見出し画像

父の帰宅 03

父の顔はほとんど一瞬しか見ていません。僕が小学生のときは自分の顔に似ていると思っていてコンプレックスだったのですが、そのときに見た父の顔はもう僕とは違う顔でした。自分でいうと説得力に欠けますが、僕の顔は初対面の人間に対しても攻撃的には映らないどちらかというと温和な顔立ちだと思います。これは自分で意識して小さな頃からそうなるようにしていました。

しかし父の顔は一二年前に家を出て行ったときよりもさらに攻撃的ではっきりいって嫌な顔でした。付けていたきつい匂いの香水、そして極めつけは彼の話す標準語には吐き気を催しました。

父は祖父母の部屋に一泊だけして帰りました。その後僕はどんな夢か忘れましたが父が関連した夢でパニック発作を起こして目覚めました。そのときに「もう俺の人生にこれ以上かまうな、もうこの世から消えてくれ、なんだったらフィリピンまで行って殺してやろうか」と思った記憶があります。本気で殺そうとは思っていませんでしたが漠然と殺意を抱いたのは事実です。その後一度祖母と母がひそひそ話をしているのを見ていて父が帰ってきて一緒に生活を始める相談をしているのだと勝手に思い込んで妄想がどんどん加速してパニック発作を起こしたことを憶えています。あとで聞いたら秋祭りの役の話をしていただけでした。

僕の浅い知識で恐縮ですがパニック障害によるパニック発作は特に取り立てて理由がなくてパニック発作を起こすからパニック障害なんですよね。ということはやはりPTSDという言葉が浮かんでくるのですがその辺は先生にお任せします。今は父のことを思い出して動揺することはないですが、父に関してよくない感情が出てきたときは西尾先生の言葉を思い出して「ストップ、ストップ」と自分に唱えて「父のことを許そうよ」と自分に優しくいい聞かせています。

マサは関西の人間だ。関西人が標準語を嫌うことは知っている。関西の友だちにこのことを話して、もし蒸発した父親が突然帰宅して標準語を話していたらどうすると訊いてみた。その友だちは想像ができないといっていた。でも吐き気どころか吐いてしまうかもしれないと答えた。

***

掲載中の小説『レッドベルベットドレスのお葬式 改稿版』はkindle 電子書籍, kindleunlited 読み放題, ペーパーバック(紙の本)でお読みいただくことができます。ご購入は以下のリンクからお進みくださいませ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?