【ファミマ足立CMOに聞く】ベンチャーが上場後も成長を続ける上で大事な「マーケティング」と「組織づくり」の要諦
ベンチャーの本当の戦いは、上場後にあると言っても過言ではない。
上場後さらなる成長が期待される中、「ニッチ領域で一点突破して成長してきた中で、いかにより大きな市場を取りにいくか」「上場までの野武士たちの集まりのような状態から、組織として戦っていくフェーズにどのように移行するか」というマーケティングや組織に関する課題は多くの経営者が共有するところだろう。
今回の対談では、2020年12月より、グロース・キャピタル株式会社のグロースパートナーを務めるファミリーマートCMO 足立光氏とグロース・キャピタル代表の嶺井政人が、ベンチャーが上場後、さらなる成長を遂げるための秘訣を語り合った。
■お金をかけなくてもマーケティングはできる
嶺井:当社グロース・キャピタルは上場ベンチャーの株式での資金調達と、調達後の戦略の実行を支援しています。上場ベンチャーの経営陣とディスカッションする中で、マーケティングや組織について課題意識をお持ちの会社は本当に多いです。
今日は、日本マクドナルド、ポケモンGOを運営するナイアンティック、そして現在はファミリーマートで実績を残しておられるプロ経営者であり、当社のグロースパートナーでもある足立さんに、上場ベンチャーの経営陣が、上場後も会社を伸ばすためにすべきことをマーケティングや組織の観点から伺いたいと思います。
最初にマーケティングについて聞かせてください。ベンチャーが上場後も継続して成長を続けていくことは容易ではありません。たとえば、ニッチな分野で業績を伸ばしていた上場前とは違い、競合が大企業、あるいはグローバル企業になっていくなか、彼らと同じように予算があるわけではない上場ベンチャーは、どのようにマーケティングを行なっていけばいいでしょうか?
足立:上場ベンチャーではありませんが、私自身、予算が限られるフェーズにあったシュワルツコフ ヘンケルの社長を経験していたことがあります。当時、再建中だったので、マーケティングに使えるお金はわずかばかりでした。
そのときにまず考えたのは、「すべてがメディアだ」ということです。たとえば、商品のパッケージもメディアです。商品・サービスを提供する店舗もメディアです。また、企業には必ず「人」がいますが、人もメディアだと考えるようにしました。
そして、会社として広告に割く予算がないなかで、私がとった手段は、パッケージをどの製品より店頭で目立つ、素敵な、おもわず手に取ってしまうようなパッケージにすること、そして自分自身が広告塔としてできるだけメディアに登場することでした。自ら広告塔になって、こんな会社があるんだよ、こんなことをやっているんだよ、とアピールしようとしたのです。
嶺井:なるほど。お金のかかる広告だけでなく、あらゆるものがお客様との「タッチポイント」として活用できると考えたということですね。
足立:実は世の中の製品・サービスの多くは広告を打っていません。にもかかわらず、なんとなく多くの人が知っているものがたくさんあるはずです。つまり、広告にお金をかけなくても、PRを始めとする露出のやり方を工夫することで「認知度」を上げることはできるのです。
実際、私が社外取締役を務めているI-ne(アイエヌイー)という会社は、BOTANIST(ボタニスト)というヘアケア商品を扱っていますが、マス広告をほとんどしたことがありません。それでも、資生堂、花王、P &G、ユニリーバといった広告宣伝費が豊富にある競合がひしめくなか、ヘアケア業界3位をキープしています。
嶺井:それはすごいですね。PRを効果的に実行していくためには、どのような点を意識するとよいでしょうか?
足立:ポイントは3つあります。
1つ目は、ネタです。企業側がいくらPRしたところで、報道する側が取り上げたくなるようなネタでなければ、ニュースにはなりません。切り口は会社や商品・サービスによって違うため一概には言えませんが、とにかく、たくさんネタを作ることから始めていただきたいと思います。
2つ目のポイントは、メディアにとって、とりあげやすい会社となることです。一言で言えば、メディアとの接点を増やしていくという地道な活動をするしかありません。会社の中にいてあれこれ考えるだけではなく、いろいろな場所に出て行って、メディアの方々との人間関係を作っていく。そうすることで、何かあったときに連絡をもらえる関係を築くのです。場合によっては、メディア向け勉強会を定期的に開催するのも効果的です。私もマクドナルドにいたときは、積極的に記者の方々をお呼びして、勉強会を開催するようにしていました。
3つ目は、取り上げられやすいタイミングでニュースをリリースすることです。たとえば、バレンタインデー、ホワイトデー、母の日、父の日、クリスマスといったイベント以外にも、国際女性デーといったように、一年を通してさまざまな記念日や「モーメント」があります。その日の前後には、日本中のメディアが関連したニュースを流すため、そうしたタイミングに関連したニュースを出せば、メディアに取り上げてもらえる可能性が大幅にアップします。
■「ファミマでボトルキープ」に込めた戦略
嶺井:ネタを作り、人的ネットワークを広げながら、ベストなタイミングを狙うということですね。常に新しいネタが必要になるものでしょうか?
足立:もちろん新しいネタがあれば、それに越したことはありません。ただ、常に新しいものを用意できる企業は少ないはずです。そうしたケースでは、既存のものの「見せ方」を変えるというのも手法の1つです。
たとえば、ファミリーマートのアプリ「ファミペイ」では、コーヒー10杯購入すると1杯無料になる、という回数券を販売しています。その仕組みそのままに、ペットボトルに置き換えたサービスが「ファミマのボトルキープ」です。ペットボトルの場合は24本購入すると、5本分お得になるようにしていました。全く同じ仕組みを、名前や見せ方を変えてリリースした結果、いろいろなメディアにとりあげられ、100万本以上ご利用いただくようなサービスになりました。
嶺井:ボトルキープと聞くと、アルコールのイメージがあり、ペットボトル飲料では普段使わない言葉ですね…。
足立:そこがポイントです。その「違和感」がニュースをメディアに取り上げてもらうには必要になります。世界はいろんなニュースであふれていますが、違和感のないニュースには人は注目しないからです。ですから、PRする際には、タイミングはもちろん、リリースのヘッドラインやサービスや製品の名称といった細部にまでこだわることをおすすめします。
嶺井:もう1点聞かせてください。PRする際、ターゲットはどのように考えるとよいでしょうか?
足立:よくあるのが、自分たちのユーザーばかりを見てしまうケースです。テック系の企業に多いかもしれません。もちろん、既存ユーザーを大事にすることは大切ですし、既存ユーザーのサービス利用頻度を上げることは、短期間に売上を伸ばすのには効果的ともいえます。ただ、どんなときでも、「自分たちの消費やサービスのユーザーは、世界全体から見たらマイノリティである」ことを意識しておいたほうがいいと思います。
たとえば、位置情報ゲームのなかでも非常に高いMAU(月間利用者数)をキープしている「ポケモンGO」のプレイヤーも、全世界の人口を考えたら、プレイしている方はまだまだ少数派です。では、今のプレイヤー以外にさらに広げたい場合にはどうすればよいでしょうか。あくまで一例ですが、ポケモンGOは家族や友人と楽しく時間が過ごせるとか、ダイエットに効果があるとか、散歩が楽しくなるというように、ポケモン好きのプレイヤー向けではない、違った切り口のニュースを発信することで、これまでポケモンGOに興味をもってもらえていなかった人たちにアプローチできるのです。
■顧客理解のための3つの質問
嶺井:そもそもの話になりますが、自社の顧客については、どのように理解すればよいでしょうか?
足立:toBであっても、toCであっても、「すべての人々がお客様になりうる」と考えるべきだと思います。たとえば、自社の商品を知っているか、使ったことがあるか、今後使いたいかというような簡単な3つの質問を投げかけるだけで、いわゆる「9segs」フレームワークでその相手がどのセグメントのお客様かわかります。
そのうえで、目の前の方のセグメントに合わせて、「知らない人にはどのようなアプローチが必要か?」「興味はあるけれど使ったことがない人に試してもらうためには?」「使ったことがある人に継続して利用してもらうには何をすればよいか?」というふうに考えていくのです。
何をしたらいいかについての仮説を考えるうえで重要なのは、自分と同じような属性の人と接するだけでは意味がないということです。自分とは違う年代、違う業界の方々に積極的に会うことを日々繰り返すことで、見えてくる仮説やアイデアがあると私は考えています。
嶺井:ちなみにファミリーマートのように、ほぼすべての日本人が知っている場合は、どのように顧客にアプローチするものでしょうか?
足立:ファミリーマートに限らず、コンビニエンスストアの認知度はほぼ100%です。その場合は、知っている中でどのコンビニを使うかという選択の問題になりますから、あとは「利用する(強い)理由」をどれだけたくさん提供できるかの勝負になると言ってよいでしょう。先述した「ボトルキープ」もそのための施策ですし、私がマクドナルドにいたときに、店舗をポケモンGOのポケストップにしたのもそのためです。
■上場ベンチャーの組織論
嶺井:ここからは、組織作りについてお話伺いたいと思います。成長やヒット商品を出し続けるためには、「再現性」のある組織が必要になります。組織づくりにおいて、足立さんはどのような観点を大切にされていますか?
足立:基本的には、組織に加わった初日から、自分がいなくなったときのこと考えるようにしています。自分がいなくなっても動く組織にしなくては、どんなに業績が上がっても、再現性が重要な会社という組織においては意味がないからです。ベンチャーの経営陣の方々の場合、自分がいなくなるイメージは持ちにいくかもしれませんが、それができなければ、常にすべてのことを自分がやらなければいけなくなります。病気になったり、事故に遭うリスクをゼロにすることはできないわけですから、自分の仕事のやり方、考え方、あるいは人脈の作り方といったものも含めて方程式化して、メンバーと一緒にPDCAを回して、少しずつであっても浸透させていく作業、つまり「自分がいなくなっても回る組織の構築」には早めに着手すべきだと思います。
嶺井:なるほど。入社初日からというのは目から鱗でした。ヒットを生み出す組織という観点で考えるなら、プロダクトアウトとマーケットインとのバランスはどのように考えるとよいでしょうか?
足立:プロダクトアウトは決して悪いことではありません。たとえば、コロナのワクチンなどは、圧倒的なニーズがあって差別化もされているプロダクトアウトの成功例と言えるかもしれません。
一方のマーケットインに関しては、業種によって考え方を変えたほうがよいと思っています。たとえば、オペレーションがものをいうヤマト運輸、アスクルなどの会社であれば、お客様の声に耳を傾け(マーケットイン)、どんどんオペレーションを改善していくことが競争優位性になります。
ただ、化粧品といった商品の場合、マーケットインでお客様の声を聴いて少しだけ改善したとしても、同じことは競合も聞いているので目に見える形で競合との差が生まれるわけではありません。また、既存のお客様は自身も使っている・知っている範囲のことしかわからないので、その枠内でのフィードバックしかいただけないので、そこを改善しても大きな驚きや革新はありません。そのため、改善ということではなく、一気にギアチェンジして、革新的なものを生み出す必要があるなら、お客様の声をそのまま聞くというよりは、「お客様ははっきりとはおっしゃらないけれど、このあたりにニーズがあるのではないか」という「顕在化されていないニーズを満たす」または「顕在化されてないニーズを作る」アプローチをしたほうがいいでしょう。
また、テック系の企業であれば、やってみなければわからないことも多いでしょうから、一度出してみて、反応を見ながら改善していくベータ版的な発想が一番フィットするのではないでしょうか。
嶺井:プロダクトアウトとマーケットインとを組み合わせて両立させることが、成長し続ける組織には求められることになりそうですね。
足立:これは余談ですが、ある会社で調べたところ、1番成功率が低いプロジェクトは、社長発案のプロジェクトだったことがあります。「経営者自身が思いついてやることは、成功確率が高いわけではない」という事実は、この対談を読まれている上場ベンチャーの社長は一度立ち止まって考えてみてもよいかもしれません。
■会議に必要なのは「笑い」
嶺井:ここまで伺ってきたような組織を実現したうえで、プロダクト、マーケティング、PR、営業などを担う部門同士を有機的に結びつけるには、どのような点に着目すればよいでしょうか?
足立:日本企業の抱える課題の1つに、会議の雰囲気が「硬い」ことが挙げられます。原因の1つは、人数の多さです。日本の会議にはあまり関係のない人まで参加することが多く、意思決定のスピードが遅くなるだけでなく、情報共有ばかりで意思決定をしない会議になってしまう……。ですから、会議で発言しない人は参加不可にするくらいがちょうどいいと私は思っています。
そして、一番の問題は「笑い」がないことです。笑いがないと、いいアイデアは出てこなし、コミュニケーションもぎこちないしと、いいことは何もありません。ですから、私は少しでも場の雰囲気を柔らかくしようとして、意図的に笑いをとりにいくようにしています。今のファミリーマートでも、思わず二度見してしまうようなヘンテコなTシャツを着て会議に参加したこともあるくらいです。
あとは、日頃から仕事以外での接点をつくることも効果的です。今は、なかなか飲み会というわけにはいきませんが、ランチでもいいですし、共通の趣味の集まりとかでもいいので、組織のいろんな方々と積極的に「仕事以外」の接点を増やしてほしいと思います。接点が増えていって「仲間」とみてもらえるようになれば、「あいつが言うならやってやるか」と言って、協力してもらえるシーンもでてくるかもしれません。
■マネジメントの能力以上には組織は伸びない
嶺井:最後に、上場後のベンチャーで、引き続き非連続な成長を目指しているみなさんにメッセージをお願いします。
足立:上場というのは、あくまでスタートです。そこからいばらの道が始まると私は思っています。そして、上場後も成長していくためには、経営者は自分とは違う考え方を受け入れないといけません。ここが一番難しいところではないでしょうか。上場まで一緒にやってきた仲間であっても、もし今後の成長にとって最適でないとなったなら、別れを告げて、新しいメンバーに来てもらう必要もあるかもしれません。
また、出処進退ということではなくても、社長自身が成長のボトルネックになってしまうことすらあります。そういった場合は、全部自分でやるのではなく、その道の専門家に任せたりと、「一歩退く勇気」が求められる場面が必ず訪れます。マネジメントの能力以上に組織は伸びないからです。
裏を返せば、会社を伸ばしていくためには、マネジメントの能力を上げ続けないといけないということです。そのためには、内部だけの力で実行するのではなく、外部の力も借りて、社長も含むマネジメントの知見や能力を上げる道を模索しなければならないと思います。
嶺井:その意味では、上場後も成長を続けたいと考えているベンチャーの方々は、ぜひ、足立さんがパートナーとして加わっているグロース・キャピタルの知見も活かしてほしいと思います。足立さん、とても勉強になりました。今日はありがとうございました。
足立:ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。
【プロフィール】 足立光(あだち・ひかる)
株式会社ファミリーマート エグゼクティブ・ディレクター、 チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)。
1968年、米国テキサス州生まれ。一橋大学商学部卒業後、P&Gジャパン、ブーズ・アレン・ハミルトン、およびローランドベルガーを経て、シュワルツコフ ヘンケル株式会社社長・会長、 株式会社ワールド執行役員、日本マクドナルド株式会社上級執行役員・マーケティング本部長、 株式会社ナイアンティック シニアディレクター プロダクトマーケティング(APAC)等を歴任。日本マクドナルド時代は、同社のV字回復の立役者の1人として活躍。株式会社I-neの社外取締役、M-Force株式会社のパートナー、スマートニュース株式会社や生活協同組合コープさっぽろ等のマーケティング・アドバイザーも兼任。
著書に『圧倒的な成果を生み出す「劇薬」の仕事術』(ダイヤモンド社)。共著に『世界的優良企業の実例に学ぶ「あなたの知らない」マーケティング大原則』(朝日新聞出版)、『アフターコロナのマーケティング戦略 最重要ポイント40』(ダイヤモンド社)。共訳書に『P&Gウェイ』『マーケティング・ゲーム』(ともに東洋経済新報社)などがある。オンラインサロン「無双塾」主宰。