆文字がマッチしていたけど、時代は変わっている。句碑も変わるべき」という話も出た。
こちらの句碑は、鏡面仕上げ。かっこいい。

これまで紹介したことばスポットと違い、風景になじんでいるので見落としのないように。しかも、うつろう季節とともに、ことばが変わるなんて。出会い方にもことばの意味にも驚きと発見がいっぱい。見つけて、気づいて、「松山はことばのまちだなあ」って思ってもらえたなら。真の「ことばのまち」になりそうな、予感。

坂道に佇み、輝く句碑。なかなかに撮るのに悩む。そしたら、由美さんが大事なことを教えてくれた。

撮影ポイント4
好きに撮る


「好きに撮ったらいいのよ。写真って、受ける印象は人によって違う。正解は絶対ない。だから、あくまでも個人的意見だけど、いいね!をもらうために撮る必要はない。自分が好きな、いいと思うことを大切にすればいいのよ」

最後にとっても大事なことを教えていただき、由美さんとのことば旅は、ここまで。名残惜しくお別れした後も、ことば旅は、つづく。

古本屋で感じる、地域の息づかい

「古本屋といえば、仕入れもあるけど、基本地域の買取だから、地域の息づかいが出る」と教えてくれたのは、ハタノさんと越智さん。紹介するのは、道後にある古本屋さん「古書猛牛堂」。

2023年でまる10年という古書猛牛堂には、床から天井までびっしりの本、本、本、本。店内だけで1万4000〜5000冊ほどあるとか。ざっくりとはいえ、ジャンル分けされているので探しやすい。

本は外にもあふれ出す。「土地柄、俳句関連や郷土史を探しにくる人が多いよ。持ってくるよりもね」と店主さん。
この土地ならではの出会いがある、かも? 

私はスペシャルな出会いがあって、こちらを購入。そのワケは、次号でお届けする「建築回」にて。

市役所で、生活に溶け込むことば

予定にはなかったが、由美さんの話を聞いて撮りたくなって、松山市役所のエントランス作品もカシャ。

ついでといってはなんだが、「市役所前」電停付近でことばの電車×愛媛県庁のコラボをねらってカシャ。

し、しまった。ちょっと電車から遠すぎて、ことばが見えにくい。乗せていることばは、「また来るよ あなたの笑顔がみたいから」。おや? 道後温泉駅に来た、あの電車との再会だった! 

お伝え済みだが、すべての電車がことばを乗せているわけではないので、それなりに電車待ち。しかも、待っていたら今の自分に合う「ことば」も選びたくなって、かれこれ電車待ち(それが冒頭に書いたところ)。

シャッターを切ったのはここぞ、というときにだけ。この滞在時間、持っているのがデジカメだったら、試し撮りしたり連写したりして、何十枚も撮ったと思う。

手をとりたくなる、たぬき

市役所前から、歩いて10分くらい。銀天街と大街道商店街の間の交差点脇に、たぬきがいる。札幌の狸小路商店街と松山の商店街が姉妹縁組を結び、その記念として設置された、たぬき。その前には、不思議なオブジェ。たぬきと握手をすると、自分にも尾っぽが生えてたぬきになれるという仕掛け。背後にある吹き出しの「もう少し、一緒に歩いていいですか?」にもつながっている。

くぅー。握手したところが撮れなかった。誰かと一緒に行った人はぜひ、たぬきになって1枚。

ちなみに、銀天街(611m)と大街道商店街(483m)は、松山市駅から松山ロープウェー商店街まで通ったL字型のアーケード。合わせて1キロほどの距離なので、松山城、市役所、たぬきのモニュメントあたりは街歩きすることもできる。

「道後温泉駅」は、歩くにはちょっと距離があるので、市内電車を利用するのが便利。「大街道」「市役所前」「松山市駅」などと結ばれている。料金は一乗車大人180円、小児90円。フリー乗車券(1Dayチケット大人800円、小児400円)もあるので、うまく利用してみて。

ことばのシャワーが出迎え、見送る、松山観光港

松山の中心部から西へ。最後に紹介することばスポットは、松山観光港。公共交通機関なら、松山市駅から郊外電車に乗り、高浜駅まで20分、そこから連絡バスに乗って2分ほど。または、道後温泉駅前からリムジンバスで約40分。

松山観光港の北高架通路に掲げられた優しいことばたちが、港に降り立った人を温かく出迎え、港から帰る人を見送ってくれる。「街はことばのミュージアム」事業。

【番外編】ことばが響く、ローカル誌

「これも、ことばのまちの象徴」とハタノさんが教えてくれたのは、松山に関わる出版物。「松山百点、愛媛本、マチボンなど、松山(ひいては愛媛)は他の自治体に比べてローカル誌が充実しています。まちを伝えるフリーペーパーとしては『暖暖松山』もハイクオリティ。ひとつ、ふたつはあるけど、こんなに数とクオリティが充実した自治体はわたしが知る限り、ないです」とハタノさん。

松山百点と暖暖松山はフリーペーパー。どこか懐かしい表紙、ほっとできる雰囲気の松山百点は、松山の記憶の玉手箱のような冊子。暖暖松山の“だんだん” には、松山の温暖な気候と、松山市民のおもてなしのあたたかな心、そして“ありがとう”の意味の方言である“だんだん” という言葉が掛けられている。

ちなみに、これを撮った場所は、道後温泉駅前にある道後観光案内所。「撮ってもいいですか?」と聞くと、「どうぞどうぞ。(置いていた他のパンフレットを)のけてあげるけん、並べてお撮り。バックナンバーも出そか?」とスタッフさん。これぞ、おもてなし。

松山百点と暖暖松山は、観光案内所のほか、宿泊施設、市役所など、あらゆる場所で配布しているので、ぜひ手にしてみて。読めばきっとどちらも、タイトルのことばがこころに響くはず。

旅の仕上げは、ク・ロウルで

後日。フィルムの現像、プリントをしに、再びク・ロウルへ。この旅は、どんなふうに写ったのだろう。

「たまに、でき上がった写真を見て『いいの撮れてなかったわ』っていうお客さんがいるんです。でも、『それは違うよ』って言います。だって、自分がいいなと思って、1枚1枚大事にシャッターを押してるんだから。それがちゃんと伝わってくるから、私はしっかり仕上げる。イメージと違うっていうのはあっても、ダメな写真はないんですよ」

そう言って、由美さんは現像作業に取り掛かる。

カメラからフィルムを取り出して、現像機へ。現像機は文字通り、像を出す機械。フィルムの中に記録された画像は光に弱いので、現像機にフィルムを通して、明るい場所に出しても光にあてても大丈夫なネガシートにする。

続いて、ネガシートを入力機(フィルムスキャナー)で読み取ってデータにする。この工程で、画像の明るさや色味などを調整する。

「写真を仕上げるときって、色をちょっと明るくするとか、色味をほんのり変えるとか、1枚の写真でも、ほんのひと工夫で変わるんです。『青っぽく』って言われても、その人の思う『青』と私の思う『青』は一緒じゃない。寒くて青く感じたのかもしれないし、青春ぽくて青く感じたのかもしれない。その人が見たものを私が仕上げるんだから、その人が何を感じているかを知ろうって思うんです。こないだ一緒に巡ったときもそうだし、ワークショップをするときもそう。同じ時間を過ごして、同じものを見ていたとしても、その人が何を感じてそれを撮ったかはわからないから。その人が撮っている、その前後を結構大事にしているかもしれない。巡りながらくだらない世間話をするとかはしょっちゅう(笑)。だから、私は、撮る人じゃなく、仕上げる人なんでしょうね」

たしかにあのとき、由美さんは、いろいろな話をしてくれたし、私の撮る瞬間を見ていた。そうやって、その人のことを知って、モニターに写るデータを1枚1枚を調整して焼いていく。なんと骨の折れる仕事だろう。

「楽しいですよ。その人になった気分。自分は行かなくても、お客さんの写真を仕上げながらいろいろなところに行けるでしょ」

調整できたらデジタル化して、プリンターに飛ばしてプリントする。光沢紙かマット紙か、フチありかなしかを選べる。今回はマット紙、フチありにした。

由美さんにプリントしてもらった写真には、あの日、あのとき、私が目にした色が写っていた。ぼやっとしている写真もあった。でも、失敗じゃない。撮りたいと思った気持ちを残せている。

デジタルだとパキッとしてしまい、わかってしまうアラも、フィルムなら許される気がした。そういうフィルムが醸し出す「甘さ」と「包容力」が心地よかった。フィルムカメラとことばのまちの相性は、抜群なんだと思う。

「フィルムカメラのレンタルは、旅行者の人にとってはちょっとハードルがあるかもしれないけど、うちは郵送プリントサービスもやっているから、フィルムを置いていくお客さんもいらっしゃいますよ。『せっかく松山に来たから、地元の写真屋さんにお願いしたい』ってね」

それは名案。ことば旅をしたら、由美さんのところでプリントすることを、強くオススメする。

写真、ということばの意味

由美さんに言わせると、「今の人は写真を撮っていない」とのこと。それって、どういうことだろう。

「現像って文字通り像が現れること。それを印画紙にプリントしたものが写真。たまに『印刷してください』って持って来られるときがあって、ちょっとさみしいんです。印刷ってインクを刷ることで、写真屋はインクを使ってない。デジカメやスマホは、画像データを撮っているから、写真は撮っていないんですよね。データは、パソコンやスマホなど見るメディアによっても色味などの見え方が違ってくる。でも、写真だとちゃんと思いが残るんです」

由美さんがこの仕事を始めたとき、フィルムの過渡期だった。昔は、現像して写真にしてアルバムにするのが当たり前だった。デジタルが主流になった今は、写真にしないことも増えた。

「富士フィルムの担当者さんに聞いた話ですが、12年前の震災のとき、自衛隊の人たちは、瓦礫の中からアルバムが出てきたらとっておいてくれたんですって。印刷は水に溶けるし、データは水で消えるけど、写真屋さんの現像機でプリントしている写真は残る。泥がついていても、洗えばきれいになる。だから、被災地では10年前の写真は残ったけど、最近の写真は残らなかったんだっていう話を聞いて。写真の大切さと、写真ということばの意味を知ってほしいなって思うんです。旅写真も、家族写真も、1枚の写真が人生を支えることがある。1枚の写真を見て、家族が30分語れる。そんなもの、写真のほかにないと思うから」

由美さんのお店を後にして、思い出していた。ドイツで撮ったあの写真のことを。ドイツ帰りの写真を祖母と眺めながら、「この写真はねー」ってたくさんしゃべったこと。それから何年かして、祖母が亡くなったとき、祖母の家の戸棚に大事そうにしまってあったあの写真には、ドイツの思い出だけじゃなく、その写真を見ながら話したこと、あのときの祖母の表情も積み重なって見えたこと。

ことばを探しながら、フィルムカメラで松山を旅してみてほしい。写真には、ことばを受け取ったあなたの想いが残る。その写真を受け取った、友人や家族、未来のあなたの想いも積み重なる。たくさんの人の想いを支える、このまちの”ことばのちから”が見えるはずだ。

【ク・ロウル】
住所:790-0001 愛媛県松山市一番町1丁目8-1
電話番号:089-909-8000
営業時間:10時〜18時
定休日:水曜日・木曜日
HP:https://qroll.jp/
Instagram:qroll.photo
駐車場:なし


今回の書き手:高橋陽子
「日常を編む」をコンセプトに、企画・執筆・撮影を手がけるフォトライター。家族の日常、愛媛の風景、作り手の想いを、写真や文字で残すことが喜び。
Instagram▶︎yoko.n_n.823
Facebook▶︎高橋陽子


この記事が参加している募集

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?