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リンボーダンス踊ったら、人生変わった

「どうやって、脚本家になったんですか?」
脚本家になって、一番多く聞かれる質問だ。
(ちなみに二番目は、
今まで会った中で一番のイケメンor美人は誰ですか?)

以前、シナリオセンターの雑誌で、
脚本家になるきっかけについて、エッセイを書いたので、
それをちょっとリライトして、載せてみます。


人生には、数多くの転機がある。
会社を辞めたら、ダイエットしたら、世界一周したら……
一つの行動で、その後の人生の人生が大きく変わるという経験、
誰しもあるんじゃないかと。
僕にとって大きな転機、
それは、西荻窪でリンボーダンスを踊ったことだ。
 
今から12年前、
サラリーマン時代の元上司に、西荻窪の飲み屋街で
昼から飲む「昼市」なる、ご機嫌なイベントに誘われた。
 
あんまり気乗りしなかったが、
その日は暇だったし、行ってみるかと西荻窪へ。
が、元上司以外は、誰一人知らないイベント。
人見知りスイッチ全開の僕は、しこたま飲んだ。酔っ払った。
すると突然、流しのリンボーダンサーがやってきた。
さすが中央線1のディープな街、西荻窪。
ギタリストじゃなく、リンボーダンサーが流れてくるのだ。
 
「政池、踊っちゃいなよ」
先輩に煽られたこともあり、
僕はダンサーと一緒にリンボーダンスを踊ることに。
しかし、それが悪夢の始まりだった。
ダンサーが去ると、元上司は「僕いじり」に飽きたのか、別の店に行き、
馴染みの仲間と飲み始めていたのだ。
そして、一人切りになって、30分が経過した。
 
僕は帰る決心をした。
 
が、そこで突如、隣席の女性2人組が話しかけてきた。
「さっき、リンボーダンス踊っていたよね?」
「あ…はい」
そして、話しているうちに意気投合…
運命の恋に落ちた…と言う展開じゃなく、
その内の1人が有名な脚本家Oさんで、
大学時代、夢中で見ていたドラマを書いていたのだ。
そこから弟子入り……という展開でもなく、
普通に仲良くなって、飲み仲間になった。
 
そして、出会ってから5年後、
そのOさんが主催するピアノ発表会で、
今もお世話になっているプロデューサーを紹介してもらうことに。
そこから自分にとって転機となる
ドラマ「マッサージ探偵ジョー」を書くことになった。
 
もし、あの時、昼市に行かなかったら、
もし、あの時、リンボーダンスを踊っていなかったら。
きっと、そのシナリオを書くことはなかったと思う。
 
「書くことの壁は書くことでしか越えられない」と心から思う。
ただ、その一方で「書くことだけじゃ越えられない壁もある」とも思う。


書くことだけを頑張りがちな脚本家。(もちろん、必要だけど)
でも、だからこそ、
それ以外の部分を頑張ると、意外と仕事に繋がる気もする。
まぁ、俺はただ、飲み屋に行っただけですが笑