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やってやれないことはない6話 『中国への旅 上海 南京 天津 北京』


自転車の旅から帰宅して1か月経ったころ、東京都のお知らせを見ていると第一回日中友好青年の船団員募集の記事。

「近くて遠い国」をタイトルに作文提出したところ、一次選考合格。二次選考は面接。身上調査並みの内容の質問が飛んできたと覚えています。
日本と中国は体制が異なり、戦後の和解ムードの中で微妙な時期。    自衛隊出身の私は無理だろうと考えていたのにもかかわらず、三次選考も合格でした。

500名以上を乗せたコーラルプリンセス号は、労働組合の赤い旗が林立する中を音楽隊の演奏が終わると銅鑼の鐘がなり、晴海ふ頭を出港しました。
目指すは、上海です。

南シナ海は大荒れで、1万トンの船が波間に沈む程に木の葉のように揺れまくり、甲板には大波が打ち付けていて生きた心地がしませんでした。
                                       船内では勉強会の連続で、考えたこともないことばかりで頭の中が混とんといや、朦朧としている有様です。
                                              静かな海の上に朝霧が覆い、その向こうのもやに浮かぶ上海の街並みが見えた時、何とも言えない感傷が湧いてきていました。

港に汽笛が響き渡り、岸壁に到着です。
数えきれないほど多くの子供たちが色鮮やかな衣装をまとい、日本と中国の国旗を振りながら音楽隊に合わせて踊り、そして歌っています。
こんな光景は見たことがありません。
歓迎されていることだけは確かと安心しました。

上海、南京、天津、北京の各都市をバスと列車で回り、各都市で交流、見学を行い、二週間の旅は終わります。
                                                この旅程中に事件がありました。
                                              団員の班長から、中国側から行動調査が入ったから写真をあまり撮らないようにとのことでした。
私は記録係で写真担当なのにですか?
先方から照会が入ったので目立たないようにしてほしいとのこと。
写真を撮ってだめなら、事前に伝えてくれればいいのに。というのも無駄。
                                        知らぬ間に見張り役がついていて、本当は友好ありきではなく、疑念ありきの受け入れであったことに残念な思いとともに、私の知らない体制の違いは、こういうことであると知った出来事でした。

万里の長城は、スケールの大きさに驚きを覚えましたが、トイレでカルチャーショック。
                                                想像してみてください。
                                                平らなコンクリート床に便器型の溝があり、ぼとんと落ちるところが右から左に水が流れています。これも水洗トイレ?
このユニットが横に一列20室くらい並んでいます。水の流れは一直線で上手の人の落し物が見えてしまいます。                   個室?仕切りは両隣の板へいで立てば丸見えの高さまで。
まして、後方は一切の仕切りなしの通路。その後ろは便所建屋の壁で入り口と出口は外から丸見えでした。
流石に女性は建物をぐるりと囲んで外から見えないようにしていました。

因みに一般住宅のトイレは、立派な黒い漆塗りの桶でした。朝に道路の排水溝に流し、水で洗って歩道に立てかけて乾かしています。

昔の日本も同じだっただろうと思うと、いかに今の日本が衛生的に恵まれているか感慨深く思います。

北京のホテルに滞在中に起こった事件は、夜中の0時にドラの鐘とともに始まりました。
                                                 鄧小平が失脚したという大騒動です。                            資本主義経済の導入に反対する文化大革命推進派の四人組が毛沢東を説得した政治動乱でした。第一次天安門事件の総轄です。
                                                  街に人が大勢集まり、翌朝は街中歓迎のデモ隊が横断幕をもって練り歩き、私たちのバスも動けなくなってしまいました。
毛沢東 万歳!!と叫びながらこぶしを挙げたシュプレキコールの中、うねりが大きくなります。
『政治の躍動』を目撃したことは初めてでした。

今の中華人民共和国の政治の流れは、失脚したはずの鄧小平の思想に基づく資本主義市場経済の導入であることに間違いありません。                   第二次天安門事件では、鄧小平が復活して民主化を抑え込むことをしました。                                               どんでん返しではなく、共産党一党独裁堅持のための資本主義市場経済の導入であったということになります。                               資本主義市場経済は民主化とリンクしていないということですね。

通信教育の大学で法学部政治学科専攻でしたので少し掘り下げてみました。

日中友好青年の船の帰路は静かな船上の旅となりましたので、酔う団員もほとんどなく、安堵の中で寝ることができました。

人生、立て続けにいろいなことが起こります。

次に待っているのは、どんなに素晴らしいことか高揚感は続きます。

このnoteは、私の人生において成功・完結・失敗・後悔などのストーリーです。 若い皆さんのヒントになればと思って書いています。 書いてほしいことがあれば、気軽にご連絡ください。 サポートは結果であると受け止めておりますのでよろしくお願いいたします。