「緊張」という演奏家最大のトラウマを乗り越えた話
実は私、「チェロ」という楽器をオーケストラで演奏していて、かれこれ今年で7年目になる。社会人になってからのレイトスターターではあるものの、さまざまな楽器を経験する中で自分の体に最もピッタリくる楽器がチェロだった。
私と音楽との出会いは語り始めると1〜2本くらいかけそうなのでまた別の機会に譲る。が、コンパクトに紹介すると2歳のリトミックから始まり、3歳からピアノ、中高吹奏楽部でトロンボーン・フルート、学校の合唱コンクール等行事ごとのピアノ伴奏などを経て、現在に至る。
音楽人生は微妙に長いものの、チェロをはじめてから学ぶことは非常に大きい。例えば、音程の取り方。ピアノは押せば出るし、フルートも管の音程さえ合わせればキーを押せば出る。トロンボーンはスライド式なのでチェロとも近いが、弦楽器の音程の取り方はいかに自分の耳で聞いて合わせるかが勝負になってくるので非常に難しい。
他にも、小さい時ピアノを習っていた時には一ミリも考えたことのなかった、楽譜にない表現を音に表す方法や、感情を音に乗せる方法など、想像したよりいわゆる技術はもちろんだが、「感覚的」なものを音で表現するということが非常に重要であることがわかった。
社会人になってから始めたが故に、感覚よりは論理が優位で、頭で理解した内容を体で表現する心身一体の格闘技のような楽器をどのように使いこなすのかが問われるため四苦八苦しているが、仕事と異なる感情や感覚を使うのはとても楽しい。
「緊張」という大きなハードル
そんなこんなで7年ほどチェロを続けているのだが、個人的に最大の敵かつ乗り越えなければいけない壁は「緊張」によるパフォーマンスの低下。
オーケストラは同じパートに少なくても6人以上いるのであまり大きな緊張は起こらないものの、それでも本番は普段の練習ではやらないようなミスをする。
個人的に最もこの壁が大きく立ちはだかるのが、カルテットやソロの個人の頑張りがもろ反映される場面。実はこのアンサンブルやソロの本番は何度かやってきてはいるものの、満足な結果で弾き切れたことが一度もない。それどころか、一度無伴奏の演奏会では途中で止まるという前代未聞のミスもしたことがある。曲が止まった瞬間のあの空気が凍るとはまさにこのことか、という実感はいまだに鮮明に覚えている。
私の場合、「緊張」してしまうと、手先がどうしようもなく冷えてしまい、両肩がびっくりするほど筋肉が固まってしまう。手が冷えると指の動きが悪くなるし、筋肉が固まると普段の動きでやってしまうと極端に小さい動きになってしまう。さらには、暗譜で弾いていると次の音がなんだったか飛んでしまった、というのが無伴奏でやらかしたミスだ。
それ以来カルテットやソロの本番のハードルがどんどんと自分の中で上がってしまい、舞台に立つことも嫌になってしまった。
大緊張のカルテット
そんな大トラウマを抱える中、つい先日弦楽四重奏を演奏する機会に恵まれた。この弦楽四重奏、実は毎年1回乗る機会はあるものの、今まで十分な成果を実感できた本番がなく、昨年はとうとう乗ることが苦痛になり乗らなかった。このカルテットはそんなトラウマを抱えた中の、1年越しの本番だった。
曲目は、ボロディンの弦楽四重奏第2番。チェロとヴァイオリンとの掛け合いの美しい曲だ。チェロ弾きなら一度は憧れる名曲で、とにかく弦楽四重奏には珍しく主旋律が多い。
本番前の合わせの機会は、3回。そこまでに、曲のテンポ感や、受け渡しのタイミングを調整。いい曲ではあるものの…チェロはハイポジションと呼ばれる楽器の下の部分の弦を弾く難しい部分もあり、練習ではきちんと弾けるものの、最後まで正直安心して本番を迎えられるメンタルには至らなかった。
【参考までに】めちゃくちゃいい曲なので是非聞いてみてほしい↓↓
そしていよいよ本番当日。
どこで読んだか忘れたが、演奏家がはじめの一音を出す時のストレス値は、パイロットが飛行機を着陸させる時のそれと同じくらいらしい。
2ndの音を聞きながら1楽章の一音目を出す。それを受けるように1stのメロディが優しく返してくれる。弾き始めた瞬間から、いつもの手の冷たさや筋肉の収縮は感じる。でも、いつもと違うのは音があたたかい感じがする。楽器同士で対話をするように進むのを感じた。
あとで振り返って思ったのは、いつもと違い、あの時間は本当に音楽のことだけしか考えていなかった。普段はこのあと怖いパッセージだとか、音程合わなかったらどうしようとか、お客さんに見られている怖いとか余計なことを結構考えている。でも、あの時あの瞬間だけは本当に真摯に今その時の音楽の世界の中にいた。
正直、ミスはした。結構重要なチェロソロのフレーズで、1音まるっと弾けず飛ばしてしまったのだ。その瞬間は、ミスったと思ったものの、それよりもその音楽の大きな流れや、テンポ感の支えがあり、その後はミスなく乗り越えた。いつもならそこで緊張がさらに高まるところを、周りのメンバーの音楽への集中力と大きな流れのおかげであっという間に終演。終わる頃にはミスをしたなんてこともほとんど気にならなかった。
演奏終了後、客席で見てくれていた仲間から「本当に素晴らしかった」「一体いつそんな上手くなったの?」「ソロが美しかった」など普段は滅多にいただかない絶賛をいただいた。同じチェロを弾く友人からは、その後日が経った後もあのボロディンは良かったと何度も褒めていただけた。実はこれがきっかけで、別の本番をもう1個いただくことができた。
あの、音楽と一体になる感覚が、客席まで伝わっていたのかもしれないと思うと、なんだかとても心温まる経験をした。
自分を認めることが、第一歩
私のトラウマの乗り越え方、それはミスをしない100%を目指しつつも、ミスをしてしまったことを踏まえ、それを自分の音楽だと認めてあげることだった。完璧な音楽だけが正解なのではない。今までは一度ミスをしてしまったりするともうそのことで頭がいっぱいになっていた。でもそれは一緒に演奏する人や何より音楽へのリスペクトができていない。ミスもあったけど、それを乗り越えてその曲の世界観を作れていたか、楽しんで弾けていたか、他のメンバーと楽しんで曲作りができていたか。お互いをリスペクトし合い、その瞬間だけは音楽のみに集中する。それが重要だった。
この大きな学びを得たカルテットは、きっと今後の演奏にも大きく役に立つに違いないということで今回noteにアーカイブすることにした。次はソロで同じように上手く行くか…試してみようと思う。
今の楽器に出会って、今年の11月4日で7年。この経験を胸に、これからももっともっと良い音、もっと心に響くような音色を出せるよう日々精進していきたい。
<おまけ>
ちなみに演奏家のメンタルトレーニングという点で、以前こんな良書を読んだのでご参考までに。かなり細かく自分がどのような時に緊張してしまうのか、診断形式でアンケートに回答し調べることができ、それを元にどのようなトレーニングが必要か事細かに書いてある。同じような悩みを持たれる方は一読の価値ありだと思う。
個人的には本番前に、本番のことだけを考えてしまうともう緊張が高まりまくってしまうので直前まで関係のない雑談をしていたり、ご飯を食べたり無駄な動きをすることで解消している。あとは、お客さんを見ない。自分の音だけに集中する。これ大事。
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