マガジンのカバー画像

天城山からの手紙

60
伊豆新聞で2018年10月より連載スタートした、天城山からの手紙-自然が教えてくれたことのアーカイブ記事になります。加筆訂正をし、紙面では正確に見れなかった写真も掲載。
運営しているクリエイター

2022年8月の記事一覧

「天城山からの手紙 48話」

「天城山からの手紙 48話」

この穴から覗くその先には、秋の宴が待っていた。夏を過ぎ、うっすらと秋の風が吹く中、トップシーズンに向けて訪れたのは、滑沢渓谷。何度来ただろうか?それでも年に何回も来てしまう場所の一つなのだ。丁度この秋から差す光も素晴らしく、新たな発見を求めて彷徨う。名前の通りに滑らかな岩肌は、水に濡れ艶々に輝き、妖美なラインが渓流を作り出す。その濡れた肌に足を置けば、そこはスケートリンクの様に足を奪われてスッテン

もっとみる
「天城山からの手紙 47話」

「天城山からの手紙 47話」

先日の台風15号は、沢山の被害を伊豆にもたらした。そして、私の中で、天城の象徴だと思っていた「ヘビブナ」がついに逝ってしまった。幾たびの脅威を乗り越え、命を全うするために変えた姿は、まさに情念という一言に尽きる。私は、このヘビブナの前に何度立っただろうか?訪れる度に、偶然の出合いをくれた。その偶然が重なるほどに疑念が確信に変わり、この日、私は、不思議な体験をしたのである。人は誰しも大きな悩みを抱え

もっとみる
「天城山からの手紙 49話」

「天城山からの手紙 49話」

この日、前日に見つけた”ツキヨタケ”を撮影したく夜の森を訪れた。ツキヨタケはブナなどの立ち枯れに寄生するキノコなのだが、名前から想像できる様に、夜になると蛍光色を放ち、闇夜に浮かび上がる面白い特性を持つ。例年9月中旬~10月中旬に天城で確認でき、毎年歩けばその辺に生えているのだが、今年、いざ撮影したいとなると全く見つからず、森のいたずらに遊ばれていた。やっとの思いで撮影できそうな立ち枯れを見つけた

もっとみる
「天城山からの手紙 46話」

「天城山からの手紙 46話」

天城山のイメージは、何時も霧に包まれ暗い森だと思われることも多い。しかし、なかなかその様な条件に遭遇するのは難しい。この日は、雨に降られるのを覚悟で向かったのだが、いざ現場に到着すると雨も降ることなく、暗闇の向こう側には、期待通りの綺麗な霧がかかっていた。対外は夜明けと共に、すーっと霧は消え去り、日常へと戻ってしまう。きっと、今日もそんなだろうと、景色が残っているうちに撮影を急いだ。日が昇ると、霧

もっとみる
「天城山からの手紙 45話」

「天城山からの手紙 45話」

夜明けの蒼い時間が訪れる頃、薄っすらと霧が森を包んでいるのがわかった。久しぶりに歩くこの道は懐かしく、しかもまだ立ち入ったことの無い場所へと行くのだ。私は撮影の時、少し歩けば振り返り景色を確かめる。真っすぐ進めば、いくらでも早く目的地へ到着できるのだが、景色は面白いもので、行きと帰りでは全く見える物が違う。だからその都度、振り向き確かめ、その時の出合いを逃さない様にしている。そして、初めて歩く場所

もっとみる
「天城山からの手紙 44話」

「天城山からの手紙 44話」

猫越から続く林道を、2時間弱ほど歩くだろうか?冬になると、全面凍結する伊豆では珍しい、芭蕉の滝と呼ばれているところがある。冬に訪れると、圧倒される氷瀑に心を躍らせるのだが、聞き伝えによると、滝の上部へと動物を追い込み、最後はそのまま滝の下へと落として狩りをしていたらしい。下から上を眺めては、そんな様子を想像すると、ブルっと体が震えてくる。しかも、近くで柱状節理の切り立った肌をまじまじと見ると、こん

もっとみる
「天城山からの手紙 43話」

「天城山からの手紙 43話」

冬が過ぎ去ろうとしている頃、森はまだ静寂に包まれ、春の足音に気付かない。まだ、木々の穂先は固く閉ざされ、じっくりと力をためている。溢れそうになる力を、グッとその時に備えて小さな芽に凝縮する様子は、ギリギリと音を鳴らし、命の始まりを教えてくれているようだ。天城周辺では、大体4月下旬から5月上旬に春が訪れるので、この時期はブナの新芽や沢山の植物が一斉に動き出す光景と出合う事が出来る。そこかしこで始まる

もっとみる