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【青年海外協力隊ベトナム日記 2006〜08】 第28話 「情報」がやってきた

私の住む町はベトナムの中でも都会から遠く離れた田舎なので、外からの情報はほとんど入ってこない。

更に、私が勤務している大学には今まで数冊の古い画集しかなく、学生たちの持つ「美術の世界観」はその古い画集の中から広がることはなく、ただひたすら画一的な「正しい絵画の描き方」を教えられた通りに学んでいるだけだった。

「情報」を増やすことこそ、ここで私がやるべきことだとの思いから、JICAの「世界の笑顔のために」プログラムを利用し、日本の美術大学に画集・資料集等の寄付を申請してから早10ヶ月。

先日JICAから無事に物品がベトナムの港に到着したとの報が入った。
その後、検閲と国内輸送手続きを済ませ、昨日ようやく私の手元に届いた。

一時は私の帰国に間に合わないのではないかとも不安になったが、なんとか私の任期内に届けてもらうことができて本当によかった。

画集、資料集、写真集、絵本などの書籍、総冊数637冊。
協力先は多摩美術大学、武蔵野美術大学、女子美術大学の美術大学3校。

申請を出す前は、誰もベトナムのことなど関心が無く、募集しておきながらほんの数冊しか集まらなかったらどうしようと考えたりもしたが、いざ蓋を開けてみたら日本の代表的美術大学3校から非常に積極的に協力していただくことができた。

多摩美術大学と武蔵野美術大学の2校とは初期段階からEメールにてやりとりをしていたのだが、今回、物品のリストを見て初めて女子美術大学からも協力していただけたことを知った。
早速、女子美術大学に対し、お礼と今まで協力を知らず一切連絡をしていなかったお詫びの連絡を入れた。

初期段階より連絡を取り合っていた2校は、見ず知らずの私の依頼に対してかなり早い段階から積極的に賛同してくださり、さらにはポスター制作、ホームページ掲載等さまざまな場での呼びかけをしていただき、途中経過等のこまめな連絡もしていただいた。

先日、武蔵野美術大学前理事長がベトナムに旅行でお越しになるとの話を伺い、ぜひ今回のお礼をしたいと思いサイゴンにてお会いさせていただいた。
先生は、私のような名もなき人間が行っている細々とした活動にまで関心を持って耳を傾けてくださり、先生からも有意義なお話を聞かせていただけた。

到着した物品は希望通りバラエティに富んだ品々だった。一冊一冊手に取り、ページをめくり、においを嗅ぎ、その本が辿ってきた過程や、寄付していただいた方々の気持ちを想像するだけで胸が熱くなった。

早速学生たちに知らせたところ、彼らは目を輝かせ日本から送られてきた本を手に取って隅々まで熱心に目を通している。

今回日本から寄付いただいた物品は、必ずや彼らの視野を広げて新しい世界への扉を開くきっかけとなることだろう。
現地の先生方にとっても、今まで見たことの無かった表現や価値観の多様性を知ることによって、今後のより良い指導のために有効に役立つものになると信じている。

600冊は当初想定していた量の倍以上の数だったので、到着したときにはダンボールが山積みになりすごいことになった。
子供向けの絵本等は市内の文化施設にも寄付しつつ、その後大学の図書館に寄贈した。
貴重な物品を寄付してくださった方々の思いが詰まった大切な画集・資料集等が今後他方面で有意義に活用されることを願う。

今回の件は、日本で協力していただいた大学や、実際に物品を寄付してくださった多くの方々のおかげで実現することができた。
一人一人の善意に改めて心から感謝したい。

また、JICAベトナム事務所からも所長を始め、多くの方々に気にかけていただき積極的なご支援をいただけたことに感謝の念は尽きない。

そこから見えてきたもの

ここでひとつ面白い現象があった。
それは、学生たちと先生方の興味を示す本が明らかに異なっていたということだ。

多くの学生たちは、ベトナムではまだ「美術」の範疇に収まっておらず、ほとんど知る機会も無い「現代美術」の本や「日本美術」の本、「世界のデザイン」の本など幅広い分野に興味を示し次から次へと本をめくっていた。

一方先生方は学生たちとは対照的に、あらゆる時代あらゆる分野の本が大量にある中、100年以上前の画家である「ピカソ」「ゴッホ」「ルノワール」などの、美術に興味の無い人でもまず知っているような画家のものを真っ先に手に取り、その後も別の分野の本に興味を示すことはほとんど無かった。

そこには、学生たちは新しい価値観に強い関心を持ち(若いベトナム人は基本的に新しいもの好きが多い傾向にはあると思うが)、先生方は価値の確立されたものに関心を持っている、という構図が見えてくる。

だがこのような若者が新しいものを求め年配の方は価値の定まったものを求めるという傾向は特にベトナムに限ってのことではなく、日本や諸外国でも同様に十分ありえるだろうし、また一概にその傾向を否定する必要もない。

けれども、美術に関心の少ない一般人ではなく美術の道を歩む者として彼らを見た場合、指導者でもある先生方は従来の伝統や価値を重んじつつもなおかつ常に新しい価値観やさまざまな分野に敏感にアンテナを張っていてほしい。

指導者が「閉じられた美術」に対してだけでなく、新しい価値観やさまざまな分野に目を向けない限り、もっと言えば、仮にいずれ現場の指導者が意識を持つようになってきたとしても、国の教育局が現在の指導法を根本から大幅に修正しない限りこの連鎖はいつまでも終わることは無いように思う。

続く ↓

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