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飴玉ひとつで


その女の強く硬く、動かされるはずのない心は打たれたのだ。とある一人のストリートチルドレンによって。

とある異国の地にて。

日が沈む頃、僕はひとり、外で何も考えずただタバコを吸っていた。どこへ行こうか?何をしようか?そんなことを考えたところで退屈な心は沈みはしない。

悲し気な空の下、その女はどこからかやってきて僕に話しかけた。

「明日クラブに行かない?」

その女は若く、クールな出で立ちで美しかった。

唐突故に若干動揺したが、僕は平静を装った。

「別にいいよ」と僕が答えると、

その女は一切笑みを浮かべず、

「じゃあ明日、この時間にここで待ち合わせね」と淡々と言った。

 
異国の地で同じ日本人に出会うと、勝手に親近感がわき、話しかけやすくなるのは僕だけではないようだ。

そして何故だか、短いやり取りの中で僕はその女の淀んだ心みたいなものを感じた。


翌日、日が沈む頃、僕はその女との待ち合わせ場所へと向かった。


僕が着いてから10分後くらいにその女はやってきた。カジュアルな服装とタトゥーがよく似合っていると、僕は思った。


ナイトクラブが開くまで、まだ時間がある。

「どこ行きたい?」僕がそう聞くと、その女は「海が見える場所へ行きたい」と言った。

しかし、もうすでに辺りは暗くなりかけていたため、少し早いと思いつつも、BARやクラブが立ち並ぶ夜の街へと向かうことにした。

僕たちは車が行き交う道でタクシーを呼び止め、乗り込み、運転手に行き先を告げる。

夜の街への道中、僕たちは何気ない会話をする。その間、その女は一切微笑まず無表情で、会話をしつつも、どこか上の空といった感じだった。僕とぶっきらぼうなその女はお互いの事をあまり話さず、名前すら知らずにいた。僕たちとは対照的に、窓から流れるスラム街には活気があった。

僕はその女と出会った時からどこか似た感覚があると勝手に思っていた。人が嫌いなわけではないが、他人に心を簡単に開かず、自分が興味のある人以外とはつるまない。その女も同じだと思った。そして美しく荒んだこの世界や社会に対しても中指を立てているような淀んだ心を微かに持っている。その女も同じだと思った。

少しするとその女は「お腹が空いた」と呟く。僕は辺りを見渡し、ハンバーガー屋を見つけるや否や「ここで降ろしてくれ」と運転手に伝えた。

ハンバーガー屋に着くと、僕たちはそれぞれ拙い英語で注文した。店内は現地の人たちでごった返している。

賑わう店内、「適当な英語でもなんだかんだ通じるよね」とその女は人間らしいことを言った。


腹を満たした僕たちはタクシーを呼び止め、再び夜の街へと向かった。ネオンに吸い寄せられ、しばらくすると夜の街に着いた。

タクシーを降りると、無数の手が伸びてきた。ストリートチルドレンや売春婦、物乞いに売人。彼らは瞳に希望を宿し、今日を生きている。僕は悲しい心で彼らを振り切り、夜の街を歩いていく。

この異様な光景にもその女の心は微動だにせず、ただ無言で僕についてくるだけだ。通りすがる娼婦たちは僕の耳元でロボットのように口から数字を並べている。

クラブが開くまでとりあえず時間を潰そう。そう思い、近くにあったコンビニに目を向ける。コンビニの前にはイスとテーブルがあり、現地の人たちがお酒を楽しんでいる。活気に包まれた場に惹かれ、僕たちもお酒を買い、コンビニの前で飲むことにした。僕は青いお酒を飲み、その女は黄色いお酒を飲む。酔いがまわったその女は僕に色々な話をし始めた。

その女が韓国と日本のハーフだという事。親父は元ヤクザで小指が無く、母親の記憶はほとんどないという事。中学の頃は悪い奴らとつるみ、色々な薬物に手を染め、毎日違う男と寝たという事。そんな話をその女は淡々とした。

出会った時にその女の淀んだ心を感じたのはこれらが原因だと思った。

話中、その女の表情はなく、感情の起伏もない。その女の心は微動だにしないのだ。

夜が深まるにつれ、街は活気づいていく。短針が9を追い越そうとしている頃、目の前の道では三才くらいの幼いストリートチルドレンが行き交う人々に物乞いをしていた。そのすぐ横では娼婦が立ち、口から数字だけを並べている。角で帽子を深くかぶりタバコに火をつけた売人の瞳には、日常が映っているだけだ。

すると、三才くらいのストリートチルドレンが満面の笑みで僕たちのところへやってきた。

ストリートチルドレンはその女の目の前に立ち、片手を前に出す。その女はストリートチルドレンの顔を表情一つ変えず、無言で見つめ、僕は静寂に包まれた。

そして次の瞬間、その女は懐中にあった一つの飴玉を取り出し、“微笑み”ながらストリートチルドレンに渡したのだ。

ストリートチルドレンは何かを言った後、とても嬉しそうに駆け足で帰っていく。その後ろ姿をじっと見つめていたその女の眼には涙が滲んでいた。

その女の強く硬く、動かされるはずのない心は打たれたのだ。とある一人のストリートチルドレンによって。

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