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旅の一頁はここから始まる──粋な旅行鞄「ReiseTasche」を訪ねて。

どうだい、旅は楽しかったかい?例えこれがつまんない話でも、面白いねぇといって聞いてやらなければいけない。長旅をしてきた人は優しく迎えてやらなきゃなぁ。

1973年 松竹映画「男はつらいよ  私の寅さん」より

うかうかと日々を過ごしていて、気づいた時にはもう師走の真っ只なかだった。今年は結局プライベートではどこにも出かけることがなかったなあなんて過日を振り返りながら旅への想いを馳せる年の瀬──。
風がびゅーびゅーと吹き荒ぶ冷え込みの厳しい冬の日に、大きく「R」と書かれたドアを叩いた。

松山市駅の西側には、国道56号線から5叉路に枝分かれする交差点がある。中ノ川通りを西に入って数十メートル先に佇む竹村ビルは、1970年に建てられた築50年を超えるヴィンテージビルだ。1階には左から美容院にうどん屋さん、子ども服のお店が並び、右端に位置するのが店主の千田あいさんが営むステーショナリー雑貨のお店「ReiseTasche(ライズタッシェ)」である。
実はぼくは以前お店の近所に住んでいたこともあって、店主の千田さんのことをよくお見かけしていた。日が暮れてから温かい色合いのランプの灯が外に漏れ出ている雰囲気が良くて足を踏み入れたくなることもあったのだけれど、なぜだかタイミングが合わなかった。いつも窓越しにお顔を拝見していた彼女に、お店のことやこれまでの歩みをじっくりとお伺いした。

旅を想起させるみせ

「ReiseTasche」はドイツ語で “旅行鞄” のことを言う。その名が表すように、店内にはペンやインクを主とした“書くもの”、そしてレターセットやポストカード、シール、マスキングテープといった紙製品のほか、旅先や日常の記録を残すのに便利な「トラベラーズノート」、ピンバッジやキーホルダーのような小物まで、「旅」をテーマとした文具や雑貨が並んでいる。どれもシャンとして居心地が良さそうだ。ひとつひとつを見ると色の主張があるのに雑然とせず統一性が感じられるのはメーカー什器を使わず木の設えを活かしていることと、小物にブラスをはじめとした金属やガラス製品が多いからだろう。そして詰め込みすぎずに余白を残していること。この辺りのセンスは流石さすがだ。

クリスマス前だったこともあって、色とりどりのカードが並んでいた。さて、どれにしようか。
ガラスペンにカラーインクを組み合わせて贈り物にするのも喜ばれそうだ。
リトアニアのピンバッジをはじめとした小物はアンティークのように見えてどれも現行品。
千田さんの審美眼に叶ったものだけがならぶ。
真鍮製のシーリングスタンプ。好みのヘッドとハンドルを組み合わせて手紙に封(封蝋)をする。

百貨店がエアポートだった

お店を始める前は、近隣にある百貨店内の文具雑貨店で長年店長を務められていたとのことでその経験が店内にあらわれているようだ。
「本当は教員志望で、社会科の先生を目指していたんです。大学卒業後は予備校に勤めていて、仕事はオンライン授業に携わる生徒さんのお世話係のような内容で。でも教壇に立ちたいという思いがずっとあって、そこを退職した後に百貨店の(テナントの)文具雑貨店で働きながらも教員採用試験を受けていて──。ああ、その百貨店では学生時代からアルバイトをしていたんです。大学の4年間、長期休みの時ランドセルを売ったりとか。いよてつそごう時代からいよてつ百貨店、髙島屋までいろんな売り場を経験してずーっと長かったんです。今となっては懐かしいですけれど、あの場所がつくづく肌に合ってたんでしょうね」

学生時代からお世話になった百貨店は、たくさんの人や飛行機が行き交う空港のよう。

千田さんは社内での地位も上がり、マネージメントに実務、度重なる出張とそのうち文具雑貨店での業務は多忙を極めてくる。教師になりたいという夢は、勉強する時間が捻出できず、それに加えて採用試験の年齢制限が近づいていたことでやがて諦めざるを得なくなった。体力には自信があった千田さんだったがこのまま日々流されてしまうことを恐れ、将来のことも考えて退職する道を選ぶ。教師にはなれなかったが、自分で雑貨店を持ちたいという野望がふつふつと芽生えていたことに気づいてしまったのだ。その後はアルバイトをしながらお店を立ち上げるための準備を粛々と進め、新緑も目に眩しい2012年5月22日に彼女のお店「ReiseTasche」はオープンした。テレビでは東京スカイツリーの開業を賑々にぎにぎしく告げるニュースで沸いた一日だった。
「教師の夢は絶たれたけれど、お店でお客さまと(旅をテーマに)話ができるので、教壇でなくてもそれがやれてるっていうことは結果的に良かったのかもしれないと思うようになりました。ずっと文具雑貨業界に携わってきたので、教師よりこっちの方が性に合ってるのかも。個人で商売としてお店を続けていくことは大変ですけど、開店時からずっと通ってくださっているお客さまや、応援してくれているお取引先さまもいらっしゃるから頑張れるんでしょうね」

お客さまからプレゼントいただいたお店を表現したミニチュア。もうひとつの看板だ。

トラベラーズノートの聖地

「ReiseTasche」を特徴づけている商品のひとつに「トラベラーズノート」がある。牛革素材のカバーと書きやすさにこだわったオリジナルの筆記用紙を使ったシンプルなノートリフィル。これを好みに合わせて組み合わせることで自分仕様のノートをつくることが可能。カバーは使うほどに手に馴染んでいき、風合いの変化や傷も愛着が湧く、まさに「手にとって旅に出たくなるような」ノートだ。「トラベラーズノート」は登録店舗制で取り扱うことができるお店は限られている。最初はなかなかメーカーからの許可が下りなかったが、営業担当の方が前職からの働きぶりをご存じだったことから力を貸してくださり、販売店として加えていただけた。千田さんは単に売るだけではなく、目の前でリフィルをセットしたり、使い方まで時間を掛けてレクチャーしてくれる。そうしているうちに愛媛でトラベラーズノートを買うなら「ReiseTasche」でという評判が口コミで広がり、雑誌『趣味の文具箱 2022年10月号 vol.63』ではトラベラーズノートの聖地とまで評されるほど、信頼のおける店となっている。

旅のお供や日常使いとしても愛用者が多いトラベラーズノート。カスタムするのも楽しい。

人生も日常も旅のようなもの

旅の本を集めた本屋「トラベル・ブック・カンパニー」のさえない店主(ヒュー・グラント)とハリウッドのトップ女優を演じるジュリア・ロバーツが恋に落ちる『ノッティングヒルの恋人』っていう映画もあるぐらい、“旅”は人の気持ちを高揚させるキーワードだ。屋号に “旅行鞄” を意味する言葉をつけているからには千田さんは間違いなく旅好きに違いない。
「まとめて休みを取れることは少なかったんですけど、旅好きで。旅をするために仕事を頑張っているぐらいでした。アジアとか……一番最初はタイに行ってハマったんですよね。人生も旅ですし、まあ、普段の日常生活にも旅を感じていただけたらいいなあと思ってこういうコンセプトのお店にしたんです。最初は(人口が少ない地方都市の)松山でこんなマニアックなお店をやって大丈夫かなんて周りからも心配されたんですけど、自分の好みに合わないものは置きたくないですし、でも(陳列している商品に)全然興味がないお客さまがクルッと回ってお帰りになられることも結構あってその時は本当にへこみました。高校生のお客さまに「リラックマは無いの?」って聞かれたこともありましたね(笑)。10年経って、今ではこれに徹してきて良かったのかなと思っています」

店の歴史を見守ってきた10年間の長き時を休まず刻みつづける時計。

「モノ」を売るより「コト」を売る

お店の前を通ると、彼女がお客さまとお話しされている光景をよく目にする。百貨店時代は所謂いわゆる外販と呼ばれる上顧客を対象とした販売での接客も経験している千田さん。今は当時の接客スタイルとは違うだろうし、そのあたりの変化はどう意識されているのだろうか。
「百貨店は従業員とお客さまの関係だったですけど、自分の店だとより距離が近いですよね。お取引先さまからは冗談まじりに「千田さんは喋りで売ってるから、喋っとけばいい(笑)」なんて言われるんですよ。当時はね、外商担当の方から「無理して売ったらいかん」とか教えていただいたりもしてたんですけど、今はそれが活きてるような気もします。お店を構えているけれど外販しているような感じというか、いらっしゃるお客さまに合わせて接客している感じでしょうか。常連さんをはじめとしたお客さまに支えられていて、大事なのはそういった人間関係のように思います。「モノ」を売っているというよりは共感や満足できる「コト」を売ってるのでしょうね」
「今はネットでモノを買う時代ですけれど、速いところですと翌日に届きますよね。ウチで取り寄せすると1週間ぐらい掛かったりしますけれど、それでも注文してくださるのは届いた時の喜びを「分かち合いたい」ということなのかなと思います」

凛とした佇まいでカウンターに立ちつ姿も美しい。千田さんとの会話を楽しみに来られるお客さまも多い。
千田さんが立つカウンター奥の壁には愛猫の手形が。「ReiseTasche」の招き猫。

お店を入った正面には、壁一面におびただしい数のカードが掲出されていて旅気分をそそるのに一役かっている。これはお客様から募集して応募があったものを展示しているとのこと。今年でなんと7回目の開催で、人気投票をおこなって順位を決めるこの時期の人気イヴェントになっているのだとか。振られている番号を見るとなんと76も!なかには飛行機を模した立体の作品もあったりしてなかなか見応えがある。もともとは中目黒のトラベラーズファクトリーがトラベラーズノートを周知するために催していたポストカードキャンペーンが終了することになり、顧客の希望によってこちらで続ける形で実施しているのだとか。

普段はシンプルな壁も、この時だけはお客さまから寄せられたカードで一杯になる。
コラージュが施された立体の飛行機は……
パカっと開けてアテンションプリーズ。中にも飛行機が。力作は他にもたくさん。

「雑貨」が「雑貨」たる所以ゆえん

イヴェントといえば、他にもちょっとしたワークショップを定期的に開催している。テーマは時節毎に変わるので飽きないし、来店動機にもなり得る。この日はコーヒー豆アートをつくる「一杯のコーヒーとベートーベン」を行っていた。買い物の合間に材料費のみの1コインで気軽に参加することができるのは嬉しい。これは “体験” を持ち帰るということだ。結果として商品の購入につながればいい。ふと気がつくと入店した時から店内ではモダンジャズがかかっていて耳心地が良く、そのうえ千田さんと喋っているとなんだかカウンセリングをうけているような気持ちにもなるから不思議だ。

レコードで聴く音楽は、オスカー・ピーターソンや、チャーリー・パーカーといったモダンJAZZ。

「百貨店育ちなのでものすごい教育を受けてきましたから(笑)。接客の根底にあるものは丁寧さなんでしょうけど、お客さまのお話をしっかりお聞きするということでしょうか。皆さんに楽しんでお帰りになっていただくというのが一番かなあと。そうそう、今はもう昔から続いている個性的な雑貨店がどんどん無くなっていってますよね。それはそれで寂しいことなんですけど、実は「雑貨」と呼ぶこと自体が好きじゃないんです。「雑」に「貨」って、なんでその字をあてるのかななんて(笑)。雑貨って生活必需品ではないけど、心の潤いの部分でもありますから──」

誰もが知る作曲家のベートーベンは毎朝60粒の豆を挽いてコーヒーを嗜んでいたとか。
交響曲第9番が聴こえてきそうなワークショップ。

そうそう、ぼくもトラベラーズノートは贈り物でいただいて持ってはいるのだけれど実は使っていない。千田さんがラッピングをしている様子を見たくて、リフィルを買うことにした(これを機会に仕事でも活用しようと思ったのだ)。「ReiseTasche」のラッピングは実に素敵だ。ちょこんとついた飛行機が旅へと誘ってくれるように思えるし、時間をかけて丁寧につつまれた雑貨はその瞬間に商品から特別なモノへと昇華する。これも体験を持ち帰ってもらうための要素だし、受け取った人は嬉しい思いで心が満たされるだろう。来店時は ぜひ、お願いしてみるといい。きっとぼくと同じ気持ちになるはずだ。

ちょこんと添えられた飛行機が嬉しくなるラッピング。商品に合わせて包み方はさまざま。
こちらは異なる色の紐を組み合わせて、スタンプを活用したクリスマス仕様のラッピング。

長旅しゅざいを終えて

映画『男はつらいよ』の主人公、フーテンの寅さんこと車寅次郎は、旅に出る時にはいつも大きな革のトランクを持っている。その中身はというと、シャツにふんどし、手ぬぐいや薬、財布に目覚まし時計などのほか、筆記用具とレターセットまで備えていた。旅先から実家に送る手紙は「後悔と反省の日々をうち過ごしております」なんて文句がお決まりだったけれど、読んだ「とらや」の面々は「馬鹿なこと言ってるよ」なんて口には出してみても内心は嬉しかったに違いない。

店の象徴のような革のトランク。スクリーンで観た寅次郎の鞄を思い出した。

取材を終えてしばらく経ったころに千田さんから一通の手紙が届いた。郵便屋さんから直接手渡されたにもかかわらず、窓からスイーっと飛んできたように思えた。なんて粋なんだろう。ぼくのGoogleマップ上のフラッグがハートマークに変わった瞬間だった。

旅行鞄から飛び立った紙飛行機がぼくのもとにひらりと舞い降りてきた。


【ReiseTasche(ライズタッシェ)】
住所:〒790-0033 愛媛県松山市北藤原町15-14-101
電話番号:089-947-7071 
営業時間:11:30-19:00
定  休  日:不定休
Website  :なし
Instagram:reisetasche1000
駐  車  場:なし

今回の書き手:越智政尚
松山市出身・在住。「文学のまち松山」でBOOK STORE 本の轍を営むショップキーパー。休日は映画を観たり、レコードを聴いて過ごしたり、暮れゆく空を眺めるのがお気に入り。MORE BOOK , MORE TRACKS。
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