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【感想】劇場映画『悪は存在しない』

ここ数年で一気に世界的な映画監督になった濱口竜介

『寝ても覚めても』が2018年のカンヌ国際映画祭でコンペ選出(ちなみにこの年のパルムドールが是枝裕和監督の『万引き家族』)
2020年のベネチア国際映画祭には共同脚本を手がけた『スパイの妻』がコンペ選出(監督は黒沢清)
2021年3月に『偶然と想像』がベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)

同年7月に『ドライブ・マイ・カー』がカンヌ国際映画祭で脚本賞
そのままの勢いでアカデミー賞にもノミネートされたのはご存知の通り。
そして最新作『悪は存在しない』は昨年のベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)

ちなみに2020年のベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)を獲った作品のタイトルが『悪は存在せず』

原題(英題)はそれぞれ

  • There is No Evil(悪は存在せず)

  • Evil Does Not Exist(悪は存在しない)

紛らわしいw
邦題が被らなくて本当に良かったw

同年の東京国際映画祭で観ました。

コロナ禍初年度に感染対策を徹底しながら開催された東京国際映画祭も今となっては懐かしい。

閑話休題
あれから2〜3年ほどで届いた新作は企画の成り立ちからして独特である。

「GIFT」は石橋英子が濱口にライブパフォーマンス用の映像の制作を依頼したことから始まった企画で、もともとの石橋の依頼に沿う形で完成した映像だ。同企画の制作過程でいわゆる発声映画として完成に至ったのが「悪は存在しない」にあたる。

https://natalie.mu/eiga/news/543631

この『GIFT』は昨年の東京フィルメックスはじて国内で何度か上演されたのだが、残念ながら自分はいずれも観に行けなかった。
以下、『GIFT』未鑑賞の人間が偉そうにうだうだと感想を書いている点は何卒ご容赦頂きたい。

撮影

個人的に濱口竜介は脚本(より正確には台詞)に強みを持つ作家と思っていたのだが、今作の肝は撮影。
オープニングの長回しショットからまぁ凄まじい。
本作のカメラは自然をドキュメンタリックに捉える。
それはまるでアニメやCG・VFX全盛の時代における「実写」の意義を問い直すかのようだ。

実写とアニメを隔てる壁は年々崩壊している。
何せ今やドキュメンタリーもアニメで表現することが可能な時代なのだから。

日本国内を見ても新海誠は背景を描き込む写実的な絵の上で東日本大震災をモチーフとする映画を作り、庵野秀明はシン・エヴァ制作過程で大量の実写アングルを基に試行錯誤していた。

実写とは何だ?
アニメとは何だ?
ドキュメンタリーとは何だ?
『悪は存在しない』はそんな問いを前に軽やかに躍動する。
まさしく「実を写す」を体現して現実と虚構を越境するカメラワークに惚れ惚れ。
純粋な実写映画の快楽であり醍醐味。

ただし、現地を訪れることなく美しい自然の映像を見て感動する都市部の観客は劇中で言及されるグランピングに来て“自然”を満喫する観光客と本質的には変わらないのではないか?とも考えてしまう。
いやはや多層的な構造の脚本(意地悪とも言えるけどw)

編集(音響演出を含む)

ドキュメンタリックに自然を撮った段階ではまだ映像であって映画ではない。
映像を繋ぎ合わせて映画に仕上げる工程が編集だ。
本作はその編集も凄まじい。

リズム、とにかくリズムである。
やっぱりライブパフォーマンス用映像という企画の発端と無縁ではないのかな?
美しい自然をどこか不穏な劇伴に乗せて見せていたかと思えば突然のカットアウト。
テンポ感は全然異なるが音響演出も含めてデヴィッド・フィンチャーの『ザ・キラー』を思い浮かべていた。

『悪は存在しない』も『ザ・キラー』もあそこまで行くともはや運動神経の領域。
サッカーを観戦していてドリブルやパスワークのリズムが心地よくて高揚感を抱くのに似ている。

演技

もちろん濱口竜介作品らしい会話劇の面白さも健在。
説明会のシーンのヒリヒリ感や車中のシーンのユーモア。
濱口作品には珍しく(?)政治批評性も明確に込められている。
あの「水は上から下に流れるのだから〜」という台詞はポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』の大雨の場面を思い出した。

あれはまさに富裕層の住む丘の上から半地下に水が流れた結果の大惨事

濱口竜介はコミュニケーション、ひいては「演じるとは何か?」を問い描き続けてきた作家だと思う。
メソッド演技とは対極に位置する濱口メソッド演出もそれを探る手法なのかなと。

また霧島は、濱口組で行われる“感情を入れない本読み”に当初は戸惑ったという。それでも「普段撮影に入るとき、何かを“しよう”としてしまうんですね。何かしようしようという気持ちが先に出てしまうことがあるというか、演技をしてしまうというか。感情を入れない本読みを重ねていく中で、だんだんそれがフラットに、自然の流れに持っていけるというか、自分の中にとても静かな何かが流れ始めるのを感じました」と自身の変化を語った。

https://natalie.mu/eiga/news/436621

ちなみに近年の映画・ドラマでメソッド演技の究極とも言えるものを見せてくれたのがHBOのドラマ『サクセッション/メディア王 〜華麗なる一族〜』だろう。

話を戻すと、今作でそんな濱口竜介の作家性を引き受ける役が小坂竜士が演じた高橋である。

  • 元俳優の芸能マネージャー

  • コンサルが書いた台本の上で望まぬ仕事の担当者を“演じる”説明会

  • 半ば投げやりな態度で本音を漏らしているようで実は自己暗示をかけているような車内での言動

  • 自身を良く見せようと演じているマッチングアプリ

きっと観客の多くは高橋についつい感情移入してしまうんじゃないだろうか?
最初は悪役として登場させてからの裏側を明かし、後半は高橋が物語を動かすという作劇もズルいけど巧い。

なお、あのコンサル野郎は絶対的な悪だw

坂元裕二『怪物』との共鳴

今さらだが本作のタイトルは「悪は存在しない」
二項対立思考への批判や警鐘といったものを映画の中身からも感じる。
現実世界はグラデーションで出来ている。

さて、そんな風にグレーなものをグレーなものとして描いてきた国内作家といえば名前が挙がる筆頭は坂元裕二だろう。
その坂元裕二が濱口竜介から2年後の2023年度カンヌ国際映画祭で脚本賞を獲ったのが『怪物』

キャッチコピーは

怪物だーれだ?

作品を見た限り怪物≒悪というのは間違いないだろう。
(少なくとも松坂大輔を「平成の怪物」と称した際のような肯定的ニュアンスの「怪物」ではない)

「怪物は誰だ?」という問いは「怪物は存在する」を前提としている。
馬狼…じゃなかった人狼ゲームのようなものだ。

我々の中に怪物が紛れ込んでいる。誰だ?
しかし映画『怪物』は羅生門スタイルの脚本構成により「真の怪物はいないのではないか?」もしくは「この社会全体こそが怪物なのではやいか?」という着地になる。
(少なくとも私はあの映画を観てそう感じた)

そういう意味で坂元裕二と濱口竜介が『怪物』と『悪は存在しない』を同時代に世に放ち、どちらも国際的な評価を得たという共鳴はとても興味深い。

ラストの解釈

ただ、あまりにも衝撃的なラストゆえ『悪は存在しない』が伝えたかったメッセージは本当に「悪は存在しない」だったのか?という疑問も湧いてくる。

個人的に鑑賞中に気になったのが、あの鹿をめぐる会話は成立しているのか?という点。
「グランピング施設の建設予定地は鹿の通り道なんだ」という巧(大美賀均)の発言に対して高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)は「鹿は観光客に危害を加えるのか?」という視点で返すが、巧は「鹿の暮らしを守れ」という意味で言ったのではないかと。
巧が「野生の鹿は人を襲わない」と返答して会話はその方向で進んでいたけど。
あの会話が決定的なディスコミュニケーションだったのかなと。

その直前のうどん屋のシーンが福田里香が提唱するフード理論に忠実なのも面白い。
誰も食べるシーンが無い(出来上がったうどんを映すカットはある)
すなわち3人とも善悪不明なのである。

で、冷静に振り返ると濱口竜介は今作のラストのようなある意味で人を食った唐突な演出を過去作でも仕掛けていたなと思う。

  • 『ドライブ・マイ・カー』での高槻(岡田将生)の暴力沙汰

  • 『偶然と想像』の第1話終盤のホン・サンスばりの突然のズームからの…

また、東日本大震災のドキュメンタリー映画を撮っていたというフィルモグラフィーからあのラストシーンに対して「生と死」という作家性を持ち出すことも可能だろう。

あのラストは濱口竜介から観客への壮大な挑戦状というか。
もしくは観客が監督の意図を掴み損ねるように、他者が他者である限り、すなわち他者性というものを人類が克服しない限りは善も悪も判断できないという意味にも読み取れる。
falseではなくてunknownもしくはNULLのような。

そういえば『三体』に出てくる黒暗森林理論も根底は同じか。

Netflixドラマ版では恐らくシーズン2で出てくるはず。

さらにそういえば奇しくも日本では同日公開となったHBOの人気シリーズ最新章『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』にも採掘会社による水の汚染の話が登場する。

地域住民がデモをして採掘会社と対立しているという設定。
こちらは『悪は存在しない』とは真逆で真相が明らかにされる。
アラスカの大自然の撮り方を含めて見比べるのも面白い。

『悪は存在しない』は5/3(金)から東京以外でも公開館数が拡大するようなので(それでもミニシアター中心なので小規模だけど)ゴールデンウィークに是非

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