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「公共」には誰が含まれるか。未来世代まで拡張した公共性を考える

公共は誰が担うのか?という問いから、本メディアは始まりました。"私"だけのことを考えるのではなく、"みんな"、つまり他者とのあいだに立ち上がるのが公共的な領域です。では、みんなとは誰でしょうか。そこに誰が含まれ、誰が除かれているのでしょうか。

公共=お上という認識が強く、政府はつよい力のもとで管理をおこなっているのがいまの日本だとはじめの記事で指摘をしました。また、資本主義の確立に伴い、もともとはみんなの財(コモンズ)であった道路や土地、水も特定の誰かの所有におかれていることもお話ししました。さらに、環境危機に瀕するいま、異なる利害関係をなめらかにして共に生きるための政治、民主主義において川や動植物の声もどう取り入れるのかも考えてきました

「公共」の問い直しは、"いまここに生きるわたし"で溢れる近代の病に対する処方箋を考えることでもあるのです。今回は、みんなとは誰かという問いに対して、未来に生きる子々孫々のことまで拡張した公共の考え方と、事例を紹介したいと思います。

時間の「あいだ」を捉え、未来まで拡げた公共性

『公共性』では、時間の「あいだ」、すなわち現在と将来の関係、現在と過去との関係をあまり強調していませんでした。例えば、放射性廃棄物や多額の財政赤字は、将来の市民にも関係のある問題です。この将来との関係という時間の「あいだ」も、「公共性」に関わるもの
斎藤純一 ソトノバ インタビューより

従来の公共性では、現代を生きるわたしと他者のあいだ、を捉えている一方で、時間へのまなざしはあまり語られてきませんでした。政治が、利害を調整して他者とともに生きる営みであれば、この「利害」や「他者」を考えるにあたり、未来に生きる世代のことを考えないわけにはいきません。

なぜでしょうか。それは現代のわたしたちの生き方が、未来の世代に多大な害をあたえているからに他なりません。斎藤も述べている、放射性廃棄物はわかりやすい一例です。日本では原発以前のエネルギー供給のうち、およそ11%が原子力によるものでした。そして震災から丸10年が立とうとする現在、ふたたび原子力発電所が稼働しはじめています。それは現代生活のためのエネルギーを供給するのと引き替えに、数万年〜10万年にわたり放射能をだしつづける廃棄物を生み出します。つまり10万年分の負の遺産です。

または、あらゆる資源の枯渇も大きな問題です。場所という資源でいえば、ゴミの埋立地は日本では20年後になくなると言われています。今の勢いで大量にゴミを排出し続けると、ゴミで溢れ返る島になるという未来も起こり得ます。いのちの源泉でもある水も、不足しています。現在でも、36億人が一年のうち1ヶ月は水不足に苦しんでいるところ、2050年には予測人口100億人の約半分が水不足に陥ると報告されています(参照)。

従来の政治においての分かりやすい対立ではなく、未来の世代は当然ながら今ここにいるわけでもなく、声をあげることもできません。しかし、明らかな利害対立が存在しています。

近年では、No Future No Children(未来がないなら子供は生まない)という環境運動が盛り上がりを見せています。カナダ・モントリオールのエマさんが始めた運動であり、政府が真剣に環境政策に取り組まない限り子供は生まない、という主張のもと、2019年には123ヵ国で140万人の若者が参加しました。現状のままでは、産んだ子どもが住むであろう未来が絶望的なものでありうるからです。

複雑な時間を取り戻す

今の生活のいたるところには、未来やそこに住む子孫を考えず、"今ここ"に焦点をあてる構造的な問題があらゆるシステムに存在しています。

社会を見渡してみましょう。4年ごとに選挙を行い、そのたびに当選のためのインセンティブに満ちたマニフェストを掲げていること。会社が四半期ごとに決算を出すこと。株式市場は数十秒の単位でめまぐるしく変動していくこと。日常を見渡しても同じです。1年どころか数ヶ月で移り変わるファッショントレンドや、数分置きにくるスマホ通知。

"今"という時間を見つめ直すことが必要ではないでしょうか。過去ー今ー未来という直線的な時間は、西洋的な時間感覚でしかありませんが、多くの他の地域や仏教的な世界観では、時間はより複雑で円環的なものだととらえられています。

円環的な構造こそが、過去と未来を合わせ鏡にように無限に折り込みながら、いま生きられている現在を作り出している
ードミニク・チェン「未来をつなぐ言葉」より

"今ここ"を生きるとは過去も未来も内包したこの瞬間を、懸命に生きていくことです。これに関連し、ブライアン・イーノは現代のShort Nowという過去も未来も切り離された現在に対して、Long nowへ移行しなければならない、と話しています。

"今 "は決して一瞬ではありません。Long nowとは、あなたが今いるこの瞬間が過去から成長し、未来への種となると認識することです。あなたの「今」の感覚が長ければ長いほど、それはより多くの過去と未来を含んでいます。人類がその技術力の頂点にあり、何世紀にもわたって響き渡るような大きな地球規模の変化を生み出すことができる時期に、私たちの社会システムのほとんどが、ますます短い「今」に向けられているように見えるのは皮肉なことです。
ーブライアン・イーノ The Big Here and Long Now より

雑誌・Whole Earth Catalogueの創刊者でもあるスチュアート・ブランドは、ブライアン・イーノも参画するLong Now Foundationという協会をつくり、長期的な思考についての啓蒙や1万年の時を刻む時計などのプロジェクトをつくっています。

現代の我々はより多くの科学的知識を手にしている。例えば地球規模の気候変動や天文学上の変化、といった知識。これらは遥かな時間の中で起こる事象だ。だが生態系や気候や遊星に、将来にわたって一体、何が起きるのか、かなりの程度まで知ることができる。それがわかっている以上、我々には未来に対する責任が生じ、責任ある行動が求められることになる。それこそが、この文明が行き着いた考え方だ。遥かな未来に対する責任。それを考える手助けをするのが、ロング・ナウ協会の仕事だ
ースチュアート・ブランド

とはいえ、この近視眼的なShort NowからLong Nowというまなざしをもって生きるには、ひとりの力を超えているのもまた事実。根本的な社会システムの再構築が必要です。さて、ここからそうした政治や意思決定の場において、希望の灯火となりうるような事例を取り上げます。未来世代まで拡張して、どう公共を考え、社会に落とし込むことができるのでしょうか。

未来世代のウェルビーイングを。ウェールズの未来世代担当事務官

ウェールズでは、2015年にThe Well-being of Future Generations (Wales) Actという法案を通し、先進的な取り組みをはじめました。公的機関をより長期的な思考に基づいた協働を可能にし、問題を防いだり、現在のみならず未来世代のウェルビーイングのための政策をつくることを主旨とします。

この法案により公的機関では、いくつかの義務が生じます。
ひとつは、ウェルビーイング・ゴールに向けた目標設定と公開をすること。また、この目標の達成のために、適切なステップ・プロセスを踏むことも必要です。こうした全体の目標と進捗は監査にかけられます。さらには、事務官が提言した推奨アイデアに対して必ず応答すること(実行しないなら、なぜか)が義務付けられるとのこと、などです。

ウェルビーイング・ゴールには以下の7つが掲げられています。

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future-generations-actより

この2015年の発足に続き、Sophie HoweがFuture Generations Commissioner for Wales、つまり事務官・役人という立場で任命されています。

事務官の役割は、将来世代の利益の護り手となることです。これは、公共機関やウェールズで政策を決定する人々が、その決定がもたらす長期的な影響について考えることを支援することを意味します。
ーSophie Howe. Future Generations Commissioner for Wales

たとえば、とオートメーションによる雇用の消失の例を上げています。AIやロボットの導入を推進していけばその分、仕事はなくなりますが、その影響を受けるのはあなたの孫かもしれないのです。では、そうならないために何ができるのか?を考える、というのがこの役割というわけです。具体的に、公的機関や公的サービスを運営するチームに対しての、長期的な視点からのアドバイスをする、公的機関がどう意思決定の長期的な影響を加味しているかをレビューする、それに基づいて提案する、などを担います。

また戦略計画ではいくつかのミッションが記載されています。未来世代が直面する大きな課題や機会を優先し、エネルギー供給や交通などの領域にて適切なインフラが築くことに従事したり、研究機関などとパートナーシップを結び、未来世代のウェルビーイングまで含めた政策などのインパクト評価のフレームワークの策定をすることなどが述べられています。

昨年10月にはManifest for the Futureと題して、48の提言がなされています。その中で、特に興味深かったのは「未来世代のための統治のあり方」というカテゴリです。ここでは、公的機関の各ボードメンバーに1人は必ず未来世代の利益・関心にまなざしをむけ知見もある人物を置くこと、アラブ首長国連邦に習い"Ministory of Possibilities=可能性を探索する省庁"を確立して、ラディカルな実験のために協働を促すこと、問題を未然にふせぐ"予防大臣"を任命すること、未来世代のウェルビーイングを考慮した外注のガイドラインをつくること、などがあげられます。

このようなウェールズの先駆的な取組みは、各国にも影響を与えています。スウェーデンのMinistry of Futures Issues (参照)やイギリスでは現在、Today for Tomorrowという未来世代のウェルビーイングのための法案を訴えるキャンペーンが進行中で既に70人以上の政治家の賛同も得ているようです

将来世代を演じることで意思決定を再考する、フューチャーデザイン

日本でも、非常に先進的なアプローチがなされています。高知工科大学の西條辰義教授を中心に開発されたフューチャー・デザインです。

イロコイ・インディアンというアメリカ北部・カナダ周辺の部族の意思決定の仕組みからインスピレーションを得て、現代の社会創造に応用したものです。イロコイ・インディアンは、重要な意思決定をするときには、必ず「七世代後の人々」になりきって考えるといいます。なぜ、七世代後なのか?というと、自分の直系の子孫には当たらない世界の想像を念頭におくことで、自身との直接的つながりの範囲でのバイアスを防ぎ、"完全なる未来の人々"を現代に召喚することを目指しているからです。

フューチャーデザインは、この意思決定における装置を応用したものです。

将来そのものを仮想的な将来世代との交渉でデザインし、それを達成するために様々な仕組みをデザインする
ー西條辰義「フューチャー・デザイン」

具体的には、ロールプレイ=演じる、という方法論を導入しています。ある議題に対してのディスカッションや意思決定をしていく際に、一部のグループが将来世代を仮想的に演じるのです。たとえば、グループAは現代のわたしたちとして声を上げ、グループBは2060年に住む若者を演じて彼らの立場から声をあげる、というもの。

先進的な自治体では、このメカニズムを導入している事例もいくつも出てきています。大阪・吹田市では、市民25名と行政職員4名を交えて第3次環境基本計画についての意見を、現役世代と将来世代の両方の視点から出してもらいました。

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吹田市: フューチャー・デザイン~2050年から2019年へのメッセージ~ より

また、長野・松本市では、市役所の新庁舎の建設にあたり構想段階でフューチャーデザインを取り入れ、市民からの意見を聞いたところ、できてきたコンセプトに差異が見られてきました。

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松本市のフューチャー・デザイン: 新庁舎・中心地街のありかた検討の事例より

以下のような問いかけを未来の視点から促すことにも、「将来世代になっているという設定」は大きく思考のモードに影響します。

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西条市「公共施設を考えるフューチャーデザイン・ワークショップ」に参加 より

ロールプレイの力は、デザイン研究においても非常に強力なメソッドであるという実証がなされてもおり、非常に思考や感情に影響を及ぼすものです。今・ここを抜け出すために、異なるモードを導入する。それにより、未来の子々孫々の利益をふまえた意思決定につながりうる、可能性にあふれた事例です。

おわりに

みんなのため、というときにそこに誰が含まれているのか。今は、生きることさえ苦しい社会になっています。不安ゆえに、目の前のことで精一杯になってしまうのも仕方ないのかもしれません。それでも、想像力は人間に残された最後の資源です。未来への想像力を拡張するようなメカニズムがなければ、わたしたちの孫の世代には地球はすでに回らないかもしれない。でも、取り上げた事例は一筋の光です。

公共性、とは政治領域の話だけではありません、際限のない成長に向かい事業を加速させているビジネスの領域にも、公共性は求められています。さいごに、問いでしめくくります。

もし、あなたが50年後の世界、2070年から現代にやってきたら、現代のわたしたちにどんな感謝、または怒りを述べるでしょうか?
あなたの行う活動や事業、政策は長期的な未来ー10年後は、50年後は、100年後ーに対してそれぞれどのようにポジティヴな、またネガティヴな影響を生み出すでしょうか?

行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたらば、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような遠い未来を想像する取組みやフューチャーデザインに関して、その他なにかご一緒に模索していきたい自治体や公共課題に対峙する関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはアドレス📩publicanddesign.pad@gmail.com宛にご連絡ください。

Reference

Brian Eno. The Big Here and Long Now.
https://longnow.org/essays/big-here-long-now/

Manifest for the Future.
https://www.futuregenerations.wales/wp-content/uploads/2020/10/Manifesto-for-the-Future-FGCW1.pdf

More than 70 politicians backing our Future Generations Pledge were elected
https://www.bigissue.com/latest/more-than-70-of-the-politicians-who-signed-our-pledge-were-elected/

Teens are pledging not to have kids until the government takes climate change seriously
https://www.insider.com/no-future-no-children-teens-pledge-no-kids-climate-change-2019-9

Sophie Howe. Future Generations Commissioner for Wales
https://www.futuregenerations.wales/about-us/future-generations-commissioner/

Sophie Howe. Strategic Plan.
https://www.futuregenerations.wales/wp-content/uploads/2018/11/2018-01-03-Strategic-Plan-FINAL.pdf

Sweden's Minister of the Future Explains How to Make Politicians Think Long-Term
https://www.vice.com/en_us/article/ezp4am/swedens-minister-of-the-future-explains-how-to-make-politicians-think-long-term

いま、2018年の公共性について考える【齋藤純一インタビュー:前編】
https://sotonoba.place/publicsaitointerview1

2050年までに世界人口の半分で水不足、ユネスコが報告
https://www.technologyreview.jp/nl/water-scarcity-could-affect-5-billion-people-by-2050/

ドミニク・チェン. 2020.「未来をつくる言葉: わかりあえなさをつなぐために」
https://amzn.to/2VsKqB4

ロング・ナウ協会代表、スチュアート・ブランド氏に聞く
http://www.asahi.com/tech/sj/long_n/01.html

フューチャー・デザイン: 七世代先を見据えた社会

松本市のフューチャー・デザイン: 新庁舎・中心地街のありかた検討の事例より
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/shisei/kikakuseisaku/futuredesign.files/FDWS_tokyozaidan.pdf

西条市「公共施設を考えるフューチャーデザイン・ワークショップ」に参加
https://camantakeo.com/future-design/

Twitter:より断片的に思索をお届けしています。 👉https://twitter.com/Mrt0522 デザイン関連の執筆・仕事依頼があれば上記より承ります。