自己紹介(過去振り返り編)

#自己紹介
はじめまして、まっくんです。
1993年生まれ29歳。
今回は私が現在の病状になった経緯をざっくり説明します。

【経緯】
25歳の時、慢性的な顔の脂漏性湿疹といちご鼻の治療を行うため、美容医療を行うことを決心

Aクリニックにて全5回のレーザー治療を行うも寛解せず、赤みと皮脂量が増し、別のクリニックで再治療することに

Bクリニックでは別の方法で全5回の治療を行うも、赤みや色素沈着が取れない状態まで状態悪化。
後遺症として鼻の部位のみ肌が赤白く黒ずみが目立ち、軽い火傷のような状態になる。

仕事がまともに行えない状態まで、精神が追いやられる。精神科に通い始める。
その時初めて書いてもらった診断書がこれです。
(他の診断書は全て当時勤務していた会社に提出していた為、これしか見当たりませんでした)

初めて貰った診断書

今まで仲が良かった同期や会社の人たちから距離を置かれ始める。(これが一番辛かった…)
自分では気にしないようにしていたがそんなにひどい状態なのかと悟る。
鏡を見ることが嫌になる。

精神科にてうつ病と診断を受ける。
約3ヶ月休職をする。

会社の復職担当の人の助けを借りて、別部署にて復職するも会社に迷惑をかけていると感じ復職後3ヶ月で約4年勤めた会社を退職

うつ病は寛解していない状態だが、早く就職した方がいいという周りの声に焦りを感じ1ヶ月の転職活動を行い異業種へキャリアチェンジする。
(接客業が好きでそのキャリアしかなかったが、同じ業種はこれからは無理と判断したため)



転職後膨大な業務量についていけず、社内ではお荷物状態になる。
うつ病が悪化し常に相手の顔色を伺うようになってしまい、不安障害、視線恐怖、醜形恐怖症になる。
精神科と皮膚科を通っていたが、誰の診断が正しいのか信用することができず転々とする。精神科5院、皮膚科3院
約4ヶ月で退職。

人間不信になり、このまま生きていても意味がないと感じ自殺を図るも未遂に終わる

地元(祖母の家)に帰って半年療養

地元の市役所で3ヶ月パートしながら転職活動

親と同居しながらSESでリモート勤務(現在3年目)
手に職をつけるためプログラミングの学習をし資格をいくつか取るも、本当にしたい事はなんなのかと迷走中。


以上

と、まあこんな感じです。

25歳当時はキャリアアップできる機会が巡ってきて、チームをまとめて人前に立つ機会も増えてきたことから、長年思い悩んでいた治療に踏み切りました。

しかし、実際は期待とは真逆の結果になりその現実を受け入れる精神力を、持ち合わせていませんでした。

きっかけがしょうもないですよね。。

自身の鼻の状態については今でも常に頭の中に不安要素として残っています。親は「全然気にならない」と言ってくれますが、実際他の人からのリアクションで「やっぱりダメなんだな」と落ち込む。の繰り返しです。

時々いっそのこと顔全体に入れ墨でも入れたらいいのかなと考えますが、中々その勇気が出ないのと甥っ子に怖がられたくないので、その案は保留中。
現在は自分なりに情報を集めて、少しでもマシになる方法を模索中です。

もうあれから4年が経ちました。

今では親も60代を超えました。

祖母はこんな自分を心配したまま昨年亡くなりました。

最近はこんなに行動力が無くなった自分が嫌で、これから先が不安になりほぼ毎日悪夢を見ます。

時間は残酷にも過ぎていくんですよね

今年こそは行動して何かを成し遂げたいと思います。

【直近の目標】としては

・現在オンラインサロンで作成中のプログラムを完成させる。
・Twitterを毎日更新する
・Twitterで同じ境遇の人と繋がる
・noteを書く(2023年6月までに10記事)

です。

今回はその決意表明と、今まで誰にも言わず心の中に閉まっていた過去をざっくりお届けしました。

ここまで見てくれた方ありがとうございました。

そしてこれからよろしくお願いいたします。


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