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知人のボクシングの試合を観て〜極限の世界

生まれて初めてボクシングを観戦してきた。

僕が以前に勤めていた会社でアルバイトをしてくれていた「中川公弘くん」が大事な試合のリングに上がるということで、これは絶対観させてもらわねければ!ということで、本人に連絡を取ってチケット買わせてもらった。

中川くんとは彼が20歳くらいのときにアルバイトの面接に来てくれたことによって出会った。面接を担当した僕に当時の彼は「プロボクサーになるのが夢です。」とまっすぐ語ってくれた。僕自身は、ボクシングにはまったく明るくないのだけれど、プロボクサーになることが簡単なことでないだろうとことは想像できた。歌手になりたいとか、そういうレベルの夢と同レベルで難しいのだろう、と。でも、20歳の男の子が、そんな夢を持っていること自体が素敵だと思った。自分の夢のために、僕の勤めていた会社のアルバイトが都合がいいから働かせてほしいとのことだった。僕はその場で採用を決めたことを今でも覚えている。

今から12年前の話だ。初めて会ったころの彼はたしか丸坊主に違いスポーツ狩りだった。あどけない彼を笑顔を今でもしっかりと覚えている。

あれから僕自身は人生そのものに紆余曲折があったのだけれど、中川くんはこの12年もの間にプロボクサーとしての成長を立派に遂げていた。直接会う機会はなかったけれど、僕がその会社を辞めたあとも、彼のボクサーとして成長していっている姿は、彼が発信するSNSを通して見させてもらっていた。その努力の姿は、とても心打たれるものがあって僕自身にとっても刺激になっていた。

昨年の2023年の5月頃だったと思う。僕が店で仕事をしていると、店の前の横断歩道を満面の笑顔で渡ってくる男性がいた。その男性は「ますさん!お久しぶりです!」と当店の扉を開けるなりそう言った。10年以上ぶりに会う中川公弘くん、その人だった。彼も僕のSNSを見てくれていて、僕がやっているお店に来てみたいと思ってくれていたみたいで「やっと来れた。」と喜んでくれた。10年以上ぶりに会う彼との会話はとても盛り上がった。お店に居合わせた当店のお客様も彼の「プロ」の話に魅せられた。10年以上ぶりに会ったけれど、彼の魅力は変わらないどころか、その輝きは増していた。

10年ぶりに再開した中川くんと当店で2ショット

彼のボクシングへの真摯な想いに胸を打たれて、僕は彼には絶対「チャンピオン」に登り詰めてほしいと心から想った。想ったというよりも「祈り」に近い気持ちだった。帰り際に「彼に絶対"天下"取ってな」と伝えた。すると、彼は僕の目をまっすぐ見て、こう言った。

「そのつもりでいます。」

サインをしてくれながら、天下を取ることを約束してくれた

僕と再開したときの彼の階級は「フェザー級8位」で、それから1年が経ち僕が観戦させてもらった試合の時点(2024年3月12日)で、彼は「フェザー級1位」になっていた。「1位」。ボクサーの総人口はわからないけれど、1位になることがどれだけ難しいことかということは想像に難くない。その数字からも彼の並大抵でない努力の跡が感じられる。

昨日の試合に勝てば、中川くんはチャンピオンに挑戦できる権利を得ることができる。彼にとっては、勝つことは是が非であり、ボクシングに詳しくない僕でも昨日の試合がとても大切な試合であることは理解ができた。場所は「後楽園ホール」。ボクシングの聖地。会場に入ると今まで感じたことのない緊張感と熱気が充満していた。座席は満席。僕の周りに座っていた観客の人たちは、みんな口々に「中川公弘」の名前を口にしていた。この客席を埋めている人たちは、みんな中川くんを応援しに来ているんだ・・・そう思うととても胸が熱くなった。さすが彼の人望だと思った。

リングアナが「赤コーナー・中川公弘!」と叫んだ瞬間、赤コーナーの応援席は大いに湧いた。それぞれが「なかがわー!」「きみひろー!」と声援を送っている。それらの声援は大きな集合体となり、地響きになっているくらいだった。

ゴングが鳴ると会場は一気に静まり返った。パンチが風を切る音と、少しずつ動かすシューズが擦れる音が聞こえてくるくらいだった。

赤のパンツが中川くん

1ラウンド3分。全8ラウンド。計24分間も極限まで張り詰めた神経の中で、パンチを繰り出し続け、体勢を整え、相手に向かい続ける。それが、どれだけ精神的にも体力的にもきついことか・・・。観客の僕達のとっては3分間というのはあっという間だけれど、やっている本人たちからすればとてつもなく長い時間に違いない。

両者ともにパンチが速すぎて、風を切る音がすごい。

自分の力を出し切る、という言葉がある。僕は、昨日の中川くんを観ながら「全力を出す」ということがいかに難しいことなのか、ということを改めて感じていた。全力を出すというのは、単に従来からの精神論にとどまらず、フィジカル面、メンタル面の両面において「最高潮」であることからこそできることであって、そこへの調整というのはとてつもなく難しいことなのだと感じた。「全力を出す」「本気を出す」。言葉にするのは、簡単なことだ。でも、それをそのレベルで行動に移し、結果を残していく、というのは並大抵のことではない。

獲物を狙うような目にこちらもくぎつけになってしまう。

僕も、僕自身でもびっくりするほど、大きな声を出して彼を応援していた。「いけ!」「そこだ!」「やれ!」「いいぞ!」大人になってから、あんなにも腹の底から大きな声を出したのは初めてかもしれない。気がつくと、僕は手をぎゅっと握りしめて、前のめりに、拳を交えて応援していた。自分を出し切ろうとする中川くんに、入り込められしまった。

最後の最後まで中川くんは攻め続けた。

相手の選手も下半身がしっかりしていて、とても安定感がありとてもいい試合だということが素人目にもわかった。好試合の結果、中川公弘くんは、判定でほんの数ポイントの差で負けてしまった。レフェリーが青コーナーの選手の腕を高く挙げたときに、中川くんはガクンと肩を落としてうなだれた。

彼が本気だった証拠だ。

昨日の試合を観させてもらって心から感動したし、彼と出会えたこと、そして10年以上にわたり縁を繋いでもらっていることに感謝の気持ちでいっぱいになった。同時に、まだまだ彼には昇り詰めてほしいと思っている。彼の32歳という年齢はボクサーからすると、少し高い年齢になってきているのかもしれない。でも、それはあくまで「平均的」な話であって、僕は中川くんには当てはまらないと感じている。

彼には人の何百倍の想いがあるのだから。

"女手ひとりで育ててくれたお母さんに恩返しをしたい"

10年以上一つのことを継続し、そして結果を出している。それが
自体が素晴らしいことだ。けれど、彼にはもっともっと上の「結果」を出すために、彼にはもっともっと上を目指してほしい。僕自身も彼に刺激をもらって、さらに高みを目指したいと思っている。

中川くん、とてもいい時間をありがとう。

この文章を書くにあたって、かつての部下とはいえ30代を超えた第一線のトッププロに対して「くん」で敬称することに少し考えることがあったのだけれど、やはり中川くんは中川くんで、中川さんと書いてしまうとこの文章に乗せる僕の心も少し変わってしまうので、失礼を承知であえて「中川くん」のまま文章を綴らせていただいたことを最後にお詫びしたい。

僕は中川くんの次の試合も見に行きたいと思っている。
彼が天下を取るまで、見させてもらいたいと思っている。

中川くん、がんばって。天下取ってな。


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