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AI / 機械学習による需要予測のモダン化とその留意点。そして、未来を作る

未来を予測する

前回の記事に続いて、アイザック・アシモフの話を。アイザック・アシモフの傑作「ファウンデーション・シリーズ」が2021年からApple TV+ にてドラマ化される。

人類の未来を予測することを可能にする心理歴史学者 ハリ・セルダンの物語から始まるファウンデーション・シリーズは、シリーズの途中にもたらされる予言崩壊の危機とその克服も通して、「未来を予測する」ことの本質について考えさせられる作品でもある。


AI とは「予測」のことである

トロント大学 ロットマン経営大学院の Prof. Ajay Agrawal は、共著書「Prediction Machines: The Simple Economics of Artificial Intelligence (Harvard Business School Press, April 2018)」の中で、現段階でのAIは、膨大なデータに基づいた「予測(Prediction)」をするためのコストを下げたことが本質であると喝破した。そして、そのコンセプトに基づき、経営においてAIを取り扱う手法・ワークショップである「AI Canvas」を考案した。

AI とは「予測という情報処理」である。持っている情報から持っていない情報を予測する。それが 現代のAI の本質的な価値である。

「予測」は、様々な領域においてその価値をもたらしうる。例えば、新しいゲーム端末はどれぐらい人気があり、注文がどれぐらい入りうるのか? 来週の病院のベッドの空き状況はどうなるのか。3ヶ月後のホテルの部屋の空室状況はどうなのか。予測の中でも特に正確な需要予測は、業界を問わず、企業にとって機会損失を回避し、大きな利益につながるポテンシャルを持つ。

需要の見積もりがどれぐらい正確なのか。どれぐらい確度のあるものなのか。どれぐらいぶれてしまうのか。これは日々、企業のマネジメントを悩ませている問題だ。需要を正確に見積もろうとしても、自社内のどのようなデータを使うのか。需要が変化しうるシグナルをどう反映するのか。社外のデータは何を使うべきなのか。天候による影響から、ソーシャルメディアでのインフルエンサーの投稿まで、消費者心理に影響を与え、購買に導くファクターは数多くある。更に、予想外のことも起こる。例えば、COVID-19 のアウトブレイクへの対策としての自宅隔離によって、世界中でパン焼き機は飛ぶように売れ、逆に旅行用スーツケースの需要は激減した。


他の多くのソリューションと同じく、需要予測に銀の弾丸はない。しかし、予測の精度をあげる方法は様々ある。この記事では、需要予測のモダン化とその留意点について述べようと思う。


需要予測とサプライチェーン

サプライチェーンについて考えたとき、需要予測とそれに基づく需要計画は、多様な役割を果たす。それは単なる予測にとどまらず、調達の最適化、在庫の最適化、倉庫保管、出荷、価格の最適化、予測と実際の売上との差のモニタリングによる異常事態の検知等、様々に及ぶ。それゆえ、需要予測はサプライチェーンを通してできるだけ現実に近づていくことが全体最適の観点で大切になる。

どのようにして現実的に可能な範囲で最高の需要予測を実現するのか。もちろん答えとなるアプローチは、業種、利用可能なリソース、需要予測で達成したい目的によって異なる。


伝統的手法

回帰木、重回帰等、従来の統計学的な予測アプローチは安定したマーケットにおいては依然機能するので、引き続き重要な手法であり続ける。エクセル等の基本的なソフトウェアで行うことができ、時系列データを入れさえすればモダンなデータ分析ツールにおいてはほぼ自動的にモデルを構築することも可能だ。

従来手法のベースとなるのは、過去の実績データだ。一般的には、季節性を見るために、最低でも2年分の売上データを集める。2年前や3年前に起こった状況は、再び起こりうるだろう。しかし、従来の統計学的なアプローチは複雑化するマーケット環境の変化に対しては弱い面がある。過学習の可能性は常に意識する必要がある。モデルが崩壊するような現象は対処ができず、市場の飽和がいつ起こるかを予測するのは難しい。また、顧客の嗜好の非論理的な変化を予測するのももちろん難しい。またインターネットの影響によりパーソナライズされ、個別化していく商品戦略を機動的に支えるには心もとない。需要予測のモダン化が重要になる。そして、需要のボラティリティの増大は、予測精度の向上に機械学習を用いる取り組みを加速させている。


機械学習による需要予測のモダン化

需要予測のモダン化において重要なのは、まず自社内のシステムとのデータの連携だ。最先端のシステムでは、ERP、CRM、POSを含む様々なシステムとシームレスに統合し、季節性や市場動向を考慮するだけでなく、多様な方法を適用して、機械学習ベースの需要予測の精度を高めていく。

更に外部のデータも用いる。過去の財務・販売レポート(ヒストリカルデータ)、マーケティング調査、マクロ経済指標、ソーシャルメディアのシグナル(リツイート、シェア、フォロワーの急増)、天気予報、キャンペーンやプロモーション、特売等の販促活動の情報など、ビッグデータ、構造化されたデータと構造化されていないデータの両方を扱い、より正確なデータ駆動型の予測を目指していく。

例えば、天候の変化は、特に季節商品(水着から傘、毛皮のコートまで)や化粧品、食品、自動車などで、大きな需要変動を引き起こす可能性がある。天気は、特にECなどのデジタルチャネルにおいて顕著な影響を持つ。一般的に雨や雪が降ると、巣篭もり消費により売上が増える。冬場の異常な高温などの気象情報も考慮することで予測における誤差を低減していくことができる。

適用する機械学習の手法は、集合学習(アンサンブルラーニング。Random Forest、GBT、XGBoost)や深層学習まで様々ある。ブラックボックス化して解釈がしにくいという問題はあるが、過学習を低減できる可能性もある。目的にあったパフォーマンスによってモデルを選んでいく。


新商品の需要予測

多様なデータを用いることは、新商品の需要予測にまつわる問題、いわゆるコールドスタート問題に対処することを可能とする。従来の予測では、最低でも2年分の売上データを必要とするが、新商品の場合は、販売履歴がない。その際には、市場調査や専門家の意見収集に加えて、類似した特性やライフサイクルカーブを持つ先行製品のクラスターを特定し、そのデータを代替として用いて予測を行うことができる。

ある業界では、企業は数ヶ月ごとに品揃えを更新したりする。例えば、ファッション企業は少なくとも年に2回は新商品を発売しており、次のコレクションに間に合わせるためには、素早く販売しなければならない。このような場合、需要予測プロセスでは、ファッションのトレンド、季節性、その他の外的要因を、過去のコレクションに関連するデータとともに織り込んでいかなければならない。


デマンドセンシングにより変化の予兆を掴む

デマンドセンシングを用いて購買行動のリアルタイムの変動を捉え、既存の予測を調整し、ニアタイムの誤差を少なくしていく方法がある。変化の激しい市場で事業を展開する企業にとっては、このアプローチは大きな助けになる。POSシステム、ECサイトからのアクセス数・オーダー数、ソーシャルメディアにおけるキーワード等、日々のシグナルを抽出し、過去のパターンと比較することで売上の増減を検知する。それぞれの乖離の重要度を自動的に評価し、影響要因を分析し、短期的な計画の調整を提案する。


需要予測により、価格の最適化(ダイナミックプライシング)までつなげる

需要の振れ幅がビジネスに大きな影響を与えていることがわかっており、モダン化や様々な高度化によって需要を的確に予測ができるようになってきたら、それに基づいて動的な価格の最適化、ダイナミックプライシングに挑戦できる。需要の振れ幅にあわせて価格の振れ幅も変化させ、価格を需要の動きに追随させることで、需給のミスマッチの解消をはかっていく。


機械学習ベースの需要予測の留意点

モダン化された需要予測は伝統的手法と比べて、より詳細な粒度で、より高い精度の予測を行うことができる。しかし、注意しなければいけない点はもちろんある。機械学習ベースのアプローチは、システムの構築によっては人間の介入なしに予測を行い続けることができるが、ロバストさを確保していくためには、人間による挙動のチェックは欠かせない。特にデマンドセンシングにおいては、偽のシグナルを受け取ってしまうケースもあるため、立ち上がり段階においては反復的な Human in the loop を意識した手当が重要である。

ROIも重要であろう。機械学習ベースのシステムを構築するには相応のデータと人材が必要になるかもしれない。トレードオフがあるケースもあるだろう。予測タスクの複雑さに応じて、統計的ソリューションと機械学習ソリューションを使い分けるのもいいかもしれない。システム投資に関してはクラウドサービスを用いることも可能だが、重要なのはコストを抑えるだけでなく、需要予測システムに支えられることで、より攻めの、トップラインを増やしていくビジネス展開に向かっていけるかどうかだろう。


未来をモデル化する

需要予測を超えて、未来を分析する方向性が今後重要になるだろう。シミュレーションともいえる。これにより、何が売上を牽引するのか、特定の条件の下で顧客がどのように行動するのかの理解を深めていく。新たな市場機会の発見にもつながり、将来に対する詳細な洞察を生み出すことができるようになる。


どう始め、どう未来を作るか

機械学習の様々なテクニックは、より大規模なデータ、より複雑な組み合わせやパターンを取り扱うことができる。スマートな需要予測は、膨大な量の情報を分析するだけでなく、継続的にモデルを再訓練し、条件の変化に適応させてボラティリティに対応する。ゆえに、複雑なビジネスシナリオにおいて、より正確で信頼性の高い予測を行うことができる。

しかし、すべての企業がすぐに複雑なインテリジェント技術に飛びつくべきということではない。従来の方法では解決が困難な問題に対処するために、既存のシステムの小さな機能強化から始めることもできる。例えば、機械学習モジュールを使用して短期的なプランニングをデータ駆動型に変更し、長期的な予測は旧来の統計に任せる等もある。

予測ソリューションがどれだけスマートであっても、重要な決定は人にかかっている。複雑的に変化するビジネス環境において、予測モデルが適切に精度を維持し続けるか、そのパフォーマンスを評価するのは人間である。前述したが、Human In the loop の手当等、予測プロセスには様々な専門家を関与させることも大事だ。AIと人間の知能の両方を最大限に活用してこそ、ビジネスのより良い未来を見極め、計画することができるのである。

冒頭であげたアシモフの傑作「ファウンデーション」も、未来が予測されるとしたら人はどうあるべきかという重要なテーマを内包していた。機械学習ベースのモダン化のポテンシャルを十分活かしながら、未来を予測するだけでなく、未来への洞察を持ち、そして、作っていく。そのようなあり方を大切にしたい。


おまけ

本記事のスライド版は以下です。


また、需要予測に関係する記事としては、「ブロックチェーンによる、アフターコロナのサプライチェーン再構築」というエントリーも書いています。こちらもご興味がありましたら、ご参照ください。



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Deloitte Digital 執行役員。メルカリR4D 顧問。日本ディープラーニング協会 顧問。アクセンチュアでは先端技術リードとして、USの研究所展開に従事。楽天では執行役員、研究所代表として世界のR&Dを統括。https://twitter.com/emasha