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田舎道、ふと地方創生

今日は、地方創生の話が出ました。
私は大阪に住んでいますが、
仕事がら、田舎に行くことが多いです。
今日も奈良の田舎道を走り、
車中はそんな話題になりました。
どうしたら地方からイノベーションが生まれるのかな?と。

現在の日本は明らかに、
人も企業も都市に集中しています。
地方で新たなベンチャー企業やイノベーションが生まれることは多くありません。
地方出身の若者は、刺激を求めるのであれば、都会に出てくるのが一般的です。
しかし、その時点で課される負担は大きいのではないかと考えました。

親も歳をとっていくのに対し、
地方は都市よりも不便が多い。
心配がまず余計にかかります。
また、都市出身者の中には、
就職をしても実家から通える人が一定数いると思いますが、地方出身の人はそうはいきません。

人それぞれに考え方はあると思いますが、
住み慣れた地方にいながらも、
都会に負けないぐらいおもしろい仕事ができるとすれば、それをありがたく思う人たちも少ないくないのではないかと思います。

そこで、
「どうすれば地方にアントレプレナーを生み出せるのか」
と私なりに考えたところ、
やはり「教育」の改革が思い浮かびます。

日本の学校教育の精神は、
明治維新からあまり変わりません。
風習的に一致団結を求める教育で、
特異な生徒はいい子になれません。
原因は、当時、またその後の昭和期の日本が、
経済的にも軍事的にも、
アメリカやヨーロッパ諸国に対して
追いつけ追い越せというライバル意識を強く
保持していたからです。
そのためには日本全体が一致団結しなければならない。だから、国民には政府の方針に従順に従ってくれる人になってほしい。

そんな社会風潮の下で、当時の教育指針はできました。一方でその結果、日本は国としてかなりの成長を遂げることができました。
この成功体験が忘れられず、また変えるのもだんだん難しくなって、
今でもまだ「従順教育」の名残が数多く残っています。現在の日本の教育実態を、フィンランドなど教育先進国と見比べてみると、その差は驚くほど明らかです。

このような教育の下では、
「おもしろい発想」、「自分のしたいこと」、
「新しいものを生み出す力」は、養われにくいと僕は思います。

列から乱れたらすぐ怒られる。
髪をちょっと染めてきたぐらいで、
血相を変えて叱られる。
宿題なんて超効率の悪いものを、
頭の良い子からそうでない子まで
全員に同じ課題を課している。
失敗しないよう事前に厳しくし、
そして失敗したら呆れられてしまう。

一方でこの変化激しい社会の中で、アントレプレナーシップを抱き、リーダーシップをとっていける人材は、
列からはみ出てなんぼだし、好きなことを追い求める力や、自分の本当にやりたい物事に集中して取り組む姿勢、リスクのあるチャレンジ精神、これは必要ではないかとと僕は思っています。

現在の日本の教育は、まさにイノベーションとは逆を行っている気がします。

それが、100歩譲って都会の子なら、
生活の中で、ファッションから遊び方など、
最新の情報とそのツールが身近にあることで、
頭の中は日本の中ではまだ先進的思考が養われやすい環境なのかな、とは思います。
若い頃のファッション感覚や、最新の遊びを知ろうとする思考、自分にとってのおもしろいものを求める思考は、大切だと思います。

しかし地方に住む人にとっては、
そんな機会は多くありません。
特に高校生ぐらいまでの間は、電車やバスの本数も少ないため、行動範囲も小さいはずです。
まず、環境のアドバンテージがあり、
「環境で人は変わる」という理論から、
性格や思考も環境のアドバンテージにのまれてしまいがちになると思います。
実際、僕が教員時代も、大阪市内と地方の学校と両方で勤務したことがありますが、
やはり後者は前者に比べて、どこか大人しく、何かにつけてイノベーティブな感覚を持った生徒は少なかったように思います。

だからこそ、まず教育をイノベーションする必要がある。
皆同じ格好で整列させるのではなくて、
子ども達のワクワクを追求し、
湧いてきたおもしろい発想を受け入れ、
どんどん失敗させて学ばせるなど、
「イノベーションのDNA」を養っていくことが大切なのではないかと考えます。

そして、地方創生を行う上では、やはり地方出身者の方が、私は有利だと思います。だからこそ地方の教育改革を考えるべきだと思います。

地方には豊かな自然や土地など、良い部分も沢山あります。それらをうまく活用できたり、経済活動を活発化させて地方創生を加速化させれば、過疎化やそれに伴う数々の問題の解決、
例えば一人暮らしの年配の方や、
使い余している土地の再利用などで、
喜ぶ人たちも増えるのではないかと思います。