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弥勒菩薩に学ぶ<229/1000>

【ラジオ体操532日目】
『ニコチンレス生活253日目』

こんにちは。
自分と異なる意見や考え方をどれだけ受け入れられるかが、器の大きさを決めていると知ってから早3年が経過したけれど、未だにおちょこみたいな器のコマリストです。


今日は『世界を肯定的な目で見る』というテーマで書いていきたいと思います。


普段から私の記事を読んで頂いている方であれば、薄々感じているかもしれません。


私は、とても頑固な思考の持ち主で、誰かの意見を素直に受け入れるのがものすごく苦手です。
#自己開示
#苦手なものが多い


そして致命的なのが、自分自身を発信することも苦手としているということ。


受信も発信も苦手なままでは、いつまで経っても成長は見込めないし、状況は悪くなる一方だということも頭ではわかっています。


今日は、苦手なままでもいいから、強制的にでも自分の苦手と付き合っていかないと未来は無いというお話です。


あくまで、私自身の反省であり、下半期で少しでも変わるために『今この瞬間』から意識していこうという決意表明です。

全肯定こそ

今から3年前、自分たちが立ち上げた会社の役員と話していた時のことです。


なかなか成果が出ない状況に苦しみつつ、何か打開策は無いかと真剣に話し合った後に、二人でランチを食べていました。


その時に、パートナーから出た二つの話。


1つは、以前にもnoteに書いた『人間の器の中には何が入っているか?』という問いに対する考察。


これは、過去記事にもしているので、今回はあまり触れないようにしますが、簡単に結論だけを書くと『器の中には、他人の価値観(考え)が入っている』というものです。


気になる方は、こちらを読んでみて下さい。

今日の話題はもう一つの話。


たまたま、この食事の前日に『草場一壽』のギャラリーを見学に行ったパートナーが、その日見てきた中で一番印象に残ったものについて語ってくれたんです。


彼が一番印象に残ったのは、弥勒菩薩のカードに書かれていた言葉でした。


その言葉とは、
『全肯定こそ賢者の道』


世の中に存在する全てのものは繋がっていて、そこには善も悪も無い。
全ては繋がっているので、個に見えても実は全なのだ。


こんな言葉が彼の心に突き刺さり、事業運営に取り入れていきたいと話してきたんです。


当時の私は、「良いですね~!」と口では言いながらも、この言葉の意味を深く考えることなく、いつしか私の中から消えていました。
#残念な私
#時間よ戻れ


そして、それから1年が経った頃、私たちの会社は解散という選択をして、メンバーはバラバラになりました。


一人になった私が、最初に心を打たれたのはアドラー心理学。


これまでの私の考え方とは180度違うのに、なぜか引き込まれる学問に、ワクワクしたことを鮮明に覚えています。


実は、このアドラー心理学の中にも、似たような概念が存在しています。


『共同体感覚』


全ては共同体であるというアドラー心理学の鍵概念であり、全宇宙だけでなく過去・現在・未来という時間さえも超えて、全ては共同体であるという考え方です。


まだまだ、私の理解は追いついていません。


ですが、表現を変えて、似たような意味を持つ2つの言葉が私に伝えられたことには意味があると思っています。


『全肯定こそ賢者の道』
『共同体感覚』


自分と向き合う時間を作っている今、このタイミングでこれらの言葉が浮かんできたことに感謝しつつ、自分のものにしていこうと思います。

物事を批判すること

もしも、これらの2つの言葉を私自身が完璧に腹堕ちさせて、人生に活かすことが出来たら、どんな未来が待っているのか。


これは、正直今の私には分かりません。


1つ確実なのは、世界を否定的な視点で見ている私が、全てを受け入れることが出来た時、もはや私ではない別人になっているということ。
#ハロー
#新しい自分


私は、愚痴や悪口がめちゃめちゃ嫌いです。


その理由は、それらの言葉が自己否定でしかないから。


で、今回の2つの言葉に戻って考えてみると、全ての物事が共同体であり、一つのものであるということなので、私が愚痴や悪口を嫌っているのと同じ理由が全てに適用されるということになります。


簡単に言えば、愚痴や悪口も含め、全ての物事に対して批判的な言葉を向けたり思考を展開することが、結果的には自己否定であるということ。


自分自身が「個」ではなく全体の一部なので、別の「一部」を批判したところで、自分を否定していることと変わらないわけです。


自分の身体のうち、鼻は好きだけど口の形が嫌いだと言っているようなもので、結局のところ『全て自分自身』だということ。


こう考えると、物事を批判することは、自分自身を批判することに繋がるので、批判という思考そのものを無くしてしまう必要があるということになります。


もちろん、物事を否定的な視点で見ている自分という存在をそのまま受け入れるということだってできます。


けれど、今の自分の状態が、理想とはかけ離れた自分である以上、今の自分を受け入れるよりも、今まで否定的に見てきたものも含めて全てを肯定的に捉えることで、自分をもっと大きな存在の一部に昇華させた方が良い。


何だか哲学的な話になってきましたが、結論は一つです。


全てを受け入れ、一切の否定や批判を無くす。
2022年下半期の私の課題として、取り組んでみます。


変化があったら、また年末にでも書きますね。

じゃ、またね!

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