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【感想】ドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』

まえがき

2022年のベネチア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)に輝いたのはドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』
(原題は"All the Beauty and the Bloodshed"なので邦題はかなりストレートな直訳)

監督は『シチズンフォー スノーデンの暴露』で2014年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞しているローラ・ポイトラス

ちなみに2023年の金獅子賞はアカデミー賞候補にもなった『哀れなるものたち』

「ドキュメンタリーが金獅子賞とは珍しい」と思っていたら翌年のベルリン国際映画祭の金熊賞もドキュメンタリー

こちらも良い作品でした。

確かGWに旅行先の京都で観たんだっけな。

金獅子賞を獲っても一向に日本公開の知らせが流れてこない中、2022年末の映画評論家が挙げる年間ベスト企画にも入ってくる。

ベスト映画部門10位
ベストドキュメンタリー部門1位

そんな本作が遂に日本でも公開されたので(1個下の“後輩”の『哀れなるものたち』には先を越され、こちらも日本公開が遅れに遅れた『オッペンハイマー』と同日という偶然)早速観てきた。

本作が描く主題は大きく2つ

  • オピオイド危機(とサックラー家)

  • ナン・ゴールディンの半生

オピオイド危機

まず分かりやすいのはオピオイド危機の話。
事件・事態の概要はニュースなどで既に広く報じられているし、いくつかのフィクション作品に元ネタ・モデルとして取り入れられている。

Disney+で配信中のドラマ『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』

マイク・フラナガンによるNetflixドラマ『アッシャー家の崩壊』

Netflix映画『ペイン・ハスラーズ』

特に『アッシャー家の崩壊』はエドガー・アラン・ポー原作という事前情報だけで観たから度肝を抜かれたなぁ。
あの脚色はエグい。

サックラー家という悪が明確に存在しているので構図も明確。

Sacklers lie.
People die.

というフレーズから始まる美術館でのデモ抗議の様子もドキュメンタリーの映像的な掴みとしても強い。
このデモが求めているのは賠償金や補償ではなく、世界各地の美術館がサックラー家からの寄附を断ること。
オピオイドで儲けまくった莫大な資産が文化・芸術に回っていることに対して「そんな汚れた金を受け取るべきではない」という主張。

ここが本作の1つ目の肝だと思う。
正直鑑賞前は「オピオイド危機が重大・深刻な社会問題というのは分かるがベネチア金獅子賞はテーマ性だけで獲れないだろうし…」と何が要因なのか知りたかったのだけど腑に落ちた。
本作は

  • 芸術と資本主義

  • 芸術と政治

といった現代における文化が産業的側面から無縁ではいられない要素に自己言及している。
サックラー家からの寄附を受け取らないということは美術館の運営資金の減少をダイレクトに意味する。
もちろん映画だって(ハリウッド大作からインディーズ映画まで規模の大小はあれど)予算と無縁ではいられない。

芸術が政治性を帯びるかという議論も洋の東西を問わないテーマなんだなと。
ファシズム政権下でプロパガンダ映画祭となってしまった歴史を持つベネチア国際映画祭が本作を最高賞に選んだという巡り合わせも興味深い。
(ちなみに「これじゃアカン!」と対抗する形で誕生したのがカンヌ国際映画祭)

ナン・ゴールディンの半生

さらに本作を凡庸な社会派ドキュメンタリーと一線を画すものにしているのがナン・ゴールディン個人のドラマを並列で描いていること。
「なぜ彼女はオピオイド危機やサックラー家とそこまでして戦うのか?」が映画を観る中で明らかになっていく。

そのシークエンスで写真家のナン自身が撮った写真や映像が多数使われる二重構造が本作の2つ目の肝。
スライドショーという手法を映画内でやるのは珍しい。

つまりドキュメンタリーの中にまた別のドキュメンタリーが内包される作りになっている。
そこで語られるのはナンがドラッグカルチャーやゲイカルチャーを写真に残してきた半生。
残念ながら写っている人の一部はエイズでこの世を去ってしまっている。
1989年にエイズをテーマに開催準備を進めてきた展覧会の助成金が撤回されたことも。

1980年代前半、まだエイズが謎の奇病だった時代を舞台にしたドラマ『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』を思い出した。

そもそもナン自身が薬物中毒で苦しんできたことも告白。
ここでドラッグ、エイズ、オピオイドが一本に繋がる。
薬物中毒で苦しむ人々をたくさん見てきたからこそ(百歩譲って彼らは自己責任だったとしても)オピオイドを正規の手順で医師から処方された人が中毒症状で苦しむのは絶対に見過ごせなかったのだろうな。
劇映画の脚本のようにレイヤーを重ねた丁寧な作劇。
ともするとオピオイド危機にはやや距離を感じる日本の観客でもナンの半生には個人のドラマとして入り込めると思う。
(仕事論とは少し異なるが「彼女はなぜ写真を撮り続けるのか?」の掘り下げは『プロフェッショナル』や『情熱大陸』に近い)

なかなか本数は観られないけれど、こういう骨のあるドキュメンタリーをたまに観るとガツンとやられますね、やっぱり。

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