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【自伝小説】最南端の空手フリムン伝説|著:田福雄市@石垣島|カミングアウト編

はじめに

初の自伝小説を書いていて思うのは、やはり人の記憶には“限の界”があるという事に尽きる。

自分の記憶と他人の記憶とでは、見る角度が異なっているため若干の違いが生じるのは仕方のないこと。

しかし、自分の記憶が自分の記憶と異なるという現象に、半ば唖然としているところである。

今回は、そんな記憶違いを新たに発見された写真を元に検証してみたい。

カンフーシューズ

中学校時代編の回想録の中でも、特に秀逸と著者が語る「カンフーシューズ編」

その記事で、フルボッコされる原因となったこのシューズを二度と履くことは無かったと締めくくったが、それが大きな誤りであった事が遂先ほど判明した。

もう二度とどころか、フツーに履いている写真がフツーに出てきてしまったのだ(笑)

これが、「歴史」が改ざんされる前の写真である。

はいっ!履いちゃってまーす(笑)

この写真を見て思い出したが、何故かあの頃は裸足で靴を履くのが流行っていた時代であった。

ただ、革靴だと汗で気持ち悪くなるので、代わりにカンフーシューズを履いていた記憶がある。

それを、この写真が出てくるまでスッカリど忘れしていた。人の記憶の曖昧さに、愕然としているところである。

おしぼりの箱

上京編の回想録というか、このフリムン伝説の中で最もエグい記事が、「人生最悪の日」である。

実はその記事で使われた写真は、ネットで検索した下の写真であった。

何故なら、スマホやデジカメの存在しない時代である。手軽に写真を撮るなど不可能。

つまり、仕事中の写真など存在しないと勝手に思い込んでしまっていたからである。


これがネットで検索して見つけた写真。

しかし、他の写真を探していたところ、何とこの箱が写っている配達中の写真が突然出てきたのだ。

スマホやデジカメの無い時代に、フツーに仕事中に写真を撮っているこの男、マジ何者?って思った(笑)

マジ貴重な写真だが、なんか腹立つ(笑)

写真を通して失いかけていた記憶が蘇ることは多々ある。改めて、写真を発明したニエプス兄弟にマジ感謝である♡(誰やねんそれっw) 

1826年、フランスのニエプス兄弟がカメラ·オブスキュラを改良し、道路ほ装の材料として使われるアスファルトを感光材料にして、およそ8時間もかけて1枚の写真を撮影(さつえい)しました。 その後の1839年には、フランスのルイ·ダゲールが、銀メッキした銅板を感光材料として使う「ダゲレオタイプ」という技術を発表しました。

(つづくん♡)


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この記事を書いた人

田福雄市(空手家)
1966年、石垣市平久保生まれ、平得育ち。
八重山高校卒業後、本格的に空手人生を歩みはじめる。
長年に渡り、空手関連の活動を中心に地域社会に貢献。
パワーリフティングの分野でも沖縄県優勝をはじめ、
競技者として多数の入賞経験を持つ。
青少年健全育成のボランティア活動等を通して石垣市、社会福祉協議会、警察署、薬物乱用防止協会などからの受賞歴多数。
八重山郡優秀指導者賞、極真会館沖縄県支部優秀選手賞も受賞。


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