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マンホールからベンガルトラまで その1

怪我人からのスタート

今まで色んな体験をしてきたが、これはまた新しい事件だった。
足元には暗い穴。底はまだ見えてない。足がぶらぶらしている。

こんな時になんだとは思うけど、自己紹介をさせてもらおうか。
私の名前は森山雅友。
自称で言えば動物カメラマンをやっている。どうして自称かって言うとお金になっていないから。
それどころか動物を撮り始めてからはお金が減っていく一方で、普段の人を撮る仕事で稼いだ分が追い付かないほどだ。動物カメラマン貧乏とでも言えばいいのかな。先日も動物を撮るために望遠レンズを買ってしまった。
いや、人を撮る時にも使えそうだし、あったほうがいいと思うんだ。うん。

あと野生動物ってのはその辺にはいない。
動物がいそうなところまで私が行かなくちゃならないし、行けばすぐ撮れるってわけじゃないからね。
動物のタイミングに合わせて時間をかけて撮影する。2、3週間は欲しいところ。仕事も休まなきゃならないし。だから旅行費が多めにかかる。

どこに行くかって言うと。
例えば冬の長野へ地獄谷温泉に入る猿を撮りに行ったり。
北海道まで壮大な自然の中にいる鹿やキツネや丹頂鶴を撮りに行ったり。
ネパールのジャングルにいるというサイを撮りに行ったり・・・
はっ!そうだ。そうそう。
今回はネパールに来ているんだった!

ここはネパールのカトマンズ。
私はカトマンズで何故かマンホールに落ちたのだった。
足元の底が見えない暗い穴はマンホールだった。のほほんと自己紹介なんてしてる場合ではない。

穴から這い出ようとしたが、右腕が痺れるように動かない。どうやら落ちた時に右腕と脇腹をぶつけたらしい。ジワジワと肋が痛み出してきた。頭がかろうじて出ている状態。右腕と旅行用のでかいリュックサックが引っかかったせいで下までは落ちなかったみたいだ。

周りには人が集まってきていた。マンホールに落ちた間抜けな日本人を見ている。タクシードライバーが狼狽えている。ここまで案内してくれたタクシードライバーだ。

ネパールの玄関口、カトマンズのトリブバン空港からタクシーに乗って、泊まろうと目星をつけておいたホテルの名前をドライバーに告げた。しかし、タクシードライバーの青年はそれを聞かず、そこより良いホテルを知ってるからそっちにしろと言われて知らないホテルの前まで連れてこられた。
英語もまともに話せない一人ものの海外旅行者だからとなめられてるのか。それとも、ネパールではこの強引さが当たり前なのだろうか。

着いてしまったものはしょうがない。ネパールで初めて話した人物だったので、記念にタクシーと一緒に写真を撮らせてくれと、お願いした。
そうそう、そこで腕組んでカッコイイポーズして。うん。タクシーに寄りかかってみて。いいね、じゃあ撮るよ、ああ俺がもうちょっと後ろに下がった方がいいな。
と後ろに下がったところに穴の空いたマンホールがあったということらしい。

世界がふっと消えた気がした。他の人から見たら私が消えたように見えただろうね。
右腕を打ちつけた時にサブカメラもぶつけてレンズがへこんで割れている。
うへー、長年連れ添ったお気に入りのカメラが!

タクシードライバーの彼と周りにいた野次馬が穴の中から引きずり出してくれたが、気まずいわ恥ずかしいわで穴があったら入りたいと思ったが、たったいま穴から抜け出したところだった。
「ありがとう。いやいや、大したことないし、全然平気だよ。ちょっと腕が動かなくてカメラも壊れて肋も痛いけど全然大丈夫。助かったよ、ありがとうありがとう。」と見栄を張って、大したことないからという具合にジェスチャーと英単語を組み合わせて伝えてから目の前のホテルの中へ颯爽とその場を後にした。
きっとそこにいた人はポカンとした顔をしていたと思う。

ホテルに入るとひとまずそのままの勢いで値段も部屋も確認しないでチェックインして個室のベッドへ倒れ込んだ。それからうずくまって二日間。

右肘、痛い。
肋、燃えるように痛い。
サブカメラ、壊れた。
マンホール、落ちた。
マンホール、なんで開いてるの?
旅の初日なのに、あり得ない。あり得ないわ。こんな状態でこれから旅を続けられるのかしら?もーっ!
と足をジタバタさせると肋に響いて痛みで息が止まる。ぐうっ!

小さな声で呪文のようにぶつぶつと愚痴を呟きながら最低限の持っていた水と食料でしのぎ、寝返りも打てない痛みに二晩耐えたら少し腕が動いてきた。おそるおそる歩いてみると、ぎこちないけどなんとか行動できそうだ。
私は旅を続行することにした。病院には行かなかった。
海外では言葉とか医療内容とか保険が使えるかなど色々不安だったからだ。あと、ちょっと面倒くさかった。
大胆な行動力と小さな臆病を併せ持つ男、それが私だ。

宿屋のおじさんに聞いた話によるとマンホールが開いてたのは前の日に大雨が降ったかららしい。
この辺一帯のマンホールが開いてたんだという。大雨が降るとマンホールを開けるという関連性がいまいちわからなかったが、なんか詰まったりするのかな。でも開けっぱなしは危なすぎるだろ。そんな話し他の国で聞いた事ないぞ。

着いて早々、ネパールの洗礼を受けた私だった。しかしまだ旅は始まったばかり。さてさて、これからどうなることやら。

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